金属が強磁性状態を安定化させるために 自ら格子を歪ませるメカニズムを発見 ―金属超薄膜における磁性の発現機構の解明に期待―(プレスリリース)
- 公開日
- 2018年06月22日
- BL13XU(表面界面構造解析)
2018年6月22日
公益財団法人 高輝度光科学研究センター
発表のポイント
• 金属超薄膜が強磁性を発現する際に自発的に生じる歪みを表面X線回折測定により直接観測した。
• 格子歪み-量子井戸状態-磁性の発現の3要素に密接な関係があることが示され、歪みを利用した磁性スイッチングの可能性が拓かれた。
慶應義塾大学大学院理工学研究科の櫻木俊輔氏(2017年3月博士課程修了、現在:東京大学物性研究所特任研究員)、理工学部の佐藤徹哉教授、高輝度光科学研究センターの田尻寛男研究員、島根大学大学院自然科学研究科の影島博之教授は、大型放射光施設SPring-8のBL13XUにおいてPd超薄膜の表面X線回折測定を行い、Pdが強磁性状態を安定化させるために自ら格子を歪ませていることを明らかにしました。加えて、強磁性の発現に伴い生じたエネルギー利得が薄膜の構造を平坦に一様に成長させるといった、新たな結晶成長様式を発見しました。これより、格子歪みが磁性の発現に密接に関係していることが明らかになり、歪みを利用した新しい磁性スイッチング素子の開発の可能性が拓かれました。 書誌情報 |
【研究開発の背景と目的】
金属がどのような条件で磁石の性質を持つようになるのかといった疑問は、基礎物理的な興味のみならず、物質の磁気の性質を用いて情報の読み書きを行う磁気メモリの開発の観点等からも重要な課題です。金属における強磁性の発現する条件は、80年ほど前に提唱されたStoner理論を基に議論され、系のフェルミエネルギー付近の状態密度(注1)の増大が強磁性を引き起こすことが予想されています。この理論を基に、電界などの外場の印加による電子状態の変調を生じさせることができれば磁性のスイッチングを行うことが可能になり、これより磁性のオン/オフの切り替えを利用した新しい磁気メモリが開発されることが期待されます。
過去に行われた理論計算では、代表的な強磁性金属であるFeでは磁性の有無で安定な結晶構造および格子定数が異なることが示唆されていました。物質の格子定数の変化は電子状態の変化を引き起こすため、物質の磁性と格子変調の関係を探ることは強磁性の発現する機構を議論する上で重要であると言えます。一方で、同じ材料において磁性の有無を実験的に作り分けることが困難であることから、これまで本視点における実験的研究は行われてきませんでした。そこで、本研究グループは、清浄かつ高品質な金属超薄膜中に生じる量子井戸状態(注2)を用いることでPd中に膜厚の変調に対して周期的に磁性を付与し、金属における磁性の発現と結晶構造の関係を詳細に調べました。
【研究の手法】
実験はSPring-8(注3)のBL13XUにて行われました。BL13XUの第3ハッチに設置された表面回折計上の超高真空チャンバー内でPd超薄膜におけるその場表面X線回折実験(注4)を実施しました。これより、試料の酸化等に伴う劣化の影響を除外した上で、金属超薄膜の特性を精密に調査することが可能になりました。
【得られた成果】
図1に、Pd(100)超薄膜の磁気モーメントの大きさとX線反射率プロファイルより得られた結晶構造の一様性の膜厚依存性を示します。これらを比較すると、Pdが磁性を強く発現する際(Pd膜厚3.3 nmおよび4.2 nm)に、結晶構造の一様性が増していることがわかります。
図1. (a)Pd(100)超薄膜のX線反射率プロファイル.
(b)磁気モーメントと結晶の一様性の関係. 磁気モーメントと結晶構造の一様性がPdの膜厚の変化に依存して周期的に増大している.
構造の変化をより詳細に調べるために、Pd超薄膜に対してX線CTR散乱測定を行いました。CTR散乱プロファイルのフィッティングから薄膜試料中に生じた膜厚分布を求め、その膜厚分布内における格子定数を評価したところ、磁気モーメントの値が大きな試料では試料中の膜厚が揃っており、また膜厚分散の中心の膜厚では面直方向格子定数が最大0.8 %膨張していることが明らかになりました(図2)。本構造解析実験の結果は、第一原理計算により完全に再現され、Pd超薄膜に生じる格子膨張に伴う電子状態の変化がPdの磁気状態および一様な結晶構造を安定化させていることが示唆されました。これより、金属超薄膜が強磁性状態を安定化させるために自ら電子状態を変調し、また、それに伴い強磁性状態の膜構造が安定して成長する機構の存在が明らかになりました。
図2 (a)Pd(100)超薄膜試料中の膜厚分布と磁性の関係.
(b)膜厚分布の様子. (c)平均膜厚3.3 nm試料の格子定数分布.
本結果は、量子井戸状態により膜厚を変化させるだけで非磁性状態と強磁性状態を作り分けることが可能なPdのユニークな特性と、高輝度放射光を用いた表面X線回折といった最新の実験技術の組み合わせにより初めて観測されたものです。
【波及効果、及び、今後の展望】
本研究成果より、Pdにおいて量子井戸状態-結晶ひずみ-磁性の発現の3要素が密接に結びついていることが明らかになりました。これより、量子井戸状態を用いた電子状態のエンジニアリングを実施することで、歪みの導入による磁性のスイッチングが可能になることが示唆されました。本機構を用いた磁性スイッチングは、チタン酸バリウムに代表されるピエゾ基板上に金属超薄膜を堆積させることにより容易に実現されます。よって本結果は、将来の磁性スイッチングデバイスを設計する上で重要な指針になることが期待されます。
【用語解説】
1.フェルミエネルギー付近の状態密度
固体中で最も高いエネルギー(フェルミエネルギー)を有する電子の性質は、特に金属において物理特性の発現に大きく寄与します。物質の磁性を調べることは電子の有するスピンの状態を見ていることに他ならないため、電子の集団がフェルミエネルギー付近でどれだけの種類の状態を持ちうるか(状態密度)が、磁性発現を議論する上では重要になります。
2.量子井戸状態
金属を原子層単位の厚さの超薄膜にすると、面直方向の電子が量子的に閉じ込められた状態になります。それらにより、金属超薄膜の電子状態が膜厚に対して周期的に変調され、特にPbでは超伝導転移温度が変化すること、またFeやPdでは磁気特性が変化することが報告されています。
3.大型放射光施設SPring-8
SPring-8の施設名はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来します。兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設であり、その運転と利用者支援などは高輝度光科学研究センターが行っています。
4.表面X線回折
金属の結晶構造を精密に調べるために、結晶にX線を入射した際に生じる回折パターンを評価する手法であるX線回折が用いられます。しかしながら、基板上に堆積した金属超薄膜では通常のX線回折測定では堆積層のシグナルが基板のシグナルに埋もれてしまい、その結晶構造を評価することができません。そのため、超薄膜の結晶構造解析にはX線を試料すれすれに入射することで基板からのシグナルを抑制すること、および結晶表面から生じた特異なX線の散乱シグナルを評価する手法である表面X線回折が用いられます。
<お問い合わせ先> 佐藤 徹哉(さとう てつや) 田尻 寛男(たじり ひろお) 影島 博之(かげしま ひろゆき) <報道に関するお問い合わせ・SPring-8/SACLAに関すること> |
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