アルミニウムにおける電子分布の自由電子近似からのわずかな差の検出 ~アルミニウムの機能と電子密度分布の関係の解明に向け前進~(プレスリリース)
- 公開日
- 2018年08月10日
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
2018年8月10日
国立大学法人 筑波大学
研究成果のポイント
1. アルミニウムにおいて、電子分布の自由電子近似からのわずかな差を観測しました。
2. 観測された電子分布が、第一原理計算で予測され、収束電子線回折で観測された四面体サイトにおける電子の集積と、これまで観測や予測されなかった原子軌道的な電子で構成されることを解明しました。
3. 本成果は、アルミニウムの機能と電子分布との相関と、新しいアルミニウム合金の材料設計に知見と指針を与えます。
国立大学法人筑波大学 数理物質系 西堀英治教授、笠井秀隆助教、数理物質科学研究科 佐々木友彰(博士後期課程3年)は、大型放射光施設SPring-8の高エネルギー放射光X線粉末回折により、アルミニウムの精密な電子分布を観測し、これまで知られていなかった電子分布の存在を確認しました。 掲載論文 |
研究の背景
アルミニウムは、非鉄金属の中で最大の産出量をもち、窓のサッシから飛行機の部品まで幅広い産業応用をもつ重要な金属です。これまでの金属や合金の機械的性質の研究は、結晶の格子欠陥や組織構造と結び付けられてきました。しかしながら、格子欠陥や組織構造を持たない理想的な金属の性質は、量子力学的に決定されるべきものです。
2000年以降、計算科学や測定技術の進歩により、単純金属の電子分布と機械的性質との関係を量子力学的に理解しようと研究が進められています。特に、2011年にアルミニウムの収束電子線回折で観測された電子分布において四面体サイトにおける電子の僅かな集積が、ほぼ自由な電子(Nearly free electron :NFE)近似で求めた電子分布からのずれとして観測されました。この電子分布は第一原理計算でも予測され、現在、機械的性質との関係が提案されています。[1]
この先行研究では、収束電子線回折による電子分布の観測には、電子分布のフーリエ係数に相当する構造因子注1)のうち最低次の2本のみが利用されました。結晶全体の電子分布を表すには、最低次の2本のみでは不十分ですが、残りは全てNFE近似と同じという仮定の基で電子分布が決定されました。そこで本研究は、放射光を用いれば200本を超える構造因子の精密測定が可能なことに着目し、これを用いた電子分布の観測を行いました。
研究内容と成果
大型放射光施設SPring-8注2)の粉末結晶構造解析ビームラインBL02B2の大型デバイ・シェラーカメラおよび、精密観測のため、30 Kの低温下で、波長0.328 Åの高エネルギーX線を用いて、アルミニウムの粉末X線回折注3)のデータを測定しました。また、リートベルト法注4)と多極子展開法注5)の組み合わせにより、アルミニウムの電子分布を観測しました。第一原理計算によりアルミニウムの電子分布を求め、観測値との比較を行いました。
図1に、実験と理論計算でのアルミニウムの金属結合の電子分布を示します。どちらの結果でも、図中にtで示したアルミニウムの四面体サイトに、電子の集積によるピークが存在します。このピークは収束電子線回折や過去の理論計算で発見された電子の集積と一致します。ピークの高さを比較すると、実験の方が理論よりもわずかに高い値を示すことがわかりました。
この高さの差の起源を調べるため、実験の金属結合の分布から計算の金属結合の分布を引いた分布を求めました(図2)。これによると、アルミニウムの原子周りに、電子の集積による対称的な配置のピークが存在します。この形状は原子軌道と類似しています。さらに、構造因子の値を詳細に調べたところ、構造因子も原子軌道的なモデルの値に近いことがわかりました。アルミニウムは、自由電子のような伝導電子が結晶中に存在するモデルで理解されてきましたが、そのヤング率やせん断応力などの機械的特性は力を加える方向によって異なることが知られています。方向性を持った電子分布は、こうした機械的特性に説明を与えることを可能にします。
今後の展開
本研究では、アルミニウムの金属結合において、弱い原子軌道的な電子の存在を観測しました。このような電子分布は、アルミニウムの金属結合の理解に新たな知見を与えます。例えば、理論計算手法の改良や手法の検証に利用することができます。
さらに本研究グループでは、他の単純金属でも金属結合の精密観測を進めています。これらの結果と各金属の性質との結びつきを解明し、金属材料の物性の電子スケールからの理解を推し進めていきます。また、この結果に基づく合金での材料設計の指針の確立を目指します。
図1 実験と理論計算でのアルミニウムの金属結合の分布。左側は分布図の面の位置と図中の配置。tは四面体サイト、oは八面体サイト。図の中心はアルミニウム原子。等高線の間隔は0.005 e/Å3。
図2 実験と理論計算の金属結合の差。 実験の金属結合の分布から計算の金属結合の分布を引いた電子分布。内挿図は図の面の位置。図の中心はアルミニウム原子。等高線の間隔は0.005 e/Å3。
用語解説
注1)構造因子:
結晶の電子分布をフーリエ級数展開した際の、フーリエ空間上の点における係数。X線による回折実験では構造因子の2乗に比例する散乱強度を観測する。
注2)大型放射光施設SPring-8:
SPring-8はSuper Photon ring-8 GeVに由来する施設の愛称。兵庫県の播磨科学公園都市にあり、理化学研究所が所有する。世界最高性能の放射光を発生することができ、1997年より大学、研究機関や企業などによる利用が開始された。放射光とは、光とほぼ等しい速度まで加速した電子が強力な磁石により曲げられたときに発生する電磁場のことである。SPring-8では、赤外線から軟X線、硬X線に至る幅広いエネルギー領域において非常に強力な放射光を利用することができる。
注3)X線回折:
X線が電子によって散乱され干渉することで起こる現象。原子の配列や電子密度分布を観測することができる。
注4)リートベルト法:
H. Rietveldにより開発された結晶構造の精密化の方法。結晶構造を与えるパラメータと反射形状を表すパラメータを与え計算粉末パターンを計算し、観測データに対して一致度を高めるようにパラメータを精密化する。結晶構造を与えるパラメータには、結晶の格子定数や原子位置、熱振動が、反射形状を表すパラメータには幅などがある。
注5)多極子展開法:
P. Coppensらによって確立された電子密度解析法。原子の電子を内殻電子と外殻電子に分け、化学結合による最外殻電子の変形を動径関数と球面調和関数で表し、電子の量と広がりにパラメータを与えて精密化により決定する。
参考文献
[1] The bonding electron density in aluminum. Philip NH Nakashima, Andrew E Smith, Joanne Etheridge, Barrington C Muddle, Science, 331, 1583-1586, 2011.
【問い合わせ先】 (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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