大型放射光施設 SPring-8

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絶縁体の量子振動の観測に成功 ―金属でも絶縁体でもない前例のない電子状態を発見―(プレスリリース)

公開日
2018年08月31日
  • BL02B2(粉末結晶構造解析)

2018年8月31日
京都大学
茨城大学
高輝度光科学研究センター

 京都大学大学院理学研究科の佐藤雄貴 博士課程学生、笠原裕一 同准教授、松田祐司 同教授、茨城大学理学部の伊賀文俊 教授、高輝度光科学研究センターの杉本邦久 主幹研究員、河口彰吾 同研究員の研究グループは、米国ミシガン大学、英国オックスフォード大学、米国ロスアラモス国立研究所と共同で、本来電子を流さない絶縁体であるイッテルビウム12ホウ化物(YbB12図1)において、強磁場中で量子力学的効果により電気抵抗と磁化率が磁場とともに振動する現象(量子振動)を初めて観測しました。量子振動は通常、電気を流す金属でしか観測されない現象であり、このことはYbB12においては金属とも絶縁体とも言えない前例のない電子状態が実現している可能性を示しています。 本成果は、2018年8月31日に米国の科学雑誌「Science」にオンライン掲載されました。

<論文タイトルと著者>
タイトル:Quantum Oscillations of Electrical Resistivity in an Insulator(絶縁体における電気抵抗の量子振動)
著 者:Z. Xiang, Y. Kasahara, T. Asaba, B. Lawson, C. Tinsman, Lu Chen, K. Sugimoto, S. Kawaguchi, Y. Sato, G. Li, S. Yao, Y. L. Chen, F. Iga, John Singleton, Y. Matsuda*, Lu Li*(*:責任著者)
掲載誌:Science DOI: 10.1126/science.aap9607

YbB12の結晶構造、金属における磁場中のフェルミ面、量子振動の例
YbB12の結晶構造、金属における磁場中のフェルミ面、量子振動の例

 

背景
 物質には、電気を流す金属と流さない絶縁体の2種類が存在します。温度の低下とともに、金属では電気抵抗が減少し、絶対零度でも有限(超伝導体ではゼロ)の値を取る一方で、絶縁体では電気抵抗が増大し、絶対零度においては無限大となってしまい電気は全く伝えません。
 「金属とは何か」という基本的な問いに対する最もシンプルで正確な答えは、「フェルミ面を持つ物質」であると、どの教科書にも書かれています。フェルミ面とは電子の示すフェルミ統計1に従って、運動量ベクトル空間のエネルギーの低い状態から全部の電子をつめたとき、電子で占められた状態と占められない状態の境をなす曲面のことです。フェルミ面は、いわば金属の「顔」であり、金属の示す様々な性質のほとんどはフェルミ面によって決定されます。フェルミ面の存在を示す最も直接的なものは、強磁場中で電気抵抗や磁化が示す量子振動と呼ばれる現象です。磁場中では電子は磁場に垂直な面内でサイクロトロン運動2をします。金属では、この電子の軌道運動は量子化3され、それにともなうエネルギーがランダウ準位と呼ばれるとびとびの値をとることにより、外部磁場変化に伴って磁化や電気抵抗の値が周期振動する、量子振動が現れます(図2)。つまり、量子振動が観測されることは、フェルミ面の存在を示しており、これはとりもなおさず金属状態が実現していることを意味します。このことはこれまで知られていた物理学の常識でした。
 今回我々が注目した物質は、近藤絶縁体と呼ばれる希土類を含む化合物であり、絶縁体になる起源が電子同士の相互作用に由来する物質です。近藤絶縁体では、希土類原子のもつf 電子4の局在した磁気モーメントを伝導電子が遮蔽する近藤効果(図2)により、低温でフェルミ面が消失し絶縁体となります。近藤絶縁体の歴史は約半世紀になりますが、最近、そのひとつであるサマリウム6ホウ化物(SmB6)において絶縁体であるにも関わらず磁化の量子振動が観測され、大きな注目を集めています。しかしながら、量子振動が磁化で観測されている一方で、電気抵抗では観測されないことが大きな問題として残されるなど、量子振動の起源や解釈を巡っては論争の的となっています。このような背景のもと、我々は別の近藤絶縁体の研究を行いました。

研究手法・成果
共同研究グループは、近藤絶縁体のひとつであるYbB12において、大型放射光施設SPring-85BL02B2にて結晶構造とその純度(単相性)を確認後、磁気トルク6測定という高感度磁化測定および精密電気抵抗測定を、米国立強磁場研究所において、100分の1ケルビン7の極低温、45テスラ8までの高磁場中で行いました。その結果、磁化だけでなく電気抵抗における量子振動を観測しました(図3)。このような「絶縁体の量子振動」の観測は前例がありません。量子振動の詳細な解析から、量子振動をもたらす電子状態は3次元的な性質を持ち、その温度変化は通常の金属と同様のふるまいを示すことが明らかとなりました。このことは、電気的絶縁体が、フェルミ面を持つという従来の常識を覆す結果を示しています。つまりYbB12は絶縁体とも金属とも区別することができない前例のない電子状態をもつことが示唆されます。本研究を契機に新しい理論提案や実験的研究が進展することで、電子相関に起因する絶縁体における新展開が期待されます。

研究プロジェクトについて
 本研究は日本学術振興会 科学研究費補助金(課題番号:25220710, 15H02106, 15H03688, 16K05460, 16K13837)、同 科学研究費補助金 新学術領域研究「トポロジーが紡ぐ物質科学のフロンティア」(課題番号:JP15H05852)の支援を受けて行われました。


図1:YbB12の結晶構造。水色、緑の球がそれぞれイッテルビウム(Yb)およびホウ素(B)原子を表す。
図1:YbB12の結晶構造。水色、緑の球がそれぞれイッテルビウム(Yb)およびホウ素(B)原子を表す。


図2:(左上)ゼロ磁場でのフェルミ面。

図2:(左上)ゼロ磁場でのフェルミ面。(右上)磁場中のフェルミ面。磁場方向の自由度があるため、電子のエネルギーがランダウ準位をとった状態は、ランダウチューブと呼ばれる円筒状の等エネルギー面に対応する。(左下)磁化や電気抵抗の磁場依存性。フェルミ面の運動量空間での断面積(赤い輪)を反映して、磁場の逆数に対して周期的な振動を示す。(右下)近藤効果のイメージ図。伝導電子がf 電子のそばを通る際、伝導電子の磁気モーメント(赤矢印)がf 電子の磁気モーメントと反平行を向くように相互作用を受けることにより、全体としてf 電子の磁気モーメントが遮蔽される。


図3:(左)磁化の磁場依存性。

図3:(左)磁化の磁場依存性。(中)電気抵抗率の磁場依存性。(右)電気抵抗の磁場微分を磁場の逆数に対してプロットした。電気抵抗の磁場微分の谷が磁場の逆数に対して等間隔になっており、量子振動であることが示される。


補足説明
1 自然界に存在する基本粒子は、フェルミ統計またはボース統計どちらかに従う。フェルミ統計では、ひとつの量子状態に粒子ひとつしか入ることができず、ボース統計では同じ量子状態に粒子がいくつでも入ることができる。

2 金属中の電子が磁場により電磁気学的な力(ローレンツ力)を受けて起こす円運動。

3 物理量が不連続な特定の値をとる状態となること。

4 原子は原子核とその周りの軌道を回る電子によって形作られている。電子が入る軌道は、その形によってs 軌道, p 軌道, d 軌道, f 軌道, …に分類され、各起動に入ることのできる電子の数は決まっている。原子番号が増えるにつれて電子の数も増えるが、希土類元素ではf 軌道に電子が入り始め、f 軌道にはいる電子のことをf 電子と呼ぶ。

5 SPring-8の施設名はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設であり、その運転と利用者支援などは高輝度光科学研究センターが行っている。

6 磁化と磁場によって試料に働く回転力。

7 励起されてエネルギーの高い状態になった原子が、脱励起するときに放出するX線。元素に固有の波長(色)を持つ。この特徴を生かして元素分析などに利用される。

8 磁場の強さを表す単位。地磁気は約4×10−5テスラである。



<お問い合わせ先>
<研究に関するお問い合わせ>
笠原裕一(かさはら・ゆういち)
京都大学大学院理学研究科 物理学・宇宙物理学専攻・准教授
 TEL:075-753-3785 FAX:075-753-3777
 E-mail:ykasaharaatscphys.kyoto-u.ac.jp

松田祐司(まつだ・ゆうじ)
京都大学大学院理学研究科 物理学・宇宙物理学専攻・教授
 TEL:075-753-3790 FAX:075-753-3777
 E-mail:matsudaatscphys.kyoto-u.ac.jp

伊賀文俊(いが・ふみとし)
茨城大学大学院理工学研究科 量子線科学専攻・教授
 TEL:029-228-8356 FAX:029-228-8356
 E-mail : fumitoshi.iga.sciphysatvc.ibaraki.ac.jp

<報道に関するお問い合わせ>
京都大学 総務部 広報課 国際広報室
 TEL:075-753-5729 FAX:075-753-2094
 E-mail:commsatmail2.adm.kyoto-u.ac.jp

茨城大学 広報室
 TEL:029-228-8008 FAX:029-228-8019
 E-mail:koho-prgatml.ibaraki.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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