電子ビームの時間幅「1,000兆分の1秒」の評価法を開発 -X線の強度干渉現象を利用して時間分解能の限界を突破-(プレスリリース)
- 公開日
- 2018年08月31日
- SACLA
2018年8月31日
理化学研究所
高輝度光科学研究センター
東京大学
理化学研究所(理研)放射光科学研究センターの井上伊知郎基礎科学特別研究員と矢橋牧名グループディレクターらの共同研究グループ※は、「X線強度干渉法[1]」の原理に基づき、 光速近くまで加速された電子ビームの時間幅の計測法を開発しました。この計測法を利用することで、X線自由電子レーザー(XFEL)[2]施設「SACLA[3]」において、10フェムト秒(fs、1fsは1,000兆分の1秒)を超える超時間高分解能で電子ビームの時間幅を計測することに成功しました。 論文情報 |
※国際共同研究グループ
理化学研究所 放射光科学研究センター | |||
XFEL研究開発部門 ビームライン研究開発グループ ビームライン開発チーム | |||
ビームライン研究開発グループ ビームライン開発チーム | |||
基礎科学特別研究員 | 井上 伊知郎 | (いのうえ いちろう) | |
XFEL研究開発部門 ビームライン研究開発グループ | |||
グループディレクター | 矢橋 牧名 | (やばし まきな) | |
XFEL研究開発部門 | |||
部門長 | 田中 均 | (たなか ひとし) | |
XFEL研究開発部門 加速器研究開発グループ 先端ビームチーム | |||
チームリーダー | 原 徹 | (はら とおる) | |
XFEL研究開発部門 加速器研究開発グループ 基盤光源チーム | |||
チームリーダー | 稲垣 隆宏 | (いながき たかひろ) | |
高輝度光科学研究センター | |||
XFEL利用研究推進室 先端光源利用研究グループ 実験技術開発チーム | |||
チームリーダー | 登野 健介 | (との けんすけ) | |
主幹研究員 | 犬伏 雄一 | (いぬぶし ゆういち) | |
研究員 | 片山 哲夫 | (かたやま てつお) | |
東京大学大学院 新領域創成科学研究科 | |||
特任教授 | 雨宮 慶幸 | (あめみや よしゆき) |
※研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金若手研究(B)「X線ポンプ・X線プローブ法によるフェムト秒X線ダメージ過程の解明(研究代表者:井上伊知郎)」による支援を受けて行われました。
背景
20世紀後半に誕生したレーザーは、半世紀を経てもなお科学技術に大きな進展をもたらしています。通常のレーザーが発振する波長範囲は赤外線から可視光に限られますが、高品質な電子ビームを利用した自己増幅自発放射(SASE)方式 [6]によって、 より短波長のX線領域のレーザーを生成できることが示され、近年になって、米国の「LCLS[7]」や日本の「SACLA」といったX線自由電子レーザー(XFEL)施設が建設されました。
XFELの特長の一つは、発光時間の幅(パルス幅)がフェムト秒(fs、1fsは1,000兆分の1秒)と非常に短いことです。この短いパルス幅を生かして、化学反応過程の解明や放射線損傷[8]の影響を排除したX線結晶構造解析[9]などの研究が行われています。SASE方式では、光速近くにまで加速された電子ビームをアンジュレータ[10]と呼ばれる磁石列に通すことでX線を発生させています。このとき、電子ビームの各位置でそれぞれX線が発光するためにXFELのパルス幅は電子ビームの時間幅と同程度になります。現在SACLAでは、10fsよりも短いパルス幅のXFEL が発振されているため、電子ビームの時間幅も10fsよりも短いと推測されています。
電子ビームの時間幅を制御できるようになると、XFELのパルス幅を実験の目的に応じて柔軟に変えることが可能になりますが、 そのためには、まず電子ビームの時間幅を正しく測定できることが不可欠です。この測定に、SACLAやLCLSでは、「高周波デフレクター」と呼ばれる装置を用いています。この装置では、時間とともに変化するマイクロ波領域の電磁場を電子ビームの進行方向と垂直な方向にかけることで電子ビームを時間的に掃引します。これによって電子ビームの空間プロファイルが、電磁場を印加していない状態と比較して変化します。この変化を後ろに設置したスクリーンで測定することで、電子ビームの時間プロファイルを測定することができます。しかし、高周波デフレクターの時間分解能は、10~20fs程度であり、現在のSACLAの電子ビームの時間幅を測定するには性能が不十分だという問題がありました。
研究手法と成果
共同研究グループは、「強度干渉現象」と呼ばれる光の高次のコヒーレンス現象[11]に着目し、電子ビームから放射されるX線を用いて、電子ビームの時間構造を計測することを目指しました。
図1上は、電子ビームから放射されたX線の強度が、時空間でどのような分布を持つかを示した概念図です。X線強度は時空間で均一ではなく、強度干渉現象のために“むら”が生じます。X線のパルス幅とコヒーレンス時間が同程度の場合には、光の空間プロファイルに粒状の強度むらが残ります(図1右下)。一方、X線のパルス幅がコヒーレンス時間よりも十分に長い場合には、光の空間プロファイルは滑らかになります(図1左下)。そのため、X線を分光光学素子によって単色度を変化させながら空間プロファイルの滑らかさの程度を計測することで、X線パルスの時間波形を求めることができます。
XFELを発生する役割を担うアンジュレータの長さが十分に短くXFELが発振していない状態では、X線強度の時間波形は電子ビームの電子密度の時間波形と形状がほぼ同一になります。したがって、強度干渉現象を利用してX線パルス幅を測定することで、電子ビームの時間幅を求めることが可能になります(X線強度干渉法)。
上:電子ビームから放射されたX線の強度の時空間マッピングの概念図。強度は青→赤→黄→白になるにつれて強いことを示す。
下:(左)X線のパルス幅がコヒーレンス時間より十分長い場合、空間プロファイルは滑らかなものになる。 (右)X線のパルス幅とコヒーレンス時間がほぼ同じ場合は、空間プロファイルに強度むらが生じる。
X線強度干渉現象の原理に基づいて、共同研究グループはSACLAの電子ビームの時間プロファイルを評価しました。SACLAでは、通常、20台程度のアンジュレータを用いてXFELを発振していますが、今回の実験ではX線強度の時間プロファイルと電子ビームの電子密度の時間プロファイルをほぼ同一な形状にするために、アンジュレータを1台だけ用いて電子ビームからX線パルスを発生させました。そして、このX線パルスをさまざまなシリコン結晶の格子面のブラッグ反射(結晶に入射したX線が強め合って引き起こす反射)によって分光し、その空間プロファイルをパルスごとに測定することでX線強度干渉の程度を求めました。
例として、あるシリコン結晶を使って単色化したX線パルスの空間プロファイルを示します(図2)。空間プロファイルには、X線強度干渉に由来する粒状の強度むらが生じています。この実験条件でのコヒーレンス時間は10fs以下のため、強度むらが観測されたということは電子ビームの時間幅が10fsよりも短い、または同程度であることを意味しています。
次に、X線の単色度を変えながら同様の測定を行い、実験結果を解析しました。その結果、SACLAの電子ビームの電流値の時間プロファイルが非常にシャープなガウス関数(正規分布、半値全幅7.3fs)とブロードなガウス関数(正規分布、半値全幅45.8fs)の二つの和で表されることが明らかになりました(図3の青曲線)。このような電子ビームの時間構造は、これまでの高周波デフレクターの時間分解能では精確に捉えることができていなかったものであり(図3の緑曲線)、今回の計測方によって初めて測定が可能になりました。
X線強度干渉法で得られた電子ビームの電流値の時間プロファイルを青線で、通常の高周波デフレクターによる時間プロファイルを緑線で示している。
XFELでは、電子ビームの電流値が大きい部分が、より強くX線レーザーを放射します。測定で得られた電子ビームから、20台程度の全てのアンジュレータを用いたSACLAの通常運転モードで放射されるXFELの時間プロファイルをシミュレーションしました。その結果、XFELのパルス幅は半値全幅で6.3fsとなり、電子ビームの時間プロファイルを構成している二つのガウス関数のうちシャープな方の半値全幅と同程度であることが分かりました。これは、これまでのSACLAにおけるXFELのパルス幅計測とよく一致しており、今回の電子ビームの測定結果の妥当性を示しています。
XFEL強度のシミュレーション結果(赤線)で求まったXFELのパルス幅は半値全幅で6.3フェムト秒であり、電子ビームの電流量の時間プロファイル(青点線)のシャープなピークの半値全幅7.3フェムト秒とほぼ同じであることが分かる。
今後の期待
今回開発した計測法は、電子ビームの時間幅を測る精密な“ものさし”といえます。この技術によって、これまでは不可能だった10fs以下の時間分解能で電子ビームの時間幅を計測することが可能になりました。今後、この計測技術と電子加速器技術によって電子ビームの時間幅を制御することで、XFELの時間幅を実験に応じて柔軟に変更することが可能になると考えられます。特に、電子ビームを短くすることによってアト秒(100京分の1秒)領域のXFELが実現できると、現在のXFELでは未踏の超高速現象を観測する強力なツールになるとが期待できます。
補足説明
[1] 強度干渉法、強度干渉現象
強度干渉現象とは、時空間において近接した2点の光強度が互いに相関を持つという現象である。例えば、放射光や電球から発生する光の場合には、強度は各時空間の位置で一定ではなく、強い部分と弱い部分の強度むらが生じる。この強度干渉現象を利用すると、光の統計的な性質やパルス幅を求めることができる。これが強度干渉法である。
[2] X線自由電子レーザー(XFEL:X-ray free-electron laser)
近年の加速器技術の発展によって実現したX線領域のパルスレーザー。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限はない。SPring-8などの従来の放射光源と比較して、10億倍もの高輝度のX線がフェムト秒(1,000兆分の1秒)の時間幅を持つパルス光として出射される。この高い輝度を活かしてナノメートルサイズの小さな結晶を用いたタンパク質の原子分解能の構造解析やX線領域の非線形光学現象の解明などの用途に用いられている。
[3] SACLA
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。第3期科学技術基本計画における五つの国家基幹技術の一つで、2006年度から5年間の計画で建設・整備された。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用を開始した。0.1ナノメートル以下という世界最短波長のX線レーザーを発振する能力を持つ。
[4] 分光光学素子
さまざまな波長を含む光から特定の波長の光のみを取り出す装置のこと。X線領域の分光器には、シリコンやダイヤモンドなどの結晶が広く用いられている。結晶に入射されたX線は、結晶への入射角によって決まる特定の波長の光のみが反射され、他の光は取り除かれる。また、結晶の方位を変えることによって反射されるX線の波長広がりをさまざまに変化させることができる。
[5] 単色度
X線ビームにおいて、その波長の広がりの大きさを中心波長で割ったものを指す。例えば、単色度が10%で中心波長が0.1ナノメートル(nm、1nmは10億分の1m)のX線ビームとは、0.01nmの波長広がりを持つX線ビームである。
[6] 自己増幅自発放射(SASE)方式
短波長のX線では、反射率の高い鏡が存在せず共振器を作ることができない。そのため、加速した電子を非常に長いアンジュレータに通して、後ろの電子から出る光と前の電子との相互作用によって電子を波長間隔に並べ、コヒーレントなX線を発生させる方式。SASEはSelf Amplified Spontaneous Emissionの略。
[7] LCLS
米国スタンフォード線形加速器センター(現在のSLAC国立加速器研究所)で建設された世界で初めてのXFEL施設。2009年12月から利用運転が開始された。LCLS はLinac Coherent Light Sourceの略。
[8] 放射線損傷
X線の持つエネルギーによって、X線と相互作用した分子が壊れること。X線との相互作用で分子が壊れる場合だけでなく、分子が壊れる過程で生じる電子や、壊れた分子から生成する反応性の高い分子が観察対象の分子と化学反応する場合もある。
[9] X線結晶構造解析
タンパク質が規則正しく並んだ結晶にX線を照射すると回折像が得られる。その回折像を解析して、タンパク質の構造を解明する実験手法。タンパク質を構成する個々の原子の位置を決定できる。
[10] アンジュレータ
NとSの磁極を交互に上下に配置し、その間を通り抜ける電子を周期的に小さく蛇行させ、特定の波長を持った光を作り出す装置。X線自由電子レーザー施設SACLA用に開発したアンジュレータは、1台の長さが約5mであり、1台あたり277周期で磁石が交互に配列されている。短波長のX線では、反射率の高い鏡が存在せず共振器を作ることができない。
[11] コヒーレンス現象
コヒーレンスとは、波の持つ性質の1つでその干渉のしやすさを表す。波の干渉性に関係するような現象のことをコヒーレンス現象と呼ぶ。また、一般にある時間以上離れた波同士では、その位相がばらばらになってしまい、干渉性が失われてしまう。波の干渉性が保たれる時間のことをコヒーレンス時間という。同様に、ある距離以上離れた波同士でも干渉性が失われてしまう。波の干渉性が保たれる距離のことをコヒーレンス長と呼ぶ。
発表者・機関窓口 <機関窓口> 東京大学大学院 新領域創成科学研究科 総務係 (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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