アンジュレータの放射線耐性が飛躍的に向上 -「傾斜磁化」により減磁を大幅に抑制-(プレスリリース)
- 公開日
- 2018年09月18日
2018年9月18日
理化学研究所
高輝度光科学研究センター
理化学研究所(理研)放射光科学研究センター次世代X線レーザー研究グループの金城良太研究員、田中隆次グループディレクター、高輝度光科学研究センターの備前輝彦主幹研究員の共同研究チームは、放射光[1]施設やX線自由電子レーザー(XFEL)[2]施設において指向性の高いX線を発生させる重要装置である「アンジュレータ」に利用されている永久磁石の放射線耐性を飛躍的に向上させる手法を開発し、実験的および理論的にその効果を実証しました。 論文情報 |
背景
「SPring-8[3]」などの放射光施設や「SACLA[4]」などのX線自由電子レーザー(XFEL)施設では、高エネルギー電子ビームが蛇行する際に発生する放射光やX線レーザーが利用されています。電子を蛇行させるためには、「アンジュレータ」と呼ばれる、極性(S/N)の異なる多数の永久磁石(一般的にはネオジム磁石)を交互に並べた装置を利用します。
ネオジム磁石は、高エネルギー電子に由来する高線量の放射線によって徐々に磁力を失うため(放射線減磁)、アンジュレータの品質は施設の運転に伴って徐々に劣化します。そのため、一般的な施設では ①永久磁石に入射する放射線量の軽減、②放射線耐性の高い永久磁石材料の選定などの対策によって、アンジュレータの性能劣化を可能な限り抑制しています。しかし、これらの対策はアンジュレータの品質を長期にわたって保証する一方で、到達可能な最高性能(最大磁場強度)を抑制するという弊害もあることから、代替となる対策案が求められていました。
研究手法と成果
放射線に限らず、永久磁石はさまざまな要因によって減磁することが知られています。最も一般的な要因は温度で、「超強力磁石」として広く販売されているネオジム磁石は100℃程度で減磁してしまいます。また、形状も重要な要因で、例えば図1に示した縦長および横長磁石では、縦長の方が減磁しにくいことが知られています。これは、反磁場(自身の磁化方向とは逆向きの磁場)による自己減磁[5]に関連した現象であり、横長磁石の方が反磁場が強く、より減磁しやすいということが説明できます。
磁石内において、磁化(黄色矢印)はS極からN極に向かうが、反磁場(白色矢印)はN極からS極に向かい、自身を減磁させる方向に働く。
このような一般的な減磁の要因に加えて、アンジュレータの場合は周囲に存在する永久磁石ブロックにより発生する磁場が減磁に影響します。図2に一般的なアンジュレータの磁気回路を示します。横磁化(1、3、5など)および縦磁化磁石(2、4など)で構成され、それぞれ電子ビームの進行方向と平行および垂直な方向に磁化されています。例として、横磁化磁石3の周囲の磁石(1、2、4、5)が発生する磁場を赤色矢印で示していますが、この磁石は電子ビームに近い方の面(電子ビーム面)で、自身の磁化方向とは逆向きの強力な磁場(逆磁場)にさらされることが分かります。放射線は電子ビームに近い方が高いため、アンジュレータの磁気回路として使用される横磁化磁石は、単体で使用されるよりもはるかに減磁しやすいことになります。
各永久磁石の磁化方向を黄色の矢印で示す。横磁化磁石の電子ビーム面には、自身の反磁場に加えて周囲の永久磁石が発生する強力な逆磁場(赤色矢印)が加わる。
アンジュレータの磁気回路としては図2に示したもののほかに、磁場を強化する目的で縦磁化磁石を強磁性体(例えば鉄・コバルト合金)に置き換えた、ハイブリッド型と呼ばれる種類も一般に利用されます。その場合、逆磁場はさらに大きくなり、また磁場発生源が横磁化磁石のみであるため、減磁の度合いはより大きくなります。
共同研究チームは減磁の問題を克服するため、図3に示すアンジュレータ用磁気回路に着目しました。この磁気回路では、各永久磁石の磁化が通常と比べて45度だけ傾けられているため、横磁化・縦磁化の区別はありません。その結果、ある永久磁石の磁化と、その周囲の永久磁石が発生する磁場(赤色矢印で図示)は直交し、自身が発生する反磁場以外に、強い逆磁場を受けることはありません。したがって、この磁気回路を利用したアンジュレータでは、放射線による減磁を大幅に抑制することが期待できます。また、この磁気回路が電子ビームの軸上で発生する磁場強度は、通常の磁気回路(図2)と同等であることが解析的に示されているため、アンジュレータとしての性能にも問題はありません。
各磁石の電子ビーム面には、磁化と直交する磁場(赤色矢印)が加わるのみで、強力な逆磁場は存在しない。
共同研究チームは、この原理を実証するために、(a)ハイブリッド型、(b)通常型、(c)45度傾斜型の3種類のアンジュレータ用磁気回路を試作しました。そして、SPring-8の入射器として使用されているシンクロトロン[6]で生成された8GeV電子ビームを照射し、それぞれの磁気回路における減磁率を計測しました。その結果、図4に示す通り、45度傾斜型磁気回路の減磁率が、大幅に抑制されることが分かりました。例えば、1014個(100兆個)の電子を磁気回路に入射したときの減磁率はそれぞれ(a)42%、(b)19%、(c)4%であり、45度傾斜型磁気回路が、従来型磁気回路に比べて5~10倍程度の放射線耐性を持つことが確認されました。
45度傾斜型磁気回路の減磁率が、ハイブリッド型の1/10、通常型の1/5程度に抑制されていることが分かる。
今後の期待
今回実証した手法は、放射線減磁によるアンジュレータの性能劣化を抑制するための従来の手法(放射線量の軽減、高放射線耐性材料)とは根本的に異なる新たな原理に基づくものであり、本手法と従来手法とを併用することで、より効果的な劣化対策が可能となります。
また、従来手法、特に「放射線耐性を優先した永久磁石材料の選定」という制約条件のために犠牲にしてきたアンジュレータの到達性能が、本手法を活用することで飛躍的に向上する可能性があります。これにより、放射光施設やXFEL施設における計測をより短時間で行うことが可能になり、より多くの成果の創出が期待できます。
補足説明
[1] 放射光
高エネルギー電子が磁場で曲げられるときに発生する電磁波=光。極めて明るく、指向性、波長可変性、偏光特性などに優れているため、さまざまな分野で応用されている。
[2] X線自由電子レーザー(XFEL)
近年の加速器技術の発展によって実現したX線領域のパルスレーザー。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限はない。SPring-8などの従来の放射光源と比較して、10億倍もの高輝度のX線がフェムト秒(1,000兆分の1秒)の時間幅を持つパルス光として出射される。この高い輝度を活かしてナノメートルサイズの小さな結晶を用いたタンパク質の原子分解能の構造解析やX線領域の非線形光学現象の解明などの用途に用いられている。XFELはX-ray Free-Electron Laserの略。
[3] SPring-8
理研が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市で稼働中の世界最高性能の放射光を生み出す施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(80億電子ボルト)に由来。
[4] SACLA
理研と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本初のXFEL施設。第3期科学技術基本計画における五つの国家基幹技術の一つで、2006年度から5年間の計画で建設・整備された。2011年3月に完成し、SPring-8 Angstrom Compact free-electron LAser の頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用を開始した。0.1ナノメートル以下という世界最短波長のX線レーザーを発振する能力を持つ。
[5] (反磁場による)自己減磁
永久磁石などの磁性体が磁化されたときに、自身の磁化方向とは逆向きの磁場(反磁場)が磁性体の内部に発生するために起こる減磁のこと。
[6] シンクロトロン
円形加速器。加速される粒子は同じ円軌道を周回しながら何度も加速されることで高エネルギーに到達する。SPring-8では、1GeVまでの加速を直線加速器で、8GeVまでの加速をシンクロトロンで行っている。
発表者・機関窓口 高輝度光科学研究センター 光源基盤部門 <機関窓口> (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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