大型放射光施設 SPring-8

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Pd-MOFハイブリッド材料の界面電子状態と水素貯蔵特性の関係の定量的な解析に成功 ~電子約0.4個分の電荷移動が約2倍の特性向上に寄与 新規ハイブリッド材料開発の促進が期待~(プレスリリース)

公開日
2018年10月09日
  • BL15XU(広エネルギー帯域先端材料解析)

2018年10月9日
国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)
国立大学法人九州大学
国立大学法人京都大学
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)

  1. NIMSは、九州大学、京都大学と共同で、パラジウム(Pd)と金属有機構造体(MOF)1のハイブリッド材料が、Pd単体に比べて約2倍の優れた水素貯蔵特性を持つのは、PdからMOFへ電子約0.4個分の電荷が移動したことにともなう、ごくわずかな電子状態の変化によることを明らかにしました。材料の電子状態と水素貯蔵特性との定量的な関係が明らかになったことで、水素吸蔵特性や水素に関わる触媒機能に優れた新たなハイブリッド材料開発の設計に役立つことが期待されます。
  2. 次世代エネルギー源として期待される水素の普及に向けて、効率的な水素の貯蔵方法が求められています。以前よりPdなど遷移金属が優れた水素貯蔵特性を持つことが知られていましたが、近年、遷移金属のナノ粒子とMOFを組み合わせることで、遷移金属単体に比べて、水素吸蔵特性が格段に向上することが報告されています。界面における電荷の移動が特性向上に関与していると予想されていましたが、どの程度の電荷移動か、定量的な機構については解明されていませんでした。
  3. 本研究では、Pdナノキューブ単体より約2倍の水素吸蔵特性を持つ、PdのナノキューブとMOF(銅(II)1,3,5-ベンゼントリカルボキシレート:HKUST-12のハイブリッド材料(Pd @ HKUST-1)について、大型放射光施設(SPring-8)3にあるNIMSのビームライン(BL15XU)を用いて、その電子状態を調べました。さらに、PdとHKUST-1それぞれの単体での電子状態を計算で求めて、Pd @ HKUST-1の電子状態と比較した結果、PdのナノキューブからMOFに電子約0.4個分の電荷が移動していることが明らかとなりました。このわずかな電荷の移動によって、Pdの電子バンドに水素を吸蔵するための受け皿が増え、Pdナノキューブ単体に比べ約2倍という大幅な水素吸蔵特性の向上をもたらされたことが分かりました。
    Pd @ HKUST-1の構造とPdナノキューブからHKUST-1金属有機構造体(MOF)への電荷移動の模式図
    Pd @ HKUST-1の構造とPdナノキューブからHKUST-1金属有機構造体(MOF)への電荷移動の模式図

  4. 遷移金属ナノ粒子およびMOFからなるハイブリッド材料は、水素吸蔵だけでなく高効率な水素化反応触媒としても期待されています。今後、今回示した電子状態の測定、解析法を用いることで、水素吸蔵特性や触媒性能を格段に向上させた新たなハイブリッド材料の開発が促進されることが期待されます。
  5. 本研究は、NIMS 先端材料解析研究拠点シンクロトロンX線グループ 坂田修身グループリーダー、Yanna Chen NIMSポスドク研究員、九州大学稲盛フロンティア研究センター 古山通久教授(現NIMSエネルギー・環境材料研究拠点 ユニット長)、難波優輔 学術研究員(現NIMSポスドク研究員)、京都大学大学院理学研究科北川宏教授、小林浩和連携准教授(JSTさきがけ研究員「超空間制御(研究総括:黒田一幸)」)らからなる研究チームによって行われました。また本研究は文部科学省のナノテクノロジープラットフォーム事業、およびJST戦略的創造研究推進事業ACCEL研究開発課題「元素間融合を基軸とする物質開発と応用展開(JPMJAC1501)」(研究代表者:北川宏、プログラムマネージャー:岡部晃博(科学技術振興機構))の支援を受けて行われました。
  6. 本研究成果は、Communications Chemistry誌にて英国時間2018年10月9日(日本時間2018年10月9日)に掲載されます。

掲載論文
題目:Electronic Origin of Hydrogen Storage in MOF-covered Palladium Nanocubes Investigated by Synchrotron X-rays
著者:Yanna Chen, Osami Sakata, Yusuke Nanba, Loku Singgappulige Rosantha Kumara, Anli Yang, Chulho Song, Michihisa Koyama, Guangqin Li, Hirokazu Kobayashi, Hiroshi Kitagawa
雑誌:Communications Chemistry
掲載日時:英国時間2018年10月9日10時(日本時間9日18時)
 DOI: 10.1038/s42004-018-0058-3

研究の背景
遷移金属ナノ粒子と金属有機構造体(MOF)を組み合わせたハイブリッド材料は、ガス貯蔵、触媒作用および化学的センシングの用途においてますます関心を集めています。しかし、新しいナノ構造を含むハイブリッド触媒の設計において、その反応場となる界面の電子状態が鍵となりますが、その測定方法は、まだ確立されていません。そのため、構成物質間の界面の電子状態は不明なままです。例えば、銅(II)1,3,5-ベンゼントリカルボキシレート(HKUST-1)によって覆われたパラジウムナノキューブ(Pd@HKUST-1)は、その水素貯蔵特性がPdナノキューブ単体より改善されたことが示されています(Nat. Mater. 13, 802-–806 (2014))。水素は、多くの産業プロセスにおいて必須の成分であり、焼却時に大気汚染や温室効果ガスを排出しないクリーンエネルギー源としても期待されています。水素貯蔵特性をもつ代表的な材料であるPd @ HKUST-1を調べることはその改善された水素貯蔵特性の理由を明らかにする重要性だけでなく、類似のハイブリッド材料を設計するのに役立ちます。

研究内容と成果
代表的なMOFである銅(II)1,3,5-ベンゼントリカルボキシレートで覆われたナノサイズ(約10ナノメートルの立体形状)のPdナノキューブのハイブリッド材料(ここではPd@HKUST-1と称す)、覆われていないPdナノキューブとHKUST-1の電子状態を高輝度放射光の高分解能分光実験、および、理論計算により調べました。

図1(a)高輝度放射光光電子分光4スペクトル(価電子帯スペクトル)。
図1(a)高輝度放射光光電子分光4スペクトル(価電子帯スペクトル)。

Pd @ HKUST-1からの観測スペクトル(赤実線)、相互作用を考慮していない計算スペクトル(黒点線)。その差は空色で示されています。相互作用を考慮していない計算スペクトルは、Pdナノキューブの実験スペクトル(緑点線)、と Kerkhof-MoulijnモデルによるHKUST-1(青点線)の和スペクトル。 (b)Pdナノキューブ、HKUST-1およびPd @ HKUST-1の全DOSおよびPd 4dバンド、Cu 3dバンドおよびO 2p バンドの界面および内部状態の部分DOS。横軸の大きさは束縛エネルギーに相当。(c)界面における電荷移動機構を説明するためのバンドの概略図。

得られた研究結果をまとめます。

  1. PdナノキューブとHKUST-1の界面で相互作用のないモデル(Kerkhof-Moulijnモデル5)を用いた計算スペクトルとPd@HKUST-1の実験スペクトルに差異があることが分かりました(図1(a))。
  2. その差異は、界面において、PdナノキューブとMOF(特に、MOF中のCu)との間に電荷移動の相互作用があることを意味しています。
  3. さらにPdナノキューブとHKUST-1との間の電荷移動を考慮するため、密度汎関数理論に基づきPd @ HKUST-1複合体の状態密度(DOS)、つまり、各最外殻電子のPd 4d、Cu 3dおよびO 2p DOSを計算したところ(図1(b))、上記スペクトルの差異とよく一致していました。その結果、PdとHKUST-1の界面でPd 4dバンドからHKUST-1のCuとOのバンドが混成して生じたバンドにPd 4dの約4%の電子に相当する電荷移動が起こる(図1(c))こと、と説明することができました。これは、Pdナノキューブ単体からのPd原子あたりの水素吸蔵特性の増分が0.4であることに相当し、実験的に得られた水素吸蔵特性の増分が0.37であることとよく合っています。
  4. さらに、吸収端近傍X線吸収微細構造(NEXAFS)6を用いたCu L吸収端とO K吸収端のスペクトル測定からCu、CuO、Cu2Oの参照試料とHKUST-1のスペクトルを比較し、Pd@HKUST-1の構成元素のひとつであるCuの酸化数がCu2+からCu+へ変化することが分かりました。
  5. 電子帯だけでなく、伝導帯にもPdとHKUST-1の界面の相互作用が影響していることも示唆されました。

今後の展開
本研究成果は、単体の金属に比べて特異な界面電子状態を創製できその触媒性能を格段に向上させることのできる新しい触媒材料として、遷移金属ナノ粒子およびMOFからなるハイブリッド材料を設計することに役立つことが期待できます。今回対象としたものと類似のハイブリッド材料は、水素の貯蔵材料や分離膜への応用に加え、金属ナノ粒子の物性解明など新しい学術領域の開拓へ寄与することが期待できます。また触媒活性を高めることにより、より温和な条件での水素化反応プロセスの展開と希少元素削減に繋がることが期待できます。今後、ハイブリッド材料の開発に向けた同研究を進めて行く一方、産業に展開できるよう、電子構造や原子配列に関するデータを提供し、データを活用した設計型物質・材料研究(マテリアルズ・インフォマティクス)の基盤を形成していきます。


用語解説
1. 金属有機構造体(MOF)
有機配位子と金属イオンから構成され、規則的な細孔を有する金属錯体。多孔性金属錯体とも呼ばれます。

2. HKUST-1
MOFの1つである銅(II)1,3,5-ベンゼントリカルボキシレートである。多くの穴を有するネットのような微細構造を有する。

3. 大型放射光施設(SPring-8)
国立研究開発法人理化学研究所が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高輝度の放射光を生み出す施設。その運転と利用者支援は公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことである。SPring-8では、この放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

4. 光電子分光
X線を試料に照射し、たたき出された電子の量を運動エネルギーの関数としてスペクトルを記録する測定法。今回、通常の実験室にあるX線装置では分析が困難な物質表面の電子状態、電子構造を高いエネルギー分解能で調べるため、高輝度放射光を用いた高分解能硬X線光電子分光を用いた。

5. Kerkhof-Moulijnモデル
KerkhofおよびMoulijnが提案した、光電子分光のスペクトルを計算するためのモデル。ここでは3ナノメートル の厚さのMOFと均一に分布した一辺が10ナノメートルのPdナノキューブからなる層状の理想化された構造モデルである。

6. 吸収端近傍X線吸収微細構造(NEXAFS)
入射X線エネルギーが走査され、吸収されたX線強度が測定される。吸収端は、X線吸収係数の最大変動を示し、しばしば電子状態、特に伝導帯に関連する。今回の測定は九州シンクロトロン光研究センターで行われた。



本件に関するお問い合わせ先
(研究内容に関すること)
国立研究開発法人 物質・材料研究機構 先端材料解析研究拠点 シンクロトロンX線グループ、
技術開発・共用部門 高輝度放射光ステーション
グループリーダー、ステーション長 坂田修身(さかた おさみ)
 TEL: 0791-58-1970
 E-mail: SAKATA.Osamiatnims.go.jp
 URL: http://www.nims.go.jp/webram/ , http://samurai.nims.go.jp/SAKATA_Osami-j.html

(試料に関すること)
国立大学法人 京都大学 大学院理学研究科 化学専攻
教授 北川宏(きたがわ ひろし)、連携准教授 小林浩和(こばやし ひろかず) 
 TEL: 075-753-4035
 E-mail: kitagawaatkuchem.kyoto-u.ac.jp
 URL: http://kuchem.kyoto-u.ac.jp/ossc/j_index.html

 (理論計算に関すること)
九州大学稲盛フロンティア研究センター
(現国立研究開発法人 物質・材料研究機構 
エネルギー・環境材料研究拠点-ナノ材料科学環境拠点 技術統合化ユニット長) 古山通久(こやま みちひさ)
 TEL: 029-860-4757
 E-mail: KOYAMA.Michihisaatnims.go.jp, koyamaatifrc.kyushu-u.ac.jp

(JST事業に関すること)
国立研究開発法人 科学技術振興機構 戦略研究推進部
寺下 大地(てらした だいち)
 TEL:03-6380-9130, FAX:03-3222-2066
 E-mail:suishinfatjst.go.jp

(報道・広報に関すること)
国立研究開発法人 物質・材料研究機構 経営企画部門 広報室
 TEL: 029-859-2026, FAX: 029-859-2017
 E-mail: pressreleaseatml.nims.go.jp

国立大学法人 京都大学 総務部広報課国際広報室
 TEL: 075-753-5729 FAX: 075-753-2094
 E-mail: commsatmail2.adm.kyoto-u.ac.jp

国立大学法人 九州大学 広報室
 TEL:092-802-2130, FAX:092-802-2139
 E-mail:kohoatjimu.kyushu-u.ac.jp

国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST) 広報課
 TEL: 03-5214-8404, FAX: 03-5214-8432
 E-mail: jstkohoatjst.go.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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