大型放射光施設 SPring-8

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燃料電池反応を活性化する電極反応場を発見 〜最高で8倍の活性化に成功〜(プレスリリース)

公開日
2018年11月05日
  • BL13XU(表面界面構造解析)

2018年11月5日
国立大学法人 千葉大学
高輝度光科学研究センター

 千葉大学大学院工学研究院 中村将志准教授、久米田友明博士課程学生(日本学術振興会特別研究員)、星永宏教授、高輝度光科学研究センター 田尻寛男研究員、物質・材料研究機構 坂田修身グループリーダーの研究グループは、燃料電池で重要な酸素還元反応*1を白金電極表面近傍に疎水性有機カチオンを存在させることにより、最高で8倍まで高活性化することに成功しました。また、高輝度放射光を用いたX線回折などの測定から、疎水性有機イオンの存在により電極の表面構造が大きく変化していることがわかりました。従来の電極触媒開発では電極基板側の研究が多く行われてきましたが、電解質側の構造も重要であることを示唆しており、実用的な触媒への応用研究が期待されます。
 なお、本研究成果は、英国の科学誌「Nature Communications」の2018年11月5日に発表されました。

掲載論文
題目:Effect of hydrophobic cations on the oxygen reduction reaction on single-crystal platinum electrodes
著者:Tomoaki Kumeda, Hiroo Tajiri, Osami Sakata, Nagahiro Hoshi, Masashi Nakamura
雑誌:Nature Communications DOI: 10.1038/s41467-018-06917-4

●研究の背景
 自動車や家庭用の燃料電池として固体高分子形燃料電池が用いられています。低温で電極反応を進行させるため触媒としてPtなどの貴金属が用いられていますが、資源量やコストの問題からPt使用量を大幅に削減することが求められています。固体高分子形燃料電池では、空気極で起こる酸素還元反応が遅いため、多量のPt触媒が使われています。現在、さまざまな電極触媒の開発が行われており、PtにCoやNiなどの異種金属を合金化すると活性が向上することが知られています。Ptをベースとした合金触媒の研究が世界中で行われていますが、触媒の構造や組成なども最適化されつつあり、異なったアプローチでの触媒開発が求められていました。

●研究内容と成果
 電極反応はPtなどの電極基板の種類によって反応活性が異なりますが、反応生成物が移動する電解質側の構造も反応選択性や活性に影響します。本研究グループは電解質側に形成される電気二重層*2と呼ばれる電極表面近傍の構造に着目しており、電極表面の原子配列が整った単結晶モデル電極*3を用いた原子レベルでの電気二重層の研究を実施してきました。電気二重層内のイオンと溶媒である水分子との親和性が電極反応に影響を及ぼすことが最近の研究から分かったため、疎水性度を変えることができるアルキルアンモニウムイオンを少量だけ電解質に添加して酸素還元反応活性を評価しました。図1のようにアルキルアンモニウムイオンのアルキル基が長くなると酸素還元反応活性が向上することを発見し、表面原子配列が整ったPt(111)では、アルキル基の炭素数がn = 6であるテトラへキシルアンモニウムイオン(THA)を用いると添加前より8倍の高活性化を達成しました。この活性値はPtNiやPtCoなどの合金触媒に匹敵するものであり、電極基板側だけでなく電解質側の構造を変えることにより活性の向上につながりました。

図1

図1: Pt(111)単結晶モデル電極を用いた酸素還元反応活性、
TMA+: テトラメチルアンモニウムイオン、TEA+: テトラエチルアンモニウムイオン、TBA+: テトラブチルアンモニウムイオン、THA+: テトラへキシルアンモニウムイオン、

 さらに高活性な電気二重層の構造を明らかにするために、大型放射光施設SPring-8*4BL13XUにおけるX線回折や赤外吸収分光測定を実施しました。疎水性イオンであるアルキルアンモニウムイオンは図2のようにPt電極表面から離れた場所に存在しており、水分子がイオンを取り囲むように水和*5(水和殻)しています。Pt表面は水分子や水酸基(OH)が吸着しており、親水性イオンがこれらの化学種と水素結合のネットワークを形成することで安定化し酸素還元反応を妨げることが知られています。疎水性度の高いイオンが電極表面近傍に存在することにより、このネットワーク構造が不安定化し酸素還元反応を促進すると考えられます。

図2

図2: Pt電極表面の親水性および疎水性イオンの構造

今後の展望
 実際の燃料電池の触媒には数ナノメートル程度の微粒子が用いられており、固体高分子電解質膜と接触しています。このような条件下でも酸素還元反応が活性化するように、疎水性イオンの添加方法を検討する必要があります。また、Pt電極よりも高活性なPtCoやPtNi電極を用いてさらなる高活性化を目指した研究を実施しています。

●本研究に関連する特許出願
 出願番号:特願2017-085740
 発明の名称:固体燃料電池
 出願日:平成29年4月24日
 出願人:国立大学法人千葉大学

●研究支援
本研究成果は、以下のプロジェクトおよび支援によって得られました。
・国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「固体高分子形燃料電池利用高度化技術開発事業/普及拡大化基盤技術開発/先進低白金化技術開発/酸素還元反応を高活性化する構造規整修飾電極の開発」(研究代表者:星永宏、プロジェクトリーダー:稲葉稔 同志社大学教授)
・独立行政法人日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(B)「固液界面の広域構造とダイナミクス」(研究代表者:中村将志)
・独立行政法人日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(B)「電気二重層の実験的シミュレーションによる界面水の構造とダイナミクス」(研究代表者:中村将志)
・公益財団法人旭硝子財団若手継続グラント「時分割X線回折による電極反応のオペランド観測」(研究代表者:中村将志)


●用語解説
*1 酸素還元反応
燃料電池の空気極(カソード)で起こる化学反応

*2 電気二重層
ポテンシャルが異なる物質が接した場合に、界面に荷電粒子が層構造を形成する。金属-電解質溶液の界面では、電解質イオンが層構造を形成し、溶液中とは異なるイオン濃度や構造となる。

*3 単結晶モデル電極
原子が規則的に配列し、結晶のどの位置でも結晶軸が変わらないものを単結晶という。単結晶を任意の方向で切断すると表面には規則的に原子列が整列した状態をつくることができる。実用化される燃料電池触媒には微粒子が用いられているが、原子レベルでの表面構造の解明や酸素還元反応活性の評価をする場合にはモデル電極を使用する。

*4 大型放射光施設SPring-8
SPring-8の施設名はSuper Photon ring-8GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設であり、その運転と利用者支援などは高輝度光科学研究センターが行っている。

*5 水和
水溶液中では、イオンや分子の周りは水分子で覆われており、水和と呼ばれる一つの分子集団となる。特にイオンに水和した水は、水分子間の水素結合より強く結合した状態となる。



【本件に関する問い合わせ先】
中村将志 千葉大学大学院工学研究院 准教授
 TEL/FAX:043-290-3382
 E-mail:mnakamuraatfaculty.chiba-u.jp

千葉大学 理工系事務部工学部 総務係
 TEL:043-290-3038、FAX:043-290-3039
 E-mail:mah3034atoffice.chiba-u.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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