原子の無秩序な動きに駆動される絶縁体-金属相転移 -従来の協奏的定説がSACLAによって覆された-(プレスリリース)
- 公開日
- 2018年11月21日
- SACLA BL3
2018年11月21日
理化学研究所
高輝度光科学研究センター
理化学研究所(理研)放射光科学研究センタービームライン開発チームの片山哲夫客員研究員(高輝度光科学研究センター実験技術開発チーム研究員)らの国際共同研究グループ※は、X線自由電子レーザー(XFEL)[1]施設「SACLA[2]」を利用し、二酸化バナジウム(VO2)の「絶縁体-金属相転移[3]」は、個々のバナジウムイオン(V4+)が無秩序に動くことで引き起こされることを実証しました。 論文情報 |
※国際共同研究グループ
理化学研究所 放射光科学研究センター XFEL研究開発部門
ビームライン研究開発グループ ビームライン開発チーム
客員研究員 片山 哲夫 (かたやま てつお)
(高輝度光科学研究センター XFEL利用研究推進室 先端光源利用研究グループ 実験技術開発チーム 研究員)
スペイン Institute de Ciències Fotòniques
研究員 ルシアーナ・ビーダ(Luciana Vidas)
研究員 ティモシー・ミラー(Timothy A. Miller)
教授 サイモン・ウォール(Simon Wall)
デューク大学
研究員 シエン・ヤン (Shan Yang)
准教授 オリバー・ドレール(Oliver Delaire)
SLAC 国立加速器研究所
研究員 マシュー・ショレ (Matthieu Chollet)
研究員 ジェームズ・グローニア(James M. Glownia)
研究員 マイケル・コズィーナ(Michal Kozina)
研究員 トーマス・ヘネガン(Thomas Henighan)
研究員 メイソン・ジャン (Mason Jiang)
研究員 マリアーノ・トリゴ(Mariano Trigo)
教授 ディビッド・レイス(David A. Reis)
オークリッジ国立研究所
教授 リン・ボートナー (Lynn A. Boatner)
背景
二酸化バナジウム(VO2)は興味深い相転移を示すことが知られています。室温では、二酸化バナジウムを構成しているバナジウムイオン(V4+)は周期的な対構造を形成しており、二酸化バナジウムは電気を流さない絶縁体として振る舞います。しかし、温度が上がるとこの対構造が消失してバナジウムイオン間の距離が均等になるとともに、電気を流す金属のように振る舞うようになります(図1)。
図1 二酸化バナジウム(VO2)の室温と高温での結晶構造
A:室温での結晶構造。緑がバナジウムイオン(V4+)、赤が酸素イオン(O2-)を示す。バナジウムイオンは対構造を形成しており、d S = 2.50Å、d L = 3.16Åである。1Å=100億分の1メートル。
B:高温での結晶構造。バナジウムイオンの対構造が消失し、バナジウムイオン間の距離dRは2.81Åで均等になる。
この「絶縁体-金属相転移」は非常に高速で起こるため、これまで対構造をなしていたバナジウムイオンが足並みをそろえて同じ方向に同時に動くことによって起こると考えられてきました。このような原子(イオン)の平均的な位置や動きは、「時間分解X線回折法[5]」によって観測することができます。一方で、固体を形成する個々の原子が無秩序に動いた場合の詳細は、時間分解X線回折法では分かりません。そのため、バナジウムイオンの動きが絶縁体-金属相転移にどう関わっているのかは分かっていませんでした。
そこで、国際共同研究グループは、固体を形成する個々の原子の動きに敏感な「時間分解X線散漫散乱法[6]」を用いて、二酸化バナジウムの絶縁体-金属相転移について調べました。X線散漫散乱の強度は構造が無秩序になるほど上がるため、個々の原子が平均的な位置からどの程度ずれているのかを評価できます。
研究手法と成果
国際共同研究グループは、二酸化バナジウムに可視領域のレーザー光を照射することでその温度を瞬間的に上昇させました。そして、一定の時間をおいた後にフェムト秒(fs、fsは1,000兆分の1秒)の時間幅を持つX線自由電子レーザー(XFEL)を照射してX線散漫散乱の強度を測定しました。これにより、絶縁体-金属相転移が進行している最中の二酸化バナジウムの瞬間的な結晶構造をスナップショットのように切り出して観察できます。
仮に、バナジウムイオンの秩序だった動きによって絶縁体-金属相転移が駆動されるとすると、対構造の消失中にX線散漫散乱強度が上がることはありません。一方、バナジウムイオンの無秩序な動きが関連している場合には、X線散漫散乱強度の上昇と対構造の消失が同時に起こると想定できます。
レーザー光照射からXFEL照射までの時間を変えながら測定したところ、バナジウムイオンの対構造の消失(X線回折強度の変化)とバナジウムイオンの無秩序な動き(X線散漫散乱強度の変化)が同じ時間スケールで変化し、150 fs後には変化が完了していることが分かりました(図2)。これは、二酸化バナジウムの絶縁体-金属相転移がこれまで考えられてきたようなバナジウムイオンの協奏的な動きによるものではなく、バナジウムイオンの無秩序な動きによるものであることを示しています。
図2 二酸化バナジウムのX線散漫散乱強度とX線回折強度の時間依存性
A:二酸化バナジウムにレーザーを照射し、50 fs(0.05ps)、100 fs(0.1ps)、2,000 fs(2 ps)後のX線散漫散乱とX線回折の画像(定常状態からの差分イメージ)。1ps(1ピコ秒)は1兆分の1秒。
B:各時点でのX線散漫散乱強度(紫)とX線回折強度(赤、黄)。黄色は金属相に対応するピークで、赤色は絶縁体相に対応するピークを示す。X線回折強度の変化と散漫散乱強度の変化が同じ時間スケールで変化し、150fs(0.15ps)後には変化が完了したことが分かる。これは、二酸化バナジウムの絶縁体-金属相転移が無秩序な原子の動きによって起きたことを示す。
今後の期待
今回、国際共同研究グループは二酸化バナジウムの絶縁体-金属相転移が、原子(イオン)の無秩序な動きに駆動されることを実証しました。この成果により、絶縁体-金属相転移は個々の原子が協奏的に動くことで駆動されるというこれまでの定説が覆ったことになります。これは、光で物性を制御する上での新たな考え方が実証されたことを意味しており、今後、光誘起超伝導といったイノベーションにつながることが期待できます。
補足説明
[1] X線自由電子レーザー(XFEL)
X線自由電子レーザーとは、X線領域におけるレーザーのこと。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限はない。ほぼ完全な空間コヒーレント光であり、数フェムト秒(1フェムト秒は1,000兆分の1秒)の超短パルス光である。XFELはX-ray Free Electron Laserの略。
[2] SACLA
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。科学技術基本計画における五つの国家基幹技術の一つとして位置付けられ、2006年度から5年間の計画で建設・整備を進めた。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始され、利用実験が行われている。諸外国と比べて数分の一というコンパクトな施設の規模にも関わらず、0.1nm以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を有する。
[3] 絶縁体-金属相転移
電気を流さない物質(絶縁体)から電気を流す物質(金属)への変化。熱、磁場、光などさまざまな外場によって引き起こされる。
[4] 光誘起超伝導
超伝導は電気抵抗ゼロで電気が流れる現象のこと。光誘起超伝導は、光をトリガーとして超伝導が起こる。
[5] 時間分解X線回折法
X線回折は、X線の波長が物質の構造の周期とマッチしたときに反射される現象を利用して、原子の平均的な位置を調べる手法のこと。時間分解X線回折は、変化している物質の構造をスナップショットのように一瞬を切り出して観察することにより、原子の平均的な動きを調べる手法である。
[6] 時間分解X線散漫散乱法
物質の構造の周期性が崩れたとき、X線回折のシャープなピークの周囲に弱い散乱が現れる。この散乱強度は、原子の平均的な位置からのずれを反映している。時間分解X線散漫散乱は、変化している物質の一瞬を切り出して散乱強度を計測することで個々の原子のランダムな動きを調べる手法のこと。
発表者・機関窓口 <機関窓口> (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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