多剤排出ポンプが薬を輸送するメカニズムを解明 ―世界初の結晶構造が示すどんな薬でも絞り出す仕組み―(プレスリリース)
- 公開日
- 2019年01月08日
- BL41XU(構造生物学I)
2019年1月8日
京都大学
京都大学大学院薬学研究科 加藤博章 教授、山口知宏 同助教、中津亨 同准教授、松岡敬太 同博士課程学生、京都大学大学院農学研究科応用生命科学専攻 植田和光 教授(兼:京都大学物質―細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)連携PI)、小段篤史 同特任助教、木村泰久 同助教らの研究グループは、ATP(アデノシン三リン酸)を動力源として薬物を細胞外へ運び出すP糖タンパク質(ABCB1)が、どんな薬でも輸送できる仕組みの分子構造基盤を初めて明らかにしました。 <論文タイトルと著者> |
背景
我々の身体には、外からの異物(物質)の侵入を防ぐ機能が備わっています(図1)。この機能のおかげで、食べ物や飲み物とともに余計な物質が消化管に入ってきても細胞内部へはほとんど入りません。なぜなら、小腸上皮細胞の細胞膜に埋め込まれている数10 ナノメートル(ナノは10億分の1)ぐらいの大きさのタンパク質でできた分子ポンプが異物をくみ出しているからです。同じ分子ポンプは、肝臓や腎臓、生殖器、そして、血液脳関門の細胞膜にも存在して、それら重要な臓器の細胞内に異物が侵入することを防いでいます。
この異物排出ポンプはP糖タンパク質またはMDR1 (Multi Drug Resistance 1)と呼ばれ、ABCB1 という別名を持っています。ABC はATP Binding Cassette (ATP結合カセット)の頭文字をとったもの、B1 は、ABC を持つ分子のなかのサブグループB の1 番の分子という意味です。ABC は、生物のエネルギー通貨となっている分子ATP(アデノシン三リン酸)の結合容器という意味ですが、その作用は、ATP を分解してエネルギーを発生させるエンジンとして機能していることです。つまり、ABCB1 は、ATP を燃料とするエンジンで駆動されるポンプで、細胞膜へ入ってくる多種多様な異物分子を認識して細胞外へと吐き出しているわけです。しかし、どのようにして形や大きさが異なる様々な薬の分子を1種類のポンプが取り込めるのか?どうして細胞膜内外の薬物の濃度差に逆らって細胞内から細胞外へ一方通行で輸送することができるのか?その仕組みはわかっていませんでした。これまでもABCB1や、それとよく似た分子の立体構造が明らかにされていました。しかし、それらは解像度が低く、また、ABCB1の分子の構造が変化する状態を捉えることは、多くの研究で達成できなかったことから不可能だと思われてきました。
研究手法・成果
我々は、構造変化しやすくなるようにABCB1を改変することで、分子が細胞内側に口を開けた状態(内向型)と細胞外側に口を開けた状態(外向型)の両方の状態を結晶化し、大型放射光施設SPring-8のBL41XU(世界最高レベルの高強度ビームを用いた回折実験が可能なタンパク質結晶解析ビームライン)を利用して、立体構造を高精度で決定することに成功しました。
外向型では、作用に必要なATPに類似の化合物を結合させているため、ATPによって内向型から外向型へと構造変化が起る過程を詳細に調べることが初めて可能になりました。驚いたことに、内向型では、様々な大きさや形状の薬などの分子を受け入れることができる広い空間が分子内部にあるのですが、外向型では、それが収縮して狭く閉じられていることが判明したのです(図2)。
従来は、空間は大きなままで細胞内あるいは細胞外へ開いていると、別の分子の構造から予想されていました。この予想では、細胞外の薬の濃度が高ければ逆流してしまうため、取り込まれた薬が濃度差に逆らって細胞外へ確実に排出されていくメカニズムは大きな謎でした。今回の二つの構造からは、内部の空間の細胞内部から細胞膜の中央付近までの空間が押し込められ、歯みがきチューブを絞るとペーストが押し出されるように出てくる様子が推定されます。また、大きな袋であれば、色々な形の薬を捉えることが可能で、それを萎めて押し出す仕組みは、多剤の認識と排出には理想的なメカニズムであることが洞察されます(図3)。さらに、ATPの結合がポンプを駆動するための構造変化の詳細も明らかにすることができました(図4)。
波及効果、今後の予定
今回の成果は、薬物治療の根本的な問題の解決に貢献します。なぜなら、この生体防御の要として重要なポンプは、薬物治療にとっては敵にもなっています。薬という物質も生物にとっては異物です。投与された量の一部はこの多剤排出ポンプで細胞外へと排出されることになります。そのため、その排出量を見越して薬は多めに飲む必要があります。抗ガン剤治療ではもっと深刻な問題を引き起こします。ある人に最初に発生したガンはある抗ガン剤によって効果的に撃退されます。しかし、そのほんの一部が残りガンが再発すると、そのガンはこのポンプを沢山作るように変異しています。すると、それまで良く効いていた抗ガン剤が排出されて効かなくなってしまいます。そこで、医師は別のいろいろな抗ガン剤を試すのですが、そのどれもが効かなくなっているのです。この現象は、ガンの「獲得多剤耐性」とよばれています。今回の研究成果で、多剤を認識する仕組み、そして、逆流を防ぎ細胞外へ排出する仕組みが詳細にわかったことから、その仕組みを回避できる分子をデザインすれば、薬効を飛躍的に改善できることになります。しかも、このポンプはほとんどの薬の排出に関わっていることから、その機能の分子基盤の解明は、薬の全般の設計原理に波及効果のある重要な発見と言えるでしょう。
研究プロジェクトについて
本研究は、以下の科学研究費補助金等の支援を受けました:基盤研究A 25251006、新学術領域研究公募研究 26102724、挑戦的萌芽研究 26670014、基盤研究B 17H03664、X線自由電子レーザー重点戦略課題(加藤博章);基盤研究S 25221203、基盤研究S 18H05269(植田和光);若手研究A 24689029、基盤研究C 17K07306(小段篤史)、若手研究B 26840048、基盤研究C 16K07320(山口知宏)、新学術領域研究公募研究 15H01638(木村泰久)。また、本研究は、大型放射光施設SPring-8(課題番号:2013B1277, 2014A1163, 2014B1001, 2014B1772, 2015A1039, 2015B2039)を利用することにより行われました。
研究者のコメント |
<イメージ図>
図1 ABCB1が排出する多様な薬の一部とABCB1の体内分布
図2 本研究で決定したABCB1の内向型構造(左)と外向型構造(右)。内向型で見られる大きな空洞(ポンプ・チャンバー)は外向型では収縮している。
図3 ABCB1が多様な薬を排出できることを示した模式図。本研究によって、薬を逆流させないための装置(チャンバー収縮調節装置と2つのゲート)と外向型を安定化する装置(掛け金)が明らかになった。
図4 ATPの結合がポンプを駆動するための構造変化の詳細。
<お問い合わせ先> (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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