大型放射光施設 SPring-8

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超分子重合により「電気信号と光信号に演算的に作動する機能性液晶素子」を開発 -新世代光コンピューティングへの可能性-(プレスリリース)

公開日
2019年01月11日
  • BL44B2(理研 物質科学)
  • BL45XU(理研 構造生物学I)

2019年1月11日
東京大学
理化学研究所

発表のポイント:
◆電気信号と光信号に対して演算的に作動する機能性液晶素子の構築に成功した。
◆混ぜるだけで二種の機能性分子が融合して一義的な階層構造を形成する現象を発見した。
◆持続可能な高度情報化社会に貢献する、安価な技術としての展開につながることが期待される。

 現代社会では、より複雑な情報を高い信頼性を持って高速に転送・処理する技術が求められている。現在主流である電気信号を中心としたエレクトロニクス技術をさらに高性能化するものとして、電気信号と光信号に応答して作動する光エレクトロニクスが最近注目されている。しかし、これを実現する素子の作製には、多段階の複雑な製造工程が必要だと考えられている。
 今回、東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻の相田卓三教授(本務:理化学研究所 創発物性科学研究センター 副センター長)、同専攻の伊藤喜光講師、矢野慧一大学院生らの研究グループは、ただ混ぜるだけで、電気信号と光信号に演算的に応答する機能性液晶素子を開発した。本研究の鍵は、二種類の機能性パーツが自発的に融合して一義的な階層構造を形成することを可能にした「超分子重合(注1)」の新戦略である。これにより、従来必要と考えられてきた多段階の製造工程を大幅に簡略化できる。
 超分子重合の特色を駆使した演算素子の設計戦略は、大型の設備投資と複雑化の一途を辿る関連技術の開発に対して、全く新しい可能性を示すものである。

発表雑誌:
雑誌名:「Science
論文タイトル:Nematic-to-columnar mesophase transition by in situ supramolecular polymerization
著者:Keiichi Yano, Yoshimitsu Itoh, Fumito Araoka, Go Watanabe, Takaaki Hikima, Takuzo Aida
DOI:10.1126/science.aan1019

発表内容:
 現代社会はエレクトロニクスの発展によって支えられている。身の回りにはパソコンやスマートフォンなど高度に集積化したエレクトロニクスが溢れている。そんな中、今後さらに進んでいくと考えられる高度情報化社会を支える基盤技術として、従来のエレクトロニクスにかわり“光”エレクトロニクスが注目を集めている。より複雑な情報を高い信頼性を持って高速に転送・処理する必要があるからである。光エレクトロニクスを実現するには、電気あるいは光に応答する素子が連動して作動するように、それらを順序立てて階層的に集積化する必要があるが、既存の基盤技術では大変難しい。
 東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻の相田卓三教授(本務:理化学研究所 創発物性科学研究センター 副センター長)、同所属の伊藤喜光講師、矢野慧一大学院生らを中心とした東京大学、理化学研究所、北里大学の研究グループは、SPring-8(注2)を用いて、光信号に応答する分子が形成する液晶中で電気信号に応答する分子を超分子重合させると、両者が協調し、コア・シェルカラムナー構造と呼ばれる一義的な階層構造を自発的に構築することを発見した(図1上)。「カラム」は「筒」を意味し、ここでは電気信号に応答する分子が筒の内部(コア)を、一方、電気信号に加え光信号にも応答する分子が筒の外部(シェル)を形成している。このようなコア・シェル型の直径数ナノメートル(注3)のカラムが沢山集まり最密充填して階層構造を完結している。電気信号や光信号を変調させることによりカラムの有無や配向状態を素早く変えることができる(図1下)。その結果、階層構造の光透過能が局所的に変わるので、書き込まれた構造情報を0と1の数値情報として読み出すことができる。コアを形成している分子は円盤状を、シェルを形成している分子は棒状をしており、両者は一般には互いを排除するが、本研究では両者が互いに親和するデザインを施したことでコア・シェルカラムナー構造の形成が可能になった。
 本研究により開発された液晶素子からなるデバイスで演算処理ができるとしたが、今回のデバイスは「AND論理回路(注4)」と呼ばれるもので、あらかじめ決められている複数の信号が全て印加された場合にのみ情報の書き込みが可能となる(図1右下)。具体的には「電気信号」と「光信号」の2つの信号である。これらの信号により一旦書き込まれた情報は長時間保持される上、簡単に初期状態に戻すことも可能である。このような演算処理は、デバイスの誤った作動を防ぎ、情報の転送や処理の信頼性・安全性を高めることに貢献する。二種類の分子が互いに協調しあう位置関係になければこのような演算処理はできない。
 一義的な階層構造の基本単位であるカラムのコア部分を形成する電気信号応答性の円盤状分子とカラムのシェル部分を形成する電気/光信号応答性の棒状分子の間には化学結合(共有結合注5)は存在せず、かわりに弱い分子間相互作用(非共有結合注6)が存在する。これを超分子化学的相互作用とも呼ぶ。この弱い分子間相互作用でできた組織は外的な摂動の印加で崩壊し、同時に、摂動の印加をやめると元に戻る性質を有する。切れにくく、一旦切れると簡単にはもとに戻らない通常の化学結合にはできない芸当である。本系では、上記のように、棒状分子からなる液晶中に円盤状分子を混合すると、円盤状分子が棒状分子と融合しながら超分子重合(分子が鎖状に接着)し、コア・シェルカラムナー構造を構築する。ここに紫外線を照射すると、棒状分子が屈曲し、コア・シェルカラムナー構造がばらばらに崩壊するが、紫外線照射をやめるとコア・シェルカラムナー構造が再構築する。一方、電場を加えると、電場が直流由来か交流由来かで、カラムが電場に平行あるいは垂直に並ぶ。電気信号/光信号の両方を用いると、このような個々の現象が組み合わさり、AND論理回路的応答を実現できる。超分子化学的相互作用を活用しなければこの動的応答性を実現することはできない。
 超分子化学的相互作用の典型例である「ただ混ぜるだけで起こる超分子重合」は、多くの可能性を秘めており、本研究のように共有結合でできた従来の高分子物質にはできない多様な機能を実現することができる。上記の例においても、円盤状分子と棒状分子の組み合わせを変えれば、別の刺激に応答する液晶素子を設計することができる。いわゆる「着せ替え」である。また、液晶中に限らず、生体内や水中などでも超分子重合を行うことができる。研究代表者の一人である相田卓三教授は超分子重合を推進する世界の主要メンバーの一人であり、超分子重合の概念を拡張し、アクアマテリアル、自己修復材料、ドラッグデリバリーなど、さまざまな展開を図っている。


【用語解説】

注1)超分子重合:
従来の重合反応では、原料となる小分子が共有結合(注5参照)と呼ばれる強く不可逆的な結合によって連結し、鎖を形成する。一旦できた鎖は簡単には切断できない。一方、超分子重合では、弱い引力相互作用(非共有結合:注6参照)により原料となる小分子が互いに「接着」することで鎖が生成する。生成した鎖は容易に切断、再構築できる。

注2)SPring-8:
世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設。SPring-8という施設名はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。本研究における主な構造解析がここで行われた。

注3)ナノスケール:
数 nm(ナノメートル)〜数百nm程度の大きさ。1 nmは1,000,000,000分の1 m(メートル)。水や酸素などの小分子(0.1〜1 nm程度)よりも大きく、細胞(1,000 nm以上)よりも小さい領域。

注4)AND論理回路:
論理回路とは、複数の入力信号に対して一定の規則で信号を出力する回路のこと。特にAND論理回路は、全信号を入力したときのみ出力信号が初期状態から変化する回路を指す。

注5)共有結合:
原子同士を結びつける強く不可逆的な結合。分子の骨格を形成する。

注6)非共有結合:
共有結合よりも弱い引力的な相互作用の総称。複数の分子同士を可逆的に接着させることができる。


図1

図1:「超分子重合」戦略による、電気信号と光信号に演算的に応答する機能性液晶素子。



問い合わせ先:
東京大学大学院工学系研究科 化学生命工学専攻
講師 伊藤 喜光(いとう よしみつ)
 TEL:03-5841-8801
 E-mail:itohatmacro.t.u-tokyo.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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