青山学院大学と静岡大学がレアアースの直線偏光発光の仕組みを膜型ソフトクリスタルにより解明(プレスリリース)
- 公開日
- 2019年02月01日
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
2019年2月1日
青山学院大学
国立大学法人 静岡大学
国立大学法人 九州大学
学校法人 桐蔭横浜大学
システム・インスツルメンツ株式会社
公益財団法人 高輝度光科学研究センター
発表のポイント:
◆湿式法で有機分子の柔らかい分子薄膜を層状に累積させ、その層間にレアアースの1原子厚膜を整然と配列させた。
◆放射光x線回折と光導波路偏光吸収スペクトルから、巨視的および微視的な構造を明らかにした。
◆レアアースの直線偏光発光が巨視的構造特異性により発現し、有機分子の遷移モーメントとレアアースの微視的配置特性がその偏光発現方向に支配的であることを証明した。
青山学院大学長谷川美貴教授(兼青山学院大学未来材料化学デザイン研究所所長)、静岡大学山中正道准教授、JST石井あゆみ さきがけ研究員、高輝度光科学研究センター(JASRI)河口彰吾研究員、九州大学先導物質化学研究所五島健太助教、システム・インスツルメンツ株式会社高橋浩三博士は、高い規則性を有する1分子厚のソフトクリスタルを湿式法で積層していく方法を用い、レアアースの直線偏光発光性が有機分子層の光励起による遷移モーメントにより促されることを発見しました。この成果は、英国王立化学会ならびに仏国化学会が発行する「New Journal of Chemistry」に2018年12月18日から掲載されています。 発表雑誌: |
発表概要:
レアアース(注1)の直線偏光発光を促すための5つの条件を満たす分子性超薄膜を開発した。すなわち、(1)強い遷移モーメントを有すること、(2)レアアースにエネルギー移動させるπ電子系有機分子が平面であること、(3)この有機分子がレアアースと直接結合すること、(4)この有機分子が石けんの性質(両親媒性)を持つこと、(5)この有機分子の発光が青色領域であること、の条件を実現し、特にユウロピウムの赤色発光(主に616 nm付近)に偏光特性を発現させた。
湿式法でユウロピウムを含む分子膜を5層積層し、紫外線下で目視できるほどの輝度を有するユウロピウムの赤色発光を促す系を構築した。この薄膜は大型放射光施設SPring-8(注2)の粉末結晶構造解析ビームライン(BL02B2)の放射光X線回折によって累積された膜間距離を明らかにし、更に光導波路分光法による偏光吸収スペクトルにより配位子の芳香環に局在化した遷移モーメントを決定した。これにより、直線偏光発光は水面で薄膜にする際の加圧の程度で変化し、これは積層の変化だけでなく膜の崩壊限界にも関わることを見出した。本系では、表面圧30-35 mN/m程度が偏光発光を示す薄膜形成に適している。
ユウロピウムの代わりにガドリニウムを用いた薄膜から有機分子に局在化した偏光発光を観測した。また、偏光子を取り付けた光導波路分光スペクトルにより、膜内での有機分子は傾いて配向しながら配列している。本来f軌道の電子雲に異方性を持たないレアアースが膜内で結合することでこの有機分子の配向に従い遷移モーメントが移し取られ、レアアースからの発光に偏光がもたらされることを証明した。
発表内容:
■研究の背景
ほとんどの光は四方八方に向けて発せられるのに対し、今回得られた成果の注目すべき発光は偏光を伴っている。偏光とは進む方向が限定された光のことである。帯状に光が進んでいく直線偏光と円を描きながら光が進んでいく円偏光に大別され、後者は分子自身に光学活性を持たせることが常套手段とされており、これは有機分子のみの場合も、レアアース錯体の場合も同様の分子設計で発現できる。これに対し、直線偏光発現は、レアアース錯体(注3)の場合には発現させるための原理がまだよくわかっていなかった。
今回、有機分子に紫外線を照射し、そのエネルギーをユウロピウム(Eu)を介して赤色に変換できる、いわゆる光アンテナ効果(注4)を導入した分子を土台に用いている。Euは1個の金属イオンであるため、その発光に偏光を発現させるためには、励起させる光に偏光を持たせる必要があり、アンテナとして機能する有機配位子がその役割を担う必要があるといわれていた。ここでは、レアアース錯体の直線偏光発光を発現させるために、膜化できる有機配位子を新たに開発し、更に原理を実験的に証明した点に新規性がある。
■研究内容
レアアース錯体は、水と大気の界面で膜化できる石けん分子(両親媒性分子)が、光アンテナとしても機能する芳香族性と配位能力を持ち合わせた新たな配位子により合成した。この配位子の骨格には、ナフトエ酸を用い、疎水基には炭素数が15個のアルキル鎖を結合させた(NaphC15;図1)。この配位子はナフトエ酸部分が隣接する分子と相互作用しやすく、レアアース錯体にしても粉末では光らない。しかし、適度な濃度比で別の石けん分子(ステアリン酸)と混合させ、更に単分子の膜を石英の基板上に積み上げると、強く光るようになる(図2)。すなわち、水面上での薄膜のソフトネスが累積に重要であり、この2次元結晶はいわゆるソフトクリスタルに位置付けられる。偏光子を設置した分光器を用いて偏光発光を測定したところ、偏光子の向きを変化させるとドラスティックに発光の強度が変化した。すなわち、この分子の薄膜はいわゆる、偏光発光を示す材料である。
膜の層構造は、大型放射光施設SPring-8のビームラインBL02B2に薄膜用アタッチメントを取り付けて面外方向のX線回折(XRD)測定により解析した。その結果、約50 Åの間隔でレアアースイオンの層と光アンテナの層が交互に積み重なっていることが分かった。光導波路分光測定装置に偏光子を取り付け、ナフトエ酸部分の偏光吸収スペクトルを測定したところ、配位子の面は、基板に対して垂直ではなく角度を伴って吸着していることが分かった。同様に、ガドリニウムを用いて配位子部分の偏光発光スペクトルを測定したところ、偏光子の角度に依存してその強度は変化し、NaphC15自身の発光も偏光していることを見出した。同じ装置を用いてそれぞれの粉末あるいは溶液の測定を行っても、偏光性は確認されない。
また、水と大気の界面で膜化する際、表面圧を高くすると偏光発光するレアアース錯体は得られない。また放射光X線を用いた面外XRDもブロードになることから、偏光発光を示す分子配列を形成するためには最適の表面圧が必要であることも分かった。
■社会的意義・今後の予定
光の色(波長)や強度(輝度)とならび、未来志向の材料設計に偏光を組み込むことは素材の多様性に大きく寄与する。偏光発光は、のぞき見防止フィルターや、セキュリティインクなど、実用に向けた可能性も期待される技術である。今後は、配位子の精緻な設計と合成により、偏光発光の向きを自在に操作できる仕組みを開発すべく研究を進める。
本研究は文部科学省科学研究費助成事業新学術領域研究「ソフトクリスタル:高秩序で柔軟な応答系の学理と光機能(領域番号2903)」課題番号17H06374、文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業さきがけ「光の極限制御・積極利用と新分野開拓」課題番号JPMJPR17P2)、泉科学技術振興財団、物質・デバイス領域共同研究拠点、青山学院大学SOKENプロジェクトならびに同大理工学部附置機器分析センターの支援により遂行されました。また、薄膜のX線回折測定は、大型放射光施設SPring-8(課題番号:2016A1333, 2016A1336, 2014B1316)を利用することにより行われました。
研究者の氏名・所属:
長谷川美貴: | 青山学院大学理工学部教授 青山学院大学未来材料化学デザイン研究所所長 |
石井あゆみ: | 青山学院大学助教(当時) JST さきがけ研究員 桐蔭横浜大学特任講師 |
吉原洸志: | 青山学院大学大学院理工学専攻博士前期課程 |
菅野修平: | 青山学院大学大学院 |
水島颯一: | 青山学院大学大学院 |
土屋垣内絢子: | 青山学院大学大学院 |
近藤一希: | 青山学院大学大学院 |
近藤崇弘: | 青山学院大学大学院 |
岩澤大地: | 青山学院大学大学院 |
古宮裕章: | 青山学院大学大学院 |
佐相輝: | 青山学院大学大学院 |
尾形周平: | 青山学院大学助手 |
山中正道: | 静岡大学学術院理学領域准教授 |
河口彰吾: | 高輝度光科学研究センター(JASRI)研究員 |
五島健太: | 九州大学先導物質化学研究所助教 |
高橋浩三: | システム・インスツルメンツ株式会社 光応用研究主任研究員 |
【用語解説】
注1)レアアース:
セリウムからルテチウムまでの15種類の元素の総称で、金属に分類される。永久磁石やハイブリッドカーの駆動力あるいは長残光発光体などに用いられている。
注2)大型放射光施設SPring-8:
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す施設で、利用者支援はJASRIが行っている。SPring-8という施設名はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
注3)錯体:
物質は無機物と有機物に大別され、錯体はそれらの双方を含む化合物のこと。無機物とも有機物とも異なる新たな機能を発現する。例えば、体内で酸素を運搬するヘモグロビンや、葉緑素に含まれるクロロフィルなどは、それぞれ鉄やマグネシウムを含む錯体である。
注4)光アンテナ効果:
レアアースだけでは発光が弱いので、駆動力となる紫外線を多く吸収できる有機分子を結合させ、レアアースの発光を強める仕組みのこと。
図1:新しく開発した有機配位子NaphC15と膜精製プロセスを経たEu-NaphC15分子膜の偏光発光発現
図2:(a)Eu-NaphC15分子膜の偏光発光と発光の様子。(2)放射光XRDによる回折ピークの比較。(c)膜形成時の表面圧の違いによるX線回折の全反射測定;表面圧は左が30 mN/m、右が40 mN/m。
問い合わせ先: (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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