固体冷媒を用いた新しい冷却技術の開発に期待 ~「柔粘性結晶」の圧力変化に伴う分子運動の変化が巨大な「熱量効果」をひきおこすことを解明~(プレスリリース)
- 公開日
- 2019年03月29日
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
- BL04B2(高エネルギーX線回折)
2019年3月29日
中国科学院金属研究所
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
J-PARCセンター
国立大学法人大阪大学
上海交通大学
フロリダ州立大学
公益財団法人高輝度光科学研究センター
オーストラリア原子力科学技術機構
国家同歩輻射研究中心
発表のポイント
・環境負荷が懸念される従来の蒸気圧縮式に代わる冷却技術として、「熱量効果」に基づく固体冷媒での冷却技術が期待されているが、優れた性能を持つ材料がないために、実用化が進んでいなかった。
・「柔粘性結晶」が比較的低い圧力で、従来の固体冷媒の10倍にも及ぶ発熱・吸熱を生じる巨大な「圧力熱量効果」を持つことを確認した。また、そのメカニズムを、J-PARCの中性子線やSPring-8のX線などを利用した解析により原子レベルで解明した。
・柔粘性結晶の巨大な圧力熱量効果のメカニズムが原子レベルで分かったことで、次世代の冷却技術への応用が期待される。
中国科学院のBing Liらの研究グループは、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉敏雄、以下「原子力機構」という。)のJ-PARC注1センターの川北至信 不規則系物質研究グループリーダーらと共同で、柔粘性結晶注2の中に巨大な圧力熱量効果を持つものがあり次世代の固体冷媒の候補と成り得ることを示すとともに、その機能発現のメカニズムを原子レベルで解明しました。 【論文情報】 |
図1 圧力熱量効果を用いた冷却方式の模式図
【背景】
食品貯蔵やエアコンなどに使われている冷却技術は、現代社会において非常に重要な技術です。今日では世界で生産される電力のうち、25~30%が冷却目的で使用されています。現在の冷却技術の主流は、気体冷媒の断熱膨張・断熱圧縮を利用した蒸気圧縮サイクルです。しかし、気体冷媒には、地球温暖化への影響など環境への負荷といった問題があります。そこで、気体冷媒の有望な代替品として、熱量効果に基づく固体冷媒による冷却技術が注目されています。固体冷媒は気体冷媒のような環境負荷が少なく、また蒸気圧縮サイクルのためのコンプレッサーなどが必要ないため、小型化、省電力化が期待できます。
熱量効果とは、電場や磁場などの外的要因により材料の原子レベルでの状態変化(相転移)によるエントロピー注7の変化が生じ、材料が吸熱したり発熱したりする現象です。つまり、エントロピーが減った場合、熱として放出され、エントロピーが増えた場合、熱が吸収されます。したがって、エントロピーの変化が大きければ大きいほど、熱量効果も大きくなり、より大きな冷却効果を得ることができます。
しかし、エントロピー変化の大きな、優れた性能を持つ熱量効果材料がないために、固体冷媒の実用化が進んでいないのが現状です。そのため、小さな外部入力で大きな熱量効果を生じる材料の探索が成功することが大変期待されています。
【研究の手法と成果】
研究グループは、柔粘性結晶に着目して研究に取り組みました。
柔粘性結晶は、液体と固体の中間の性質をもつ物質です。柔粘性結晶の中では、分子の重心位置は規則正しく並んでいますが、分子は重心位置を中心に自由に回転しています(図2a, b)。
図2 様々な生物由来のストマチン様蛋白質の構造
a:柔粘性結晶の概念図。結晶内で分子は規則正しく並ぶが、各々の位置で分子は重心を中心に自由に回転する。
b:NPGの結晶格子(低温相)。
図3 熱量化材料のエントロピー変化
[1] 結晶構造について解析したところ、NPG結晶が低温では単斜晶系で、高温になると面心立方格子に変化することが再確認されました。
[2] 250 K(-23℃)から350 K(77℃)までの様々な温度で中性子準弾性散乱を測定したところ、300 Kと320 Kの間で分子の自由回転運動が始まることが分かりました(図4)。
図4 NPGの中性子準弾性散乱の温度変化
250 K(-23℃)から350 K(77℃)までのいくつかの温度で測定したところ、300 Kまでは準弾性散乱が見られず、320 K以上で準弾性散乱観測された(=分子が自由回転している)。
図5 NPGの中性子非弾性散乱の温度変化(5 K、300 K、320 K)
囲みの外:5 Kでは、多数の特定のエネルギーのところにピークがある。このことは、これらの特定のエネルギーをもって原子振動していることを表している。320 Kではピークが無くなり、準弾性散乱のみになり、明瞭な原子振動が見られなくなったことが分かる。
図6 常圧と高圧でのNPGのX線回折
図7 NPGの常圧(0.1 MPa)と高圧(286 MPa)での中性子準弾性散乱スペクトル
(注)より正確には、メチル基の回転運動による準弾性散乱はどの温度でも見られている。
表1 温度と圧力、分子の運動とエントロピーの大きさの関係
図8 NPG分子の自由回転状態と振動状態
左側の「自由な回転状態」では、分子が激しく運動しており、右側の「振動状態」では分子の動きが制限されている。なお、各分子の動き方にかかわらず、結晶全体では分子がきちんと整列していることが、柔粘性結晶の特徴である。
【今後の期待】
圧力熱量効果のメカニズムを原子レベルで解明したことで、より優れた性能を持つ圧力熱量効果材料の探索や設計など、次世代の冷却技術への応用が進むと期待されます。
用語説明
注1 J-PARC:
大強度陽子加速器施設(Japan Proton Accelerator Research Complex)。茨城県東海村で高エネルギー加速器研究機構と原子力機構が共同で運営している先端大型研究施設。その中にある物質・生命科学実験施設(MLF)では、世界最高クラスの強度の中性子およびミュオンビームを利用して、素粒子・原子核物理学、物質・生命科学などの基礎研究から産業分野への応用研究まで広範囲にわたる分野での研究が行われている。
注2 柔粘性結晶:
分子の配向と位置が、液体と固体の中間の性質をもつ物質。分子の重心位置は規則正しく並ぶが、各々の位置で分子の配向がそろっていない。
注3 圧力熱量効果:
熱量効果とは、例えば磁性体が磁場により強磁性体から常磁性体へ相転移したり、誘電体が電場により強誘電体から常誘電体へ相転移するなど、外的要因により材料が発熱や吸熱をする現象。圧力熱量効果とは、そうした吸熱や発熱を伴う相転移が圧力によって誘発される現象をいう。
注4 大型放射光施設SPring-8:
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
注5 中性子準弾性散乱:
中性子が物質中の原子によって散乱されるとき、原子の拡散運動(回転運動を含む)により、散乱中性子の速さが少しだけ入射中性子よりも速くなったり遅くなったりする(入射中性子を波として考えた場合に、いわゆるドップラー効果に相当する)。このとき散乱中性子はエネルギー(E)=0の弾性散乱を中心としてエネルギー方向に裾野をもつスペクトルを示し、これを準弾性散乱という。この準弾性散乱のエネルギー幅は、自由拡散でかつ自己拡散の場合には、散乱ベクトルの大きさQ[Å-1]の2乗に比例し、その比例係数が拡散係数になる。回転拡散など空間が制限されている場合は、空間スケールに応じたQ依存性を示すため、物質に内在されている運動の種類を特定できる。
注6 中性子非弾性散乱:
中性子が物質中の原子によって散乱されるとき、物質中の原子の固有振動に応じて、決まった量のエネルギーを物質に奪われて振動を励起したり、逆に物質から振動のエネルギーを吸収する。振動のモードに固有のエネルギーを中性子と物質の間でやり取りするため、特定のエネルギー移動量(図4、図5、図7のエネルギー軸に対応)に高い散乱強度を持つスペクトルが得られる。これが中性子非弾性散乱である。
注7 エントロピー:
系のミクロレベルでの「乱雑さ」を表す物理量。本研究の場合、分子が「自由に回転する状態(自由回転状態)」は原子が様々な状態をとれる(=より乱雑な状態である)ことからエントロピーが大きい状態であり、「格子に固定された分子や原子が特定の方向の振動のみをしている状態(振動状態)」は、原子がとれる状態の数が限られる(=乱雑さが小さい)のでエントロピーが小さい状態である。
注8 散乱ベクトルの大きさ:
中性子線が物質によって散乱された「方向」に関する量。物質の空間情報を表すパラメータとなっている。
お問い合わせ先: (報道担当) (SPring-8 / SACLAに関すること) |