大型放射光施設 SPring-8

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次世代構造材料として期待されるミノムシの糸の強さの秘密を構造科学的に解明

公開日
2019年04月15日
  • BL40B2(構造生物学II)

2019年4月2日
農研機構
豊田工業大学

 農研機構は、ミノムシの糸が、弾性率*1破断強度*2タフネス*3の全てにおいて従来のカイコや野蚕、クモの糸を上回ることを見出し、さらに、産業利用可能なかたちで長繊維を採糸する技術を発明するなど、民間企業と共に、持続可能社会実現に向けた強いシルクの実用化研究に取り組んできました。今回、農研機構生物機能利用研究部門の亀田恒徳ユニット長、吉岡太陽研究員らと豊田工業大学 田代孝二特任教授の共同研究チームは、ミノムシの糸の強さの秘密、すなわち力学特性の発現要因を、構造科学的に解明しました。共同研究チームが明らかにした最大のポイントは、ミノムシの糸の強さは、糸を引っ張った際に掛かる応力が結晶に均一に分布する理想的な秩序性階層構造に起因すること、そして、その秩序性階層構造がタンパク質のアミノ酸配列に由来することを明らかにしたことにあります。
 本研究で得られた知見は、ミノムシの糸の強さに科学的裏付けを与えるとともに、構造材料分野におけるミノムシ糸の実用化を大きく加速させるものです。さらには、現在世界中で競われている強い人工合成シルクの開発における理想的なタンパク分子設計の指標になるものと期待されます。  本研究成果は、国際科学誌「Nature Communications」(2019年4月1日発行)にオンライン公開されました。

【論文情報】
論文名: A study of the extraordinarily strong and tough silk produced by bagworms
著者: Taiyo YOSHIOKA1, Takuya Tsubota1, Kohji TASHIRO2, Akiya JOURAKU1, Tsunenori KAMEDA1
所属: 1農研機構 生物機能利用研究部門, 2豊田工業大学
掲載雑誌:Nature Communications (2019) 10: 1469.
DOI: 10.1038/s41467-019-09350-3.

【研究の背景】
 持続可能社会の実現に向け、天然材料の有効利用が益々重要となるなか、強さと伸びを兼ね備えた高タフネス性を有するカイコやクモの糸「シルク」が次世代構造材料として期待されています。農研機構は、新たなシルクとしてミノムシの糸に着目し、弾性率、破断強度、タフネスの全てで従来のシルクを上回ることを見出すとともに、採糸方法についても確立し、民間企業と共同で実用化に取り組んできました。一方で、ミノムシの糸が他のシルクに比べなぜ顕著に強くタフなのか?については明らかにされておらず、実用化を加速させるうえで、強さの科学的裏付けが求められていました。共同研究チームは、放射光施設SPring-8を利用した放射光X線散乱実験により、1)ミノムシの糸の階層構造の解析、および 2)階層構造と力学特性との因果関係の解明に挑戦し、ミノムシの糸の力学特性の発現機構を明らかにしました。

【研究の内容】
1)ミノムシの糸の階層構造の解明

 ミノムシの糸を構成するタンパク質の1次構造(アミノ酸配列)*42次構造(コンホメーション)*5、さらに高次構造*6である結晶構造や、結晶と非晶の凝集状態に至る幅広い構造を包括的に解析し、ミノムシの糸の階層構造*7を解明しました(図1)。ミノムシの糸は、他のシルクに比べ圧倒的に高い秩序性を有する階層構造から成ることが分かりました。

図1 ミノムシの糸の秩序性階層構造

図1 ミノムシの糸の秩序性階層構造

2)ミノムシの糸の階層構造と力学特性との因果関係の解明
 ミノムシの糸を引張り、糸が切れるまでの間に生じる階層構造の変化を、広角小角同時・時分割X線散乱測定により調べました(図2)。延伸により刻一刻と変化する構造の変化をリアルタイムで追跡するため、測定には、世界最高レベルの強度と平行性を兼ね備えたSPring-8の高輝度X線の利用が不可欠でした。実験の結果、高い秩序性階層構造より予測されたとおり、糸に加わった応力は、糸の強さを担う結晶に均一に分布していることが確認されました(図3)。さらに、糸が伸ばされる過程においてもその高い秩序性は崩れず、糸が切れるまで結晶への均一な応力分布が保持されることが分かりました。ミノムシの糸がカイコやクモの糸に比べ高い力学特性を示す秘密は、応力を均一に分布・伝搬させ、かつ、引っ張っても秩序性が保持される理想的な秩序性階層構造に起因することを明らかにしました。

図2

図2 ミノムシの糸を引っ張った際に生じる構造変化を追跡するために実施した、広角小角同時・時分割X線散乱測定の様子(SPring-8、BL40B2


図3

図3 延伸過程で生じる構造変化の追跡から明らかとなったミノムシの糸の均一性の高い応力分布とその高い保持力


【本研究成果が社会に与える影響】
 ミノムシ糸の強さの秘密が明らかにされたことで、ミノムシの糸の産業利用への注目が一層高まると期待されます。また、今回の成果は、(例えば、タンパク質合成や発酵、遺伝子組換え生物などによる生産により)強いシルクを人工的に作る場合の設計指標となり、今後の目指すべき繊維の指針として活用されることが期待されます。さらに、昆虫が作る未知・未利用の糸を自然界から探索する研究にも役立ち、「生物機能を活用したモノづくり」による持続可能な成長社会の実現に貢献します。

【SPring-8利用研究課題】
 本研究成果における高次構造関連の知見はSPring-8(BL40B2)の利用によって得られたもので、太田昇博士の協力の下、一般課題(2015B1184、2016A1440 代表者: 吉岡太陽)として実施したものです。


【用語説明】

*1 弾性率
繊維の変形のしにくさを表す物性値。応力-ひずみ曲線の初期勾配の傾き(応力/ひずみ)で与えられ、バネ定数に相当します。値が高いほど硬いことを示します。

*2 破断強度
繊維を破断させるために必要な引張り荷重または力を原断面積で除した値(応力)のこと。値が高い程、強いことを示します。

*3 タフネス
応力ひずみ曲線の積分値で与えられ、繊維が破断するまでに吸収するエネルギーに相当します。丈夫さの指標として用いられ、値が高いほど粘り強く丈夫であることを示します

*4 1次構造(アミノ酸配列)
全てのシルクタンパク質は、最大20種類の異なるアミノ酸の組み合わせから作られており、その配列を1次構造あるいはアミノ酸配列と呼びます。配列は虫の種類毎に遺伝子で決まっており、近年、カイコシルクをはじめ、様々なクモや野蚕シルクのアミノ酸配列が解明され始めています。

*5 2次構造(コンホメーション)
一本のシルクタンパク質は、一本の紐に例えられます。紐が真っ直ぐであるのか、無秩序に絡まっているのか、螺旋を巻いているのか、あるいは一部のみ絡まっているのか、紐の取り得る状態(形状、コンホメーション)は無限であり、このコンホメーションを2次構造と呼びます。タンパク質が紐と異なる点は、取り得るコンホメーションがアミノ酸配列によって大きく制御される点にあります。

*6 高次構造(結晶構造やその凝集状態)
タンパク質1本の組成や形状に関する1次構造や2次構造に対し、複数本のタンパク質が集合して造る構造を高次構造と呼びます。具体的には、結晶構造(3次構造と呼ばれることもある)や、結晶同士あるいは結晶と非晶のつくる凝集状態を指します。

*7 階層構造 
ミノムシの糸は、1次構造(アミノ酸配列)から、2次、3次構造・・・へと、次第に、立体的に複雑に組み合わされた構造(階層構造)を有しています。



【本研究内容に関するお問合せ先】
◇ 農研機構 生物機能利用部門:亀田恒徳 ユニット長、吉岡太陽 研究員
 Tel: 029-838-6213 (or 6172)
 E-mail: kamedatataffrc.go.jp, yoshiokat@affrc.go.jp

◇ 豊田工業大学:田代孝二 特任教授
 Tel: 052-809-1790
 E-mail: ktashiroattoyota-ti.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp