高輝度放射光(SPring-8)を用いて STT-MRAM用極薄MgOトンネル障壁膜の 化学結合状態の微視的変化の観測に初めて成功 ~原子拡散挙動を決定する化学結合状態の 微視的観測により高性能STT-MRAMの開発を加速〜(プレスリリース)
- 公開日
- 2019年06月27日
- BL47XU(光電子分光・マイクロCT)
2019年6月27日
東北大学国際集積エレクトロニクス研究開発センター
高輝度光科学研究センター
指定国立大学法人東北大学国際集積エレクトロニクス研究開発センター(以下、CIESと略称)の遠藤哲郎センター長(※)のグループと公益財団法人高輝度光科学研究センター(理事長 雨宮 慶幸:兵庫県佐用郡佐用町光都1丁目1番1号)は、共同で、CIESコンソーシアム産学共同研究プロジェクト「不揮発性ワーキングメモリを目指したSTT-MRAMとその製造技術の研究開発」プログラム及び科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(研究代表者:遠藤哲郎)において、低消費電力性能と高性能を兼ね備えた磁気ランダムアクセスメモリ(STT-MRAM)の性能を決めるCoFeB/MgO磁気トンネル接合内のMgOの微視的な化学結合状態の変化を角度分解硬X線光電子分光法(AR-HAXPES)により解明することに成功しました。 |
【背景】
最近のシリコンベースのメモリにおいては、トランジスタの微細化に伴い消費電力が増大し、高密度化が阻害されるという問題が深刻になっています。この問題を解決する有力な手段として、電源を切断しても記憶を維持できる不揮発メモリの導入があります。この不揮発性メモリは、記憶の保持に電力を必要としないため、メモリを含むシステムの大幅な低消費電力化が可能となります。この実現に向けて世界中の大学、研究所、企業などの各機関において、研究開発が活発に行われ、最近になり量産が始まりました。
そのような新規不揮発メモリ開発の中で、CIES遠藤哲郎センター長のグループでは、世界最高水準の磁気トンネル接合素子(MTJ)の開発と共に、それを用いた「磁気ランダムアクセスメモリ(STT-MRAM(※1))」の開発に取り組んでいます。
MTJは、他の種類の不揮発性素子に比べ、高速データ書き換え、低電圧動作、高書き換え耐性という特長を持ちます。このため、同素子を用いたSTT-MRAMは、従来のSRAMや混載フラッシュメモリ等の領域への応用に向け最も有望な不揮発メモリです。
MRAMの更なる微細化や高性能化のためには、基本素子を構成する材料の化学結合状態の精密な把握とそれに基づく確かな材料プロセス設計技術の確立が望まれていました。
【研究課題】
STT-MRAMの性能を決めるのに重要な役割を果たすのが、STT-MRAM中のメモリ素子として用いられるMTJの絶縁障壁膜である極薄の酸化マグネシウム(MgO)です。酸化マグネシウムを高品質化することにより、メモリの動作速度の向上、情報保持時間の増加を実現できます。
STT-MRAMは既に量産が開始されましたが、今後、更に高性能化・大容量化していくためには、極薄MgO膜の品質を向上していくことが不可欠となります。しかしながら、従来の市販の光電子分光法では、MgO最表面における化学結合状態(※2)を測定できても、デバイス内部の深い界面の情報を得ることは困難でした。また、別の化学結合状態を観察する手法として電子エネルギー損失分光法を用いる場合には、試料を破壊して断面観察をする必要があり、破壊検査による界面歪の緩和で化学結合状態が変化し、デバイスが動作するときと同じ状態での界面状態を観ることは出来ませんでした。つまり、従来の手法では、デバイス状態を決定づける化学結合状態を直接的に観察する手法がありませんでした。
【研究経緯】
CIES遠藤哲郎センター長のグループは、これまで公益財団法人高輝度光科学研究センターと共同で、STT-MRAMに係る高度な評価・分析技術に関して、予てより様々な角度から取り組みを進めてまいりました。
この度、大型放射光施設SPring-8(※3)のBL47XUにおいて、角度分解硬X線光電子分光法(AR-HAXPES)(※4)を用いて、量産されているSTT-MRAMにも用いられているCoFeB/MgO磁気トンネル接合素子(MTJ)の極薄MgO膜の微視的な状態を解明することに成功しました。
【研究手法と成果】
硬X線光電子分光法により指向性の高い強力な光を用いて測定することで従来の光電子分光法で拾うことができなかった深い界面の生の情報を高分解で検出できるため、熱処理などのプロセス処理で極微量に変化する結合状態を観察できるようになりました。また当技術により、微妙な化学状態の変化がデバイス特性にどう影響するのかを見出すことができました。
手法として初めに、東北大学CIES内のクリーンルームに設置されている産業界と互換性がある300 mmウェハプロセス装置を用いて、図1に示す極薄のMgO膜(0.8 nm)をCoFeB膜で挟んだ構造を作製しました。ここで、MgO作製プロセスによりMgOの微視的状態が変化するかを明らかにするために、極薄のMgO膜の作製プロセスを変えた2種類の構造を用意しました。図2は、SPring-8にて測定した角度分解硬X線光電子分光法を用いて評価したMgO膜の微視的な化学結合状態がMgO膜の膜厚方向でどのように変化しているかを示しています。横軸は、微視的状態に対応する化学結合エネルギーで、縦軸は上部のCoFeB/MgO膜界面からの距離を示しています。いずれのプロセスを用いた場合でも、界面からの距離に依存して、微視的な結合状態が変化していることが分かります。
この結果は、これまで膜厚方向に均質であると考えられていたMgO膜の微視的な結合状態が、実は、界面からの距離に依存して変化しているということを表す結果です。またMgOの作製プロセスを変えた場合でも同様に微視的な結合状態が変化していることが分かります。つまり、MgO膜の微視的な結合状態は、作製プロセスにより制御できるということを意味しています。以上の結果から、本研究では、これまで解明されていなかった極薄のMgO膜の微視的な化学結合状態の変化を捉える手法を確立し、産業界と互換性がある最先端プロセス装置で作製した極薄のMgO膜の微視的化学結合状態の膜厚方向に対する変化を捉え、今まで不明であった磁気特性と化学結合状態との関連性を解明しました。この知見はその微視的な化学結合状態が作製プロセスにより制御できること意味しています。
【研究成果の意義】
本評価技術によりMTJ中の微視的な化学結合状態の変化を捉えることで、構成元素がどのように拡散し、磁気特性に影響するかを明らかにできるようになりました。これにより、大容量メモリの事業化において最も大事なテイルビット管理に対しても材料プロセスに係る理解が促進されることで、製品技術向上に大きく貢献できることが期待されます。今後は、本成果を活用して、更にMgO膜の高品質化に取り組み、産業界に資すると共に、作製プロセスとMgO膜の品質に関して明らかにすることで学術界にも貢献して参ります。また、SLiT-J(※5)が建設された暁には、産業界と一緒に同施設を積極的に活用し、これまで明らかにされてこなかったMTJに用いられる各種材料の微視的な状態や構造を解明し、学術界・産業界の両方に貢献して参ります。
図1 本研究で使用したCoFeB/MgO/CoFeB積層膜。極薄MgO膜については、2種類の条件で作製した。
図2 MgO膜の微視的状態を表す指数の深さ方向依存性。界面からの距離に依存して、微視的状態が変化している。
【用語説明】
※1: STT-MRAMはSpin Transfer Torque - Magnetic Random Access Memoryの略で、スピン移行トルクと呼ばれる物理現象を利用した磁気ランダムアクセスメモリ。大手半導体メーカーより既に量産が開始されており、今後更に発展が期待されている。
※2: 物質を構成する元素(この場合、MgとO)を結びつけているエネルギー(化学結合エネルギー)の状態
※3: 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出すことができる理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。今回の実験は、共用ビームラインBL47XUの硬X線光電子分光測定を用いた結果である。
※4: Angle Resolved-Hard X-ray photoelectron spectroscopyの略で、角度分解硬X線光電子分光のこと。市販のXPS装置では3 nm程度の極表面の評価に限られるが、高輝度放射光を用いたHAXPESは、深さ約20 nmまでの内部の電子状態を明確に測定でき、多層構造や実デバイスに近いスタック構造の埋もれた界面の評価が可能である。
※5: SLiT-Jは、学術・産業界からの強い要望を受けて現在、東北大学の青葉山新キャンパスに建設されている軟X線向け高輝度3 GeV級放射光源を用いた実験施設で、重要な元素の振る舞いをナノレベルで見ることができる建設予定建物。
【問い合わせ先】 (SPring-8 / SACLAについて) (その他の事項について) |
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