放射光でセラミックス内部の欠陥観察に成功 ―部材の信頼性向上、プロセス・設計・技術体系を革新―(プレスリリース)
- 公開日
- 2019年08月23日
- BL20XU(医学・イメージングII)
2019年8月23日
東京工業大学
高輝度光科学研究センター
長岡技術科学大学
【要点】
• SPring-8でセラミックス内部にある微小欠陥の分布と3次元形状を観察
• 製造プロセスにおける欠陥形成機構を解明、高信頼性部材の製造が可能に
• 欠陥分布計測により局所領域の強度を予測し、強度の空間分布を把握
東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の大熊学特任助教、西山宣正特任准教授、若井史博教授の研究グループは高輝度光科学研究センター、長岡技術科学大学と共同で、大型放射光施設SPring-8(用語1)の放射光マルチスケールX線CT(用語2)を用いて、セラミックスの内部に存在する亀裂状欠陥の3次元構造を高解像度で観察することに成功した(図1、2)。 論文情報 |
図1. アルミナ・セラミックスの内部欠陥の3次元マイクロCT像。粗大球状気孔(I型)、分岐した亀裂状欠陥(II型)、円形亀裂状欠陥(III型)の3種類の欠陥に分類できる。アルキメデス法で測定した相対密度は98%で、内部欠陥の体積分率は約1.1%。
図2. アルミナ・セラミックスの内部欠陥のナノCT像。(a) II型、(b) III型。
研究の背景
セラミックスはエレクトロニクス、エネルギー、医療、環境、モビリティなど現代の多様な分野への応用に不可欠な先端材料である。セラミックス分野は部材産業であり、成形した粉体を加熱して複雑形状部品を製造する焼結はその根幹となる技術である。ところが、セラミックスは脆いという性質があり、小さな表面傷や内部欠陥から破壊する。
破壊源となる内部欠陥は粉体成形と焼結プロセスで生じる。すなわち、セラミック部材の強度・信頼性は製造プロセスに依存する。プロセスに起因した内部欠陥の寸法、形状、分布を計測することは、より良い製造プロセス技術を開発し、セラミックスの強度信頼性を保証するうえで不可欠である。
X線CTは、マイクロスケールからナノスケールで焼結中の微構造形成を観察するための強力なツールである。近年、高輝度光科学研究センター主幹研究員の竹内晃久氏らはマルチスケールCTを開発した。これは広視野で低分解能のマイクロCTと狭視野で高分解能のナノCTから構成される。
マルチスケールCTは、亀裂のように長さ数10マイクロメートル(µm)程度であるが、 厚みが1 µm以下と極めて小さい欠陥を観察するのに適している。ひとつの試料全体の中の欠陥分布をマイクロCTで観察して欠陥位置を特定する。さらに、ナノCTを用いて特定の位置の欠陥形状を非破壊的に詳細に観察することができる。
セラミックスの成形には乾式プレスがよく使われる。アルミナ(Al2O3)など超微粒子原料は取り扱いが難しく、成形型に充填しにくいので、さらさらと流れるように流動性の良い顆粒にして成形型に充填した後、一軸プレス加圧し、相対密度を上げた成形体を得る。顆粒は球形あるいは「窪み」を持つ形をしており、内部に空隙(くうげき)がある場合も多い(図3)。
この場合、成形体は図4に示す階層構造をもつ。このため、顆粒内部や顆粒間に沿って亀裂状欠陥が形成され、焼結後も残留する。しかし、従来のX線CT技術では空間分解能よりも亀裂の厚みの方が小さいため亀裂状欠陥を検出できなかった。また、光学的な計測技術や走査型電子顕微鏡に基づく計測技術では、広範囲かつ鮮明に欠陥の3次元形状を観察することはできなかった。
図3. アルミナの顆粒の電子顕微鏡像。大きな顆粒には「窪み」がある。
図4. 内部欠陥と粉末充填階層構造の関係を示した模式図。Type Iは顆粒内部に存在する丸い気孔、Type IIは顆粒間の境界、Type IIIは中空顆粒内部の空隙から形成される。
研究成果
研究グループは、放射光マルチスケールCT技術を用いて、アルミナ・セラミックスの複雑な3次元欠陥形成過程を大型放射光施設SPring-8のBL20XUにて観察した。図5に示すように緻密(ちみつ)なアルミナ(相対密度98%)試料の任意断面を非破壊的に観察でき、様々な形状の欠陥が存在することがわかる。マイクロCTで見た内部欠陥の3次元構造を図1に示す。これらの欠陥は、直径10 µm程度の丸い欠陥(I型)、分岐した亀裂状欠陥(II型)、加圧方向に垂直に配向した円形亀裂状欠陥(III型)の3タイプに分類できた。
II型とIII型の欠陥をナノCTで詳細に観察した例を図2に示した。これらI型、II型、III型の欠陥は、初期焼結段階(相対密度68%)ですでに形成されていた。マルチスケールCT観察をもとに内部欠陥の起源を模式図にまとめたものが図4である。粗大な丸い気孔(I型)はランダムに分散していることから、これは顆粒内部に存在する丸い気孔から生じたものと考えられる。
分岐した亀裂状欠陥(II型)は顆粒間の境界から形成される。円形の亀裂状欠陥(III型)は中空顆粒内部の空隙、あるいは、「窪み」から形成される。さらに、焼結段階で大きな亀裂状欠陥が収縮・消失せず、むしろ、わずかに成長する傾向のあることを見出し、その原因が、成形体組織の不均一性による焼結中の速度差であることを示した。以上により、成形過程で欠陥ができないような粉体プロセスを開発することが、複雑形状部材の信頼性向上には最も重要であることがわかった。
さらに、製品の強度信頼性を予測する上で不可欠な情報、つまり、欠陥の寸法と形状、 配向、分布が取得できた。I型、II型、III型の欠陥の種類に応じて、破壊強度を推定できた。
本研究の一部は、東京工業大学が展開しているWorld Research Hub Initiative (WRHI)によって行われた。WRHIは「世界の研究ハブ」を目指す組織として、世界トップレベルの研究者を招へいし、国際共同研究の加速と分野を超えた交流を実施している。
図5. アルミナ円柱試料断面のマイクロCT像。図中矢印の軸方向が粉末の一軸加圧方向。
今後の展開
放射光マルチスケールCT技術により、製造プロセスにおける内部欠陥形成の仕組みを解明できる。これから得られた知識は粉体成形で生じる内部欠陥を制御し、セラミックス部材の信頼性を高めるプロセス技術を開発することに役立つ。もちろん、この技術はアルミナだけでなく、多くのセラミックスに適用できる。例えば、低温同時焼成セラミックス(LTCC)、固体酸化物形燃料電池(SOFC)、全固体電池といった積層材料の焼結プロセス開発に展開できる。
また、放射光X線マルチスケールCTはセラミックスの信頼性工学の技術体系に革新をもたらす。セラミックス材料の平均強度とワイブル係数(用語3)を測定するには、多数の曲げ試験を行う必要があり、多大な時間とコストを要する。セラミック部品の破壊予測では、実使用環境での応力、熱応力分布を有限要素法シミュレーションで求め、平均強度とワイブル係数から破壊確率を計算する。
しかし、複雑形状部品では、部品の角部などで成形体密度の不均一が生じ、残留欠陥の大きさ、形状、方向、数は場所によって異なる。このような空間的な強度分布を曲げ試験で調べるのは困難である。放射光X線マルチスケールCTにより場所による欠陥分布を解析すれば、局所的強度の推定も可能となる。
用語説明
[1] 大型放射光施設SPring-8:
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
[2] X線CT:
対象物内をX線が透過する際の「透過しやすさ」「吸収されやすさ」の違いを利用して、物体の内部構造を非破壊的に調べるための技術。
[3] ワイブル係数:
物体の脆性破壊に対する強度を統計的に記述するための形状パラメータ。
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