軟X線レーザーナノ集光システムを開発 -2種類の集光ミラーを組み合わせたハイブリッド型-(プレスリリース)
- 公開日
- 2019年10月02日
- SACLA BL1
2019年10月2日
理化学研究所
東京大学大学院理学系研究科
東京大学大学院工学系研究科
高輝度光科学研究センター
理化学研究所(理研)放射光科学研究センタービームライン開発チームの本山央人客員研究員(東京大学大学院理学系研究科 特任助教)、ビームライン研究開発グループの矢橋牧名グループディレクター、東京大学大学院工学系研究科の三村秀和准教授、高輝度光科学研究センターの大和田成起研究員、大橋治彦主席研究員らの共同研究グループ※は、軟X線自由電子レーザー(軟X線FEL)[1]を高効率でナノ領域に集光可能なシステムを新たに開発しました。 論文情報 |
図 軟X線自由電子レーザー集光の模式図と集光点における強度プロファイル計測結果
※共同研究グループ
理化学研究所 放射光科学研究センター XFEL研究開発部門 | ||||
ビームライン研究開発グループ ビームライン開発チーム | ||||
客員研究員 | 本山 央人 | (もとやま ひろと) | ||
(東京大学大学院理学系研究科 特任助教) | ||||
ビームライン研究開発グループ | ||||
グループディレクター | 矢橋 牧名 | (やばし まきな) | ||
東京大学大学院 工学系研究科 | ||||
准教授 | 三村 秀和 | (みむら ひでかず) | ||
博士課程(研究当時) | 久米 健大 | (くめ たけひろ) | ||
博士課程 | 江川 悟 | (えがわ さとる) | ||
博士課程 | 山口 豪太 | (やまぐち ごうた) | ||
高輝度光科学研究センター | ||||
研究員 | 大和田 成起 | (おおわだ しげき) | ||
主幹研究員 | 小山 貴久 | (こやま たかひさ) | ||
主幹研究員 | 犬伏 雄一 | (いぬぶし ゆういち) | ||
主幹研究員 | 登野 健介 | (との けんすけ) | ||
主幹研究員 | 大橋 治彦 | (おおはし はるひこ) |
※研究支援
本研究は、SACLA大学院生研究支援プログラムによる支援を受けて行われました。
背景
波長が1~30ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)程度の光は軟X線と呼ばれ、試料の電子状態や磁性分布、化学組成などの分析に広く用いられています。そのため軟X線分析技術は極めて重要であり、その高度化のために光源の高品質化や軟X線光学素子の開発が行われてきました。
軟X線はさまざまな方法で発生させることができますが、なかでもX線自由電子レーザー(XFEL)により発振される軟X線は、高強度かつフェムト秒パルス(フェムト秒は1,000兆分の1秒)という光特性を備えています。この軟X線FELを集光することにより、単位時間・単位面積あたりの光エネルギーを激増させ、他の光源では実現不可能なほど高強度な軟X線光電場を形成することが可能です。軟X線領域ではミラーによる集光が主流であり、数マイクロメートル(µm、1µmは100万分の1メートル)程度の軟X線ビームが実験に利用されてきました。しかしながら、軟X線利用実験の高度化のためには、新たな集光システムによるビームサイズのさらなる微小化が必要とされていました。
共同研究グループは、軟X線FELをナノ領域に集光するための集光システムを提案し、その開発に取り組んできました。
研究手法と成果
共同研究グループは、KBミラーと回転楕円ミラーという2種類の集光ミラーを組み合わせた「ハイブリッド型の軟X線FEL集光システム」を考案しました(図1)。KBミラーは、反射面が直交するように配置した2枚の楕円面でX線を反射させることによってX線を1点に集光します。回転楕円ミラーは、1枚の回転楕円面でX線を反射させることでX線を1点に集光します。
それぞれのミラーは「受光できる光のサイズ」と「集光サイズ」において、反対の特徴を持っています。すなわち、KBミラーでは、大型化が可能なことから受光できる光のサイズは大きいものの、軟X線の集光サイズは数µmにとどまります。反対に、回転楕円ミラーでは、1µm以下の微小集光ができる一方で、ミラーが小型のため受光できる光のサイズはKBミラーよりも小さくなります。そこで、互いの欠点を補い、それぞれの利点を生かすために、KBミラーで軟X線FELを受光・集光してビームを小さくした後、回転楕円ミラーで再び集光するという二段集光光学系を設計しました(図1)。 なお、回転楕円ミラーの表面材料はニッケルであり、SACLA BL1における発振波長である8~30 nmにおいて高い反射率を示します。
図1 ハイブリッド型の軟X線FEL集光システム
まず、軟X線FELを受光サイズが大きいKBミラーで受光・集光してビームを小さくした後(1段目)、集光サイズが小さい回転楕円ミラーで再び集光する(2段目)。これにより、二つのミラーの欠点が補われ、利点が生かされる。
そして、X線自由電子レーザー施設「SACLA」の軟X線ビームラインBL1で実際に集光システムを構築し、集光実験を行いました。波長10 nm前後の軟X線を500×550 nmの領域に集光し(図2)、1 ×1016 W/cm2を超える極めて高強度な軟X線光電場を形成することに成功しました。
図2 回転楕円ミラーで軟X線FELを集光する様子と、集光点における強度プロファイル
鉛直方向500 nm、水平方向550 nmの微小領域に、軟X線FELを集光することに成功した。
次に、形成した高強度集光ビームを用いて、可飽和吸収[6]と呼ばれる非線形光学現象の観測を行いました。集光点に窒化ケイ素(Si3N4)の薄膜を設置し、透過率の集光強度依存性を計測しました。その結果、強度1015 W/cm2を境に、可飽和吸収の特徴である急激な透過率上昇が見られました(図3)。これは、高強度な軟X線電場が形成されている証拠です。
図3 窒化ケイ素(Si3N4)に対する軟X線FELの透過率と集光強度の関係
集光強度1015 W/cm2を境にSi3N4に対する透過率が急激に上昇したのが分かる。これは高強度な軟X線電場が形成されている証拠である。
今後の期待
今回開発したハイブリッド型集光システムを用いることにより、非線形軟X線光学の研究に必要な高強度軟X線電場を、広い波長帯域で形成できるようになりました。
今後、集光ビームの小ささを生かして、微細構造分析への応用も考えられます。今回実施した可飽和吸収計測以外にも、既にいくつかの応用実験が実施、計画されており、今後の利用拡大が予想されます。ハイブリッド型集光システムによるナノ軟X線FELビームを利用することで、材料科学や非線形軟X線光学など多岐にわたる分野への波及効果が期待できます。
補足説明
[1] 軟X線自由電子レーザー(軟X線FEL)
軟X線は波長が1~30 nmの範囲にある光で、 軟X線自由電子レーザーは軟X線領域におけるレーザーのこと。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とする。ほぼ完全な空間コヒーレント光であり、超短パルス光である。FELはFree Electron Laserの略。
[2] 非線形光学、非線形
非線形とは、出力(応答)が入力に比例しない現象。非線形光学は、光に関する非線形な現象、つまり、光に対する応答がその強さに比例しない現象を扱う。応答が光の強さの2乗(3乗)で強くなる場合、2次(3次)の非線形光学過程と呼ぶ。
[3] X線自由電子レーザー施設「SACLA」
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本ではじめてのXFEL施設。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始され、利用実験が始まった。大きさが諸外国の同様の施設と比べて数分の1とコンパクトであるにもかかわらず、0.1 nm以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を持つ。高い空間コヒーレンス、短いパルス幅、高いピーク輝度を備えたX線領域のレーザーを発生させる。
[4] KBミラー
反射面が直交するように配置した2枚の楕円面でX線を反射させることで、X線を1点に集光するデバイス。
[5] 回転楕円ミラー
1枚の回転楕円面でX線を反射させることで、X線を1点に集光するデバイス。
[6] 可飽和吸収
ある試料に対する光の透過率が、光の強度に依存して非線形に変化する現象。
発表者・機関窓口 東京大学大学院工学系研究科 高輝度光科学研究センター <機関窓口> 東京大学 大学院理学系研究科・理学部 広報室 (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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