1兆分の1秒で起こる超高速な磁性の変化を元素別に解明 〜レーザー励起磁化反転の鍵〜(プレスリリース)
- 公開日
- 2019年11月22日
- SACLA BL3
2019年11月22日
東京大学
高輝度光科学研究センター
分子科学研究所
理化学研究所
兵庫県立大学
東北大学
発表のポイント:
◆鉄白金合金試料に対してX線自由電子レーザー(注1)を用いた超高速磁気測定を行い、光照射によって試料の磁性が瞬間的(1兆分の1秒以下)に消失する現象を、元素別に観測することに成功した。
◆超高速な磁性の変化が鉄と白金とでは異なり、鉄の方が白金より高速に消磁されることを初めて明らかにした。
◆本研究で得られた知見は、レーザー(注2)光照射による磁性制御を利用した超高速メモリ素子の基本原理の解明に寄与する。
東京大学物性研究所の山本航平博士課程学生(研究当時、現在:分子科学研究所助教)と和達大樹准教授(研究当時、現在:兵庫県立大学教授)らの研究グループは、高輝度光科学研究センターの久保田雄也研究員と鈴木基寛主幹研究員、分子科学研究所の上村洋平助教(研究当時、現在:スイス連邦・ポールシェラー研究所 博士研究員)、理化学研究所放射光科学研究センタービームライン研究開発グループの矢橋牧名グループディレクター、兵庫県立大学の田中義人教授、東北大学金属材料研究所の関剛斎准教授と高梨弘毅教授らの各研究グループと、カレル大学とウプサラ大学のグループも加わった国際研究チームにより、X線自由電子レーザー(XFEL)施設SACLA (注3)の硬X線ビームラインであるBL3において、強磁性を示す合金である鉄白金薄膜を用いて、硬X線領域の時間分解X線磁気円二色性測定(XMCD測定: 注4、5)に成功しました。 鉄白金薄膜は、鉄と白金の両方が磁性を示すことが知られています。硬X線領域の磁気円二色性測定により白金の磁性の光誘起ダイナミクスを選択的にとらえることで、鉄の方が白金に比べて高速に消磁されるということが分かりました。本研究では、X線自由電子レーザーの円偏光を制御する技術をSACLAに導入することで、世界で初めて非磁性元素である白金の1ピコ秒(1兆分の1秒)以下の超高速な磁性変化を直接観測しました。鉄白金ではレーザー光の照射による磁性制御が報告されており、将来の超高速メモリ材料として注目されています。本成果により、光照射による磁性制御現象の鍵が、鉄と白金の消磁時間の差にあることが示されました。 この研究成果は、ドイツ科学誌New Journal of Physics(11月25日オンライン)に掲載される予定です。 論文情報 |
背景
近年、電子の性質を光により超高速に制御する研究が盛んに行われてきています。とくに磁石としての性質を担うスピンを応用した、スピントロニクスの研究は応用の面からも高い関心が寄せられています。
XMCD測定は、試料が磁性体の場合にX線の右偏光と左偏光の吸収強度に差が現れる現象を利用した分光法であり、磁性体材料の磁化の情報を元素選択的に調べる測定方法として広く利用されています。特に、現在では大強度かつ高い指向性のX線が得られるシンクロトロン放射光施設を利用することで、複数の元素により構成されている薄膜や極小試料での磁化の情報を元素別に得ることが可能であり、物質科学だけでなく、情報技術の進展に欠かせないスピントロニクスの研究・開発への貢献が期待されています。現在、スピントロニクスの分野では、光や電場などを用いた1ピコ秒以下の超高速磁性制御が大きな研究課題であり、リアルタイムに物質の磁化情報を得ることができる時間分解XMCD測定により、磁性の最小構成要素となる各元素上のスピンのダイナミクスが明らかになりつつあります。
磁性材料では、非磁性元素である白金を導入することで、磁化状態を制御できることが以前から知られていました。例えば白金は垂直磁気異方性の発現に重要な役割を担っています。しかしながら、白金は鉄などに比べ吸収するX線のエネルギーが高く、XMCDを測定するのに最適なX線領域(硬X線)での円偏光制御が容易ではないために、時間分解XMCDを利用した白金の磁性ダイナミクスに関する研究例はこれまでありませんでした。
そこで本研究では、数十フェムト秒(1フェムト秒は1000兆分の1秒)の超短パルスX線を提供するSACLAのBL3において、時間分解XMCD測定を行いました。測定対象には、強磁性合金である鉄白金の薄膜を選択しました。この薄膜は、室温で面直方向に磁化が向きやすい垂直磁化を示すことから、高密度磁気記録など応用面でも期待されている物質です。また、レーザー光照射による光誘起磁化反転が可能な材料であることも報告され、多くの興味を集めています。この物質にレーザー光を照射することで磁化を消す光誘起消磁のダイナミクスの観測を目指しました。
研究内容と成果
測定に用いた鉄白金の薄膜は、5 mm× 5 mmの基板上に作製されています。L10型の構造の秩序を持つ単結晶で膜厚は20ナノメートル程度となっています。鉄白金は磁場中で磁化した状態となっています。図1 に示す実験配置によって、時間分解XMCD測定を行いました。図2が時間分解XMCD測定の結果、すなわち白金の磁化の変化の様子を示します。また同じ図には鉄の変化を主に反映する、可視光の時間分解磁気光学カー効果の結果も示してあります。両測定は同じセットアップ、同じ試料で行われています。この結果に理論計算も併用することで、図3のように、強磁性鉄白金薄膜において鉄と白金で異なる時間スケールのダイナミクスを示すという、鉄と白金の光誘起磁気状態のモデルを明らかにすることに成功しました。
図1.(時間分解XMCD測定のセットアップ。SACLAから発生した幅10 フェムト秒程度のX線(図中オレンジ色の線)と幅30 フェムト秒程度のレーザー光(赤線)を同時に試料に照射。レーザー光によって引き起こされる磁化の変化を硬X線の吸収から測定する。検出器はMPCCD(マルチポートチャージカップルドデバイス)である。)
図2.(時間分解XMCD測定で観測された磁化の時間変化の様子。横軸の単位はピコ秒:1兆分の1秒である。青が白金のXMCD強度、赤が可視光磁気光学カー回転角、すなわち白金と鉄の磁化を示す。レーザー光照射(0秒)の後、白金と鉄で消磁にかかる時間および度合が異なっている。)
図3.(鉄、白金の光誘起状態のイメージ図。左から、磁化された状態、過渡状態、消磁された状態、に対応する。鉄と白金が過渡状態において異なる状態をとる。)
本研究の意義、今後の展望
本研究により、SACLAにおいて鉄白金薄膜の白金の消磁のダイナミクス観測に成功しました。特に、レーザー光による磁化反転現象の鍵が、鉄と白金の消磁時間の差にあることが示されました。今後のスピントロニクス研究において、レーザーによる磁化反転などの超高速スピン操作を目指す際の、重要な指導原理が得られました。
本研究は、文部科学省科学研究費補助金 新学術領域(研究領域提案型)「量子液晶の物性科学」(JP19H05824)、文部科学省「光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)」(JPMXS0118068681)の助成のもとに行われました。
【用語説明】
注1 X線自由電子レーザー:
X線の位相を揃えることでより強力でパルス幅の狭い(数十フェムト秒)X線のレーザーが得られる。日本のSACLAは特に世界で先行している。
注2レーザー:
発振器、増幅器を用いて作られる波長と位相の揃った光であり、短パルス光を作ることもできる。本研究ではチタンサファイアレーザーを用いており、波長は約800ナノメートルである。
注3 X線自由電子レーザー(XFEL)施設SACLA:
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本のXFEL(X-ray Free-Electron Laser)施設。2006年度から5年間の計画で建設・整備を進めた国家基幹技術の1つ。2011年3月に完成し、SPring-8 Angstrom Compact free-electron LAserの頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始された。SPring-8の10億倍明るいX線を、10フェムト秒未満のパルス時間内で提供する。
注4磁気円二色性:
物質が磁化を持つ場合、その物質に光をあてるとその吸収率や反射率は、光の偏光が右円偏光と左円偏光の場合で差が生じる。この性質が磁気円二色性であり、とくに元素ごとに固有のエネルギーのX線をもちいると、磁気円二色性が大きくなり、また吸収率の差から元素ごとの磁化の大きさを知ることができる。
注5時間分解X線磁気円二色性測定:
物質にレーザーを照射して現象を起こさせた直後に、X線を照射し磁気円二色性測定を行うこと。本研究では、パルス幅が約10フェムト秒(1フェムト秒は1000兆分の1秒)であるSACLAの硬X線を用いることにより、短い時間スケールでの変化の様子を調べることが可能になった。
問い合わせ先: 兵庫県立大学大学院物質理学研究科 【報道に関すること】 兵庫県立大学播磨理学キャンパス経営部 総務課 自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当 理化学研究所 広報室 報道担当 東北大学金属材料研究所 情報企画室広報班 |
- 現在の記事
- 1兆分の1秒で起こる超高速な磁性の変化を元素別に解明 〜レーザー励起磁化反転の鍵〜(プレスリリース)