導電性を制御可能な新しいナノシート材料の開発に成功 ~水素とホウ素の特異な構造と有機分子吸着がカギ分子応答性センサーや触媒応用へ期待~(プレスリリース)
- 公開日
- 2019年12月10日
- BL08W(高エネルギー非弾性散乱)
2019年12月10日
国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS)
国立大学法人 筑波大学
公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)
国立大学法人 東京大学
国立大学法人 東京工業大学
掲載論文 |
研究の背景
電気が流れる特性(以下、導電性)は、金属を除くと限られた材料でのみ見られるものであり、分子・原子レベルの厚みを有するナノシート材料では、グラフェンや酸化ルテニウムナノシートなどの限られた材料でのみ報告されています。導電性はキャパシターなどの電子デバイスなどに必須であり、電子・情報化社会において非常に重要な特性です。さらに、1種類のナノシート材料のみではなく、異なるナノシート材料を組み合わせて利用することで、新たな機能の発現が期待できるため、これまでにないデバイスの誕生も期待されます。NIMSの国際ナノアーキテクトニクス研究拠点を初め、世界中で活発に研究が行われてきました。
ホウ素と水素のみからなるホウ化水素ナノシートはボロファンという通称名で知られ、理論的に多様な原子配置を取りうることや導電性を有することが予想されてきました。新しい水素吸蔵材料や電子材料としての優れた特性が期待されていましたが、実際に合成をすることは困難でした。しかし、筑波大学が中心となりNIMSを含む研究機関と共同で、2017年に世界で初めて、そのホウ化水素ナノシートの生成に成功しました(https://www.nims.go.jp/news/press/2017/09/201709260.html)。
理論的にホウ化水素ナノシートはさまざまな構造が予想されており、非常に魅力的な材料群の先駆的な合成の成功と言えます。しかし、実際に合成した試料は計算による予測とは異なり、結晶ではありませんでした。そこで、化学的に合成したホウ化水素ナノシートに関して、「導電性を有するのか?」という問いと、「なぜ非晶質なのか?」という問いに答えることが本研究の学術的な目的です。
研究内容と成果
導電性の計測実験では、研究を開始した当初は、計算の予測とは異なり、ホウ化水素ナノシートは絶縁体でした。NIMSが主体となり、前処理を変えた計測を繰り返し、導電性の発現には試料の純度を高めることが極めて重要であることを見出し、筑波大学と連携し、高純度試料の測定を繰り返し行いました。試料の合成は筑波大学が中心となり、東京大学、東京工業大学、NIMSが共同で、高純度のホウ化水素ナノシートの合成に成功しました。その試料をNIMSが繰り返し測定し、導電性が発現する前処理を発見しました。微量ではあるものの合成に用いた有機分子が残存し、その吸着により導電性が発現しないことが分かり、適切な前処理を行うことで、安定して高い導電性(ホウ化水素としては最高レベル、0.13 S/cm)が得られるようになりました。
残存分子は微量であり、通常の導電材料の評価では問題になるものではありませんでした。興味深いことに、残存分子が存在する時には導電性が発現していても、温度上昇とともに30℃付近で絶縁体に変化する現象が見られました。この現象は可逆的であり、温度の低下で元の導電性が回復しました。そこに化学的に重要なことが隠されていると考えられました。
詳細な理解のためには、原子の配置を明らかにする必要がありますが、この材料は非晶質であり、構造解析の一般的な手法の回折法が利用できません。X線散乱データから得られる二体分布関数1であれば、非晶質であっても構造に関する情報が得られるため、NIMSとJASRIが共同で、大型放射光施設SPring-82のBL08WにてX線散乱実験を行い、二体分布関数の導出を行いました。非常に複雑なデータであり、通常の手法では解析は困難ですが、NIMSが実験データを機械的に解析するベイズ最適化3を用いたプログラムと、結合電子も含めた全電子状態を解析する全電子二体分布関数解析法4を世界で初めて開発したことで、水素が特殊な配置を取っていることが明らかとなりました。これらの解析により、特殊な水素原子の配置により微量の有機分子の吸着が可能となり、結果的に導電性が安定していなかったことが分かりました。
図 :ホウ化水素ナノシートを化学的に合成。分子レベルの厚みのシート状物質で、特殊な水素の配置を有する。電気が流れ、その導電性は分子の吸着に敏感。
今後の展開
軽量かつフレキシブルなホウ化水素ナノシートは、ウェアラブルな電子デバイスへの応用が期待できます。さらに、ホウ化水素ナノシートの大きな特徴の1つとして分子の吸着性を考えると、分子の吸着で導電性が大きく変わる材料として使うことが可能です。実際に30℃以上で、6桁も抵抗が大きくなる現象が見られました。分子応答性のセンサー材料の開発に繋がる基礎特性と考えられます。また、特殊な水素の配置により、酸点と塩基点が存在するため、触媒材料への応用も期待できます。現在、研究チームは、さまざまな応用を目指して、この新しい材料の研究を続けています。これまでにはない特性を持つ材料の開発により、全く新しいデバイスの誕生が期待できます。
用語解説
1)二体分布関数
原子ペアの距離と密度の関係を表すヒストグラムである。結晶にのみ有効な伝統的な回折データとは異なり、全ての物質の指紋に当たる情報として近年、物質・材料の研究で注目されている。
2)大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
3)ベイズ最適化
データの解析の際に、これまではランダムな試行の繰り返しによる最適化が一般的であったが、近年、機械的に最適な値へと導く手法が検討されている。ベイズ最適化はその中でも広く知られた方法で、ランダムではなく、過去の試行結果を学び、如何に最適値へと導くかを機械的に調整しながら試行を繰り返す手法で、今回は二体分布関数の解析に初めて導入した。
4)全電子二体分布関数解析法
二体分布関数の解析は、孤立した原子が分布していることを仮定して解析するのが一般的である。しかし、原子同士の結合を作る結合電子が無視できない場合、従来の手法では解析が困難である。NIMSでは物質の全電子位置と数を計算し、それに対する二体分布関数をシミュレーションして実験データの解析を行う新しい手法の開発を行った。これにより、水素とホウ素、ホウ素とホウ素の結合電子まで考慮した解析が可能になった。
本件に関するお問い合わせ先 国立大学法人 筑波大学 数理物質系 (報道・広報に関すること) 国立大学法人 筑波大学 広報室 国立大学法人 東京大学 物性研究所 広報室 国立大学法人 東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門 (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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