がん発症に関わる可逆的多量体化タンパク質が Wntシグナルを制御する仕組みを解明(プレスリリース)
- 公開日
- 2019年12月10日
- BL44XU(生体超分子複合体構造解析)
2019年12月10日
公立大学法人兵庫県立大学
国立大学法人群馬大学
研究成果のポイント
・ 細胞の分化・増殖を制御し、がん発症にも関わるWnt/β-cateninシグナル伝達経路の細胞内因子Dishevelled (Dvl)とAxinに含まれるDIXドメイン複合体の立体構造を解明した。
・ Dvl-DIX (DIX)とAxin-DIX (DAX)はいずれもβ-シート構造を持ち、アミロイドのように線維状に多量体(ポリマー)化する性質があり、それによってDvlやAxinをホモポリマー化する。今回,DIXとDAXが直接相互作用することで、Dvl/Axinヘテロポリマーも形成することが明らかになった。
・ DIXを他のポリマー化ドメインに置換(キメラDvl)すると、キメラDvlはポリマー化するが、Axinとは相互作用せず、Wnt/β-cateninシグナル伝達活性がほとんど失われた。
・ DIXとDAXによるヘテロポリマーの形成によってDvlとAxinが相互作用し、Wnt/β-cateninシグナルが伝達されることが明らかになった。
細胞の増殖・分化を制御するWnt/β-cateninシグナル伝達経路(Wnt/β-cateninシグナル)において、分泌タンパク質Wntが細胞表面の受容体に結合すると、細胞内因子の1つであるDishevelled (Dvl)のポリマー化が促進されることがきっかけとなり、細胞内でシグナルが伝達されると考えられています。一方、大腸がんの症例の多くで、Wnt/β-cateninシグナルが異常に活性化されていることも知られています。DvlはWnt/β-cateninシグナルを阻害するタンパク質Axinに結合し、その働きを抑えます。DvlとAxinにはDIXドメインが存在し、Dvl-DIX (DIX)とAxin-DIX (DAX)はそれぞれ単独でらせん状にホモポリマー化します。両者が共存するとDIXとDAXの両方を含んだヘテロポリマーとなると考えられてきましたが、そのポリマー化の分子機構の詳細は不明でした。今回、兵庫県立大学大学院生命理学研究科の柴田直樹准教授、樋口芳樹教授、山西勲平博士(研究当時一貫制博士課程学生)、群馬大学大学院理工学府分子科学部門の寺脇慎一助教、MRC分子生物学研究所(UK)のMariann Bienzらの研究グループは、大型放射光施設SPring-8を利用してDAX-DIX複合体の立体構造を明らかにし、両者が直接結合することを証明しました。また、DIXを他のポリマー化ドメインに置換すると活性が失われたことから、Dvlが機能するためにはDIX部分でポリマー化するだけではなく、相手のDAXと相互作用することが必要であることを明らかにしました。本研究の成果は、2019 年12 月10 日(アメリカ東部標準時間午後2 時)付で、「Science Signaling」に掲載されました。 論文情報 |
研究の背景
Wnt/β-cateninシグナル伝達経路(Wnt/β-cateninシグナル)は、細胞の増殖・分化などを制御しており、分泌タンパク質であるWntがその受容体に結合することで活性化されます。Wntが受容体に結合するとWnt/受容体複合体が集合しクラスター化します。本研究グループは、Wnt/β-cateninシグナルにおいて、重要な細胞内因子の1つであるDishevelled (Dvl)のポリマー化がWnt/受容体複合体のクラスター化によって促進され、それがきっかけとなりシグナルが伝達されるモデルを提唱しています(図1)。Wnt/β-cateninシグナルが活性化されると、最終的にβ-cateninがWnt標的遺伝子の転写を促進します。Wnt/β-cateninシグナルがオフの状態では、β-cateninはAxinなどのWnt/β-cateninシグナル因子の働きによって分解されることで細胞内濃度が低く保たれ、Wnt標的遺伝子の転写は抑えられます。Wnt/β-cateninシグナルがオンの場合、DvlはAxinの働きを抑えることによってβ-cateninが分解されないようにします。Wnt/β-cateninシグナルが正常に働くことよって、細胞の増殖・分化が適切に制御されていますが、異常が生じると,がんなど種々の疾患の原因となります。
Axinは足場タンパク質の一種で、β-catenin を分解に導くために必要な因子同士を結び付けるハブとしての機能があります。Axinはポリマー化し、局所濃度が高まることで、β-cateninや他の因子との親和性が上がり、結合しやすくなります。一方,Dvlも同様にポリマー化することで他の因子と結合しやすくなります。このようなポリマー化は、DIXドメインと呼ばれるDvlとAxinに共通して存在する領域が担っていることが分かっていました。また、DvlとAxinの結合もDIXドメインが担っていると考えられてきましたが、両者の複合体の構造が不明であったため、その詳細は謎でした。
図1. Wnt/β-cateninシグナル伝達経路の概要
(左)-Wnt: Wnt受容体は局在せず、Axin等の働きによってβ-cateninが分解される。
(右)+Wnt: Wnt/Wnt受容体複合体が集合し、それによってDvlのポリマー化が促進される。Axinの働きが抑制され、β-cateninは核内に移行し、Wnt標的遺伝子の発現を促進する。
研究内容と成果
今回、兵庫県立大学大学院生命理学研究科の柴田直樹准教授、樋口芳樹教授、山西勲平博士(研究当時一貫制博士課程学生)、群馬大学大学院理工学府分子科学部門の寺脇慎一助教、MRC分子生物学研究所(UK)のMariann Bienzらは、Dvl-DIX (DIX)とAxin-DIX (DAX)複合体の立体構造を大型放射光施設SPring-8 BL44XUビームラインを利用することで決定し、両者の相互作用について詳細に明らかにしました。DIX、DAXどちらもホモポリマーを形成します。そのため、両者を混ぜるだけではDIXホモポリマー、DAXホモポリマー、DAX-DIXヘテロポリマーが共存するため、DAX-DIX複合体だけを含んだ均一な試料を調製することは困難です。DIXドメインは、前側(Head)と後側(Tail)の接触面同士がつながってポリマー化します。DAXはHead、DIXはTailの接触面に存在するアミノ酸残基を他の種類に置換することで、ポリマー化を抑制しました。そうすることで、アミノ酸置換をしていないDAXのTailとDIXのHeadが結合して二量体を形成しますが、アミノ酸置換した面では結合できなくなっているので、ポリマー化は起こりません。また、両者をリンカーで連結することによって二量体(DAX-DIX二量体)の構造を安定に保ちました。以上の方法によって均一なDAX-DIX複合体試料を調製すること成功しました。構造解析の結果、予想通りDAX-DIX二量体は、DAXのTailとDIXのHead接触面同士が結合していました(図2A)。DAX-DIX二量体はDIXホモポリマーやDAXホモポリマーの連続する2分子とよく重なり合います(図2A)。また、DAX-DIX二量体の構造を基にポリマーモデルを構築すると、DIXホモポリマーやDAXホモポリマーとよく似たヘテロポリマーが形成されることが示唆されます(図2B)。
図2. DAX-DIX二量体とDIX及びDAXとの構造比較
(A) DAX-DIX二量体とDIXホモポリマー及びDAXホモポリマーの重ね合わせ。DIXホモポリマー及びDAXホモポリマーは重ね合わせに用いた2分子のみを表示している。
(B) DAX-DIXヘテロポリマーモデルとDIXホモポリマー及びDAXホモポリマーの構造。
次に、DIXとDAXの相互作用がシグナル活性に必須かどうか明らかにするため、DIXをWnt/β-cateninシグナルとは無関係のポリマー化ドメイン(SAM及びPB1)に置換したキメラDvl(キメラDvl2(PB1)、 キメラDvl2(SAM))を使ってシグナル活性を調べました。キメラDvl2(PB1)、 キメラDvl2(SAM)は共にシグナル活性を示さなかったことから、Dvlはポリマー化するだけではシグナル活性を持たず、DIXが必要であることが明らかになりました(図3A)。
DvlとAxinは細胞内に分散せず、点状に局在することが知られています。また、DvlとAxinは相互作用するため、同じ場所に局在(共局在)します。Dvl、Axin共にDIX、DAXを欠失し、ポリマー化できなくなると点状に局在せず、分散して存在することが分かっていました。キメラDvlでは点状に局在していることから、ポリマー化は起こっていますが、点の位置が異なり、共局在していません(図3B)。これは、キメラDvlはDIX が欠失してもSAMまたはPB1の働きでポリマー化は起こりますが、Axinとは相互作用できないことを意味しています。以上の結果により、DIXとDAXの相互作用がシグナル活性に必須であることが明らかになりました。
図3. キメラDvlの活性(A)及び細胞内でDvlとAxinが局在する様子(B)
(A) PB1とSAMはそれぞれキメラDvl2(PB1)、キメラDvl2(SAM)を表す。
(B) Dvl2及びAxinが細胞内で存在する位置が、それぞれ緑色、赤色の蛍光で示されている。両者が共局在すると黄色になる。野生型Dvl2はAxinと共局在する(上段右)が、DIXをPB1またはSAMに置換したキメラDvl2では共局在しない(中段右と下段下)。これはDIXを介してAxinと相互作用することを示す。
この研究の社会的意義と今後の展望
Wnt/β-cateninシグナルは、動物の初期発生や成体における組織の恒常性に重要な役割を果たしています。Wnt標的遺伝子の多くががんに関係しており、シグナルの制御に異常があると細胞のがん化の原因となります。実際、大腸がんの症例の多くではWnt/β-cateninシグナルの異常な活性化が起こっています。DvlはWnt/β-cateninシグナルを伝達するため、その働きを抑える物質は抗がん剤となる可能性があります。DIXの働きによるホモポリマー化を阻害すればシグナル活性を弱めることが出来るため、がん細胞の増殖を抑えることが可能になります。DIXとDAXはアミノ酸配列に約50%の同一性があり、立体構造にも類似性があります。DIXだけに結合し、DAX-DIXヘテロポリマーやDAXのホモポリマー化には作用しない物質を創製するためには、DIX-DIX、DAX-DAX、DAX-DIX間の相互作用部位における構造の違いを考慮することが必要です。今回のDAX-DIX二量体の立体構造は、その際の重要な情報となると期待されます。
用語解説
Wnt/β-cateninシグナル伝達経路
分泌タンパク質であるWntが受容体に結合することがきっかけとなり、細胞の運命、増殖などに影響を与える。Wnt/β-cateninシグナル伝達経路に関わる因子の遺伝子変異は先天性異常やがんなどの疾病の原因となることが多い。
Wnt標的遺伝子
Wnt/β-cateninシグナル伝達経路によって転写が制御される遺伝子のことを指す。
大型放射光施設SPring-8
兵庫県にある大型共同利用施設。光速にほぼ等しい速度まで加速された電子が、磁石などによってその進行方向を変えられた時に細く強力な電磁波を発生し、これを放射光という。電子のエネルギーが高く,進行方向の変化が大きいほど、X線などの短い波長を含むようになる。
ホモポリマー、ヘテロポリマー
ポリマーとは分子が連続的に結合して鎖状や網状になったもので、一種類の分子だけで出来たポリマーをホモポリマー、複数種の分子が組み合わさって出来たものをヘテロポリマーと言う。
キメラ
ここでは複数の異なる遺伝子またはそれらの断片を融合して出来た遺伝子産物(タンパク質)のことを意味する。
研究サポート
本研究は,文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究「細胞シグナリング複合体によるシグナル検知・伝達・応答の構造的基礎」(課題番号23121526、25121731、23121527、25121705)、ひょうご科学技術協会学術研究助成による支援を受けて進められました。
お問い合わせ先 樋口 芳樹 寺脇 慎一 機関窓口 群馬大学理工学部庶務係 広報担当 福島美羽 (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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