大型放射光施設 SPring-8

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下部マントルはマグマオーシャンからの堆積で形成された 半導体ダイヤモンドヒーターによる成果 日仏放射光X線施設による共同研究(プレスリリース)

公開日
2020年01月28日
  • BL04B1(高温高圧)

2020年1月28日
岡山大学
高輝度光科学研究センター

【発表のポイント】
・現在の地球は巨大隕石の衝突により大規模に熔解してできたマグマオーシャン(注1)が固化することで構成されたものであり、その過程を明らかにするためには、高温・高圧下でのマグマの物性を測定することが不可欠です。
・岡山大学惑星物質研究所で開発した半導体ダイヤモンドヒーター(注2)を用いて、30 GPa、3000 Kという超高温・高圧下における、マグマの主成分であるケイ酸塩メルトの粘性率を決定することに成功しました。

 岡山大学惑星物質研究所(惑星研)の米田明客員研究員、謝龍剣大学院生(現在ドイツ・バイロイト地球科学研究所ポスドク研究員)、クレルモン・オーベルニュー大学(フランス)のデニス・アンドロー教授、高輝度光科学研究センター(JASRI)の肥後祐司主幹研究員、SOLEIL放射光施設(フランス)のニコラ・グノー研究員らの研究グループは、30 GPa、3000 Kの圧力・温度範囲でケイ酸塩メルト(多成分が混合した高温溶融状態のケイ酸塩)の粘性率測定に成功しました。
 本研究では、耐熱性とX線透過性に優れた半導体ダイヤモンドヒーターを用いました。得られた粘性率データをもとに、マグマオーシャンから析出した結晶が沈降するかどうかを考察しました。その結果、深さ1000 km付近で析出したブリッジマナイト(地球内部に最も多く存在する鉱物)の結晶がより深部へ沈降するという結果が得られました。沈降したブリッジマナイト結晶は下部マントル1000-1500 kmの高粘性率層を形成します。本研究成果は1月28日英国時間10:00(日本時間18:00)、英国科学雑誌「Nature Communications」(電子ジャーナル)に掲載されました。
 図1、2に実験の概要を示しています。ケイ酸塩試料中においた金属球はケイ酸塩が熔解すると熔解メルト中を沈降し、その様子をX線イメージング法で観察します。耐熱性とX線透過性の高い半導体ダイヤモンドヒーターは本研究に最適です。本実験は、SPring-8(日本)とSOLEIL(フランス)の放射光実験施設で実施された日仏共同研究です(図3)。得られた結果からマグマオーシャンの固化過程を考察しました(図4)。この結果から下部マントル高粘性率層(図5)の成因が明らかになりました。

論文情報
・掲載誌: Nature Communications
・タイトル:Formation of bridgmanite-enriched layer at the top lower-mantle during Magma Ocean solidification
 (下部マントル中のブリッジマナイト層はマグマオーシャン固化過程で形成された)
・著者:謝龍剣、米田明、山﨑大輔、ギート・マンチラケ、肥後祐司、丹下慶範、ニコラ・グノー、アンドリュー・キング、マリオ・シール、デニス・アンドロー
・DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-019-14071-8

【研究者からひとこと】
 岡山大学惑星物質研究所の高圧グループは2010年頃から半導体ダイヤモンドヒーターの開発を行ってきました。目標は~4000 Kの超高温発生です。これまでの開発状況を数本の論文に纏めてきましたが、本論文は半導体ダイヤモンドヒーターを地球科学研究に応用した最初の成果です。

研究の背景
 地球形成直後のジャイアント・インパクトにより月が形成され、同時に地球も大規模に熔解しました。この大規模熔解状態がマグマオーシャンです。マグマオーシャンの固化過程により、現在の地球の大局的構造が構成されました。
マグマオーシャンの固化過程は、大きく2つの様式に分類できます。化学的平衡を保ったまま固化する場合と結晶分化作用が起こる場合です。前者では析出した結晶がその場で滞留し、後者では析出結晶が沈降します。どちらが起こるかは、析出する結晶の大きさ・メルトとの密度差・メルトの粘性率に支配されます。析出結晶の大きさもメルトの粘性率に支配されるので、高温高圧下でのケイ酸塩メルト粘性率はマグマオーシャンの固化過程を考察するために不可欠です。
岡山大学惑星物質研究所は、超高圧下でのケイ酸塩メルトの粘性率測定(注3)に成功しました。この成果の基盤に独自開発した半導体ダイヤモンドヒーターがあります(図1)。半導体ダイヤモンドヒーターは高温が発生できるだけでなく、X線透過性が高いという特徴があります。落球法粘性率測定実験(注4)では、高融点のケイ酸塩メルト中を落下する金属球をX線イメージでモニターするため(図2)、半導体ダイヤモンドヒーターは決定的に重要です。従来13 GPaまでしか測定できていなかったケイ酸塩メルトの粘性率測定を、一気に、30 GPa領域まで拡大することができました。この圧力はマグマオーシャン中の深さ800 kmに相当します。
得られた粘性率データに基づいて、平衡固化過程と結晶分化過程のどちらが起こるかを調べました。図4がその結果で、深さ1000 km付近で結晶分化過程が起こることを示しています。この深さの条件での析出結晶はブリッジマナイトです。析出したブリッジマナイトが深部に沈降し、ブリッジマナイトに富んだ下部マントルを形成します。
図5は、人工衛星による重力測定(GRACEミッション)から求められた地球内部の粘性率です(この粘性率は固体流動に対するものであり、今回求めたメルトの粘性率とは対象が異なります)。深さ1000-1500 kmの範囲では、粘性率が1-2桁高い結果が示されています。ブリッジマナイトは非常に硬い鉱物なので、この高粘性率層の形成過程はブリッジマナイト結晶の分化・沈降・堆積で解釈できます。

研究手段と成果
 超高圧下での落球法粘性率測定実験を実施するためには大型プレスが設置された放射光X線施設の利用が不可欠です。本研究は、日本の大型放射光施設SPring-8(注5)BL04B1 とフランスのSOLEIL放射光実験施設で行われました(図3)。SOLEILでの実験では、クレルモン・オーベルニュー大学のグループと協力しました。
フォルステライト、エンスタタイト、ディオプサイドの3種のケイ酸塩試料で測定を行いました。測定した粘性率は試料であるケイ酸塩の融点直上でのものです。そのデータをもとに、アウレニウスの式(ある温度における化学反応の速度を予測する式)に基づいて粘性率の高温への外挿を行いました。次いで、この結果に基づいて一般のマグマの組成での粘性率を求めました。マグマオーシャンの組成として、地球の始原物質であるCIコンドライトと現在の地球に存在する火成岩(KLB-1)の2種を仮定しました。2種類の組成を仮定したマグマオーシャンから析出する結晶サイズとクリチカルサイズ(注6)を見積もり、マグマオーシャンの固化過程が平衡過程か結晶分化過程のどちらになるかを検討しました。その結果が図4です。図からわかるように、1000 km付近で結晶分化過程が起こることが分かりました。図4の結果から下部マントル高粘性率層(図5)の成因が明らかになりました。

今後への期待
 今回の成果は、実際のマグマオーシャンの粘性率を3つの端成分の粘性率測定結果から見積もったものです。今後、実際の組成での直接測定を検討しています。その為には、部分溶融問題(注7)を超高速加熱で克服する必要があります。
 ケイ酸塩メルトの研究が一段落した後、炭酸塩メルトの測定も実施します。炭酸塩メルトの研究は天然ダイヤモンドの成因解明につながります。


【用語説明】

注1マグマオーシャン:
月は巨大衝突により形成されたとする説が有力である。この説では原始地球と火星サイズの天体が衝突したと考えられている。地球形成後、巨大衝突は何回もあったと考えられるが、月の形成に至った巨大衝突はジャイアント・インパクトと称される場合が多い。ジャイアント・インパクトは月を形成するだけでなく、地球にも巨大な熔融状態を形成する。この巨大な熔融状態がマグマオーシャンと呼ばれる。

注2半導体ダイヤモンドヒーター:
半導体は金属と絶縁体の中間の電気伝導度を持つ物質の総称である。炭素だけからなる純粋なダイヤモンドは絶縁体であるが、ホウ素を添加すると電気伝導度が増加し半導体になる。半導体ダイヤモンドヒーターは、この半導体ダイヤモンドを超高圧実験での加熱用ヒーターとして応用したもの。

注3ケイ酸塩メルトの粘性率測定:
溶岩にはサラサラ流れるものと粘っこいものがあるように、ケイ酸塩メルトの粘性率は種類によって桁で大きく異なる。ケイ酸塩メルトの粘性率は地球内部の進化過程を議論する上で不可欠な重要パラメーターであり、最近、Mineral Physics (鉱物物理学)分野で精力的に研究されている。

注4落球法:
液体中を落下する球体の落下速度から液体の粘性率を求める方法。粘性力は速度差に比例するので、重力・浮力・粘性力が釣り合うと定常落下速度になる。この定常落下速度を測定し液体の粘性率を求める実験手法である。

注5大型放射光施設SPring-8:
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。

注6クリチカルサイズ:
対流する粘性流体中で固体粒子が沈降するかどうかは、粒子の大きさに依存する。このことは、砂を水に入れた場合、大きい砂粒はすぐに沈降し、小さい砂粒は水中に長く滞留していることから類推できる。クリチカルサイズは、沈降するか滞留するかの境目のサイズ。

注7部分溶融問題:
水-氷のような1成分系では明快に融解が起こるのに対し、2成分以上の混合物ではメルトと固体が混在する部分溶融状態が存在する。溶け始めの温度をソリダス温度、完全に溶けた温度をリキダス温度という。落球法における金属球はソリダス温度を越えると落下を開始するが、固体成分が存在する部分溶融状態では正確な粘性率が測定できない。したがって、金属球が落下するよりも早く急速加熱によりリキダス温度を越える全溶融状態を実現する必要がある。


図1:実験の概要

図1:実験の概要。a:放射光実験施設に設置されたキュービックプレス(図3参照)で加圧する。川井型高圧装置の8個のアンビルと圧媒体、および、X線検出器を示している。Fast cameraで金属球の落下を観察する。SSDで圧力マーカーの格子定数を測定し圧力を決定する。b:圧媒体断面図。Sampleは、各種のケイ酸塩試料である。Sample中にレニウム(Re)球が置かれている。レニウムは耐熱性、比重、X線吸収率が高く粘性率マーカーとして最適である。Heaterはボロンをドープした半導体ダイヤモンドヒーターである。c:実験終了後の回収試料断面。試料は、エンスタタイト(En)とディオプサイド(Di)である。レニウム球が試料と反応せず自形を保っていることが確認できる。


図2a: 落球法粘性率測定法における金属球落下の連続写真、b: 落下球の位置の時間変化

図2 a: 落球法粘性率測定法における金属球落下の連続写真。試料はフォルステライト、実験条件は24 GPa、2873Kである。 b: 落下球の位置の時間変化。落下開始後しばらくして定常速度(赤楔線で示した勾配)に達する。この速度をストークスの式に代入して熔融試料の粘性率を求める。


図3上図:SOLEIL放射光施設の全景、下図:SPring-8、BL04B1の装置配置図

図3 上図:SOLEIL放射光施設の全景(SOLEILホームページからの転載)。フランスのパリ近郊に所在する。下図:SPring-8、BL04B1の装置配置図と2台の高圧プレスの写真。2台のプレスを交互に使えるので効率的に研究を進めることができる。


図4:マグマオーシャン固化過程の推定図

図4:マグマオーシャン固化過程の推定図。縦軸は深さ、横軸は析出する結晶サイズとクリチカルサイズの比で、1を越えると析出した結晶が沈降することを示している。KLB-1(左図)はハワイで採集された橄欖岩で、現在のマントルの組成を代表すると考えられている。Chondrite(右図)は地球を形成した始原隕石で、過去のマントルの組成に近いと考えられる。赤線が今回の実験結果によるもので、青線、緑線は粘性率が想定より低い場合と高い場合を示している。それぞれマントルの温度が想定よりも高い場合と低い場合に対応する。この図で注目すべきことは、どちらの組成においても1000 km付近で析出結晶の沈降が予想される点。この過程は、現在のマントルの構造を考えるうえで重要となる。


図5:マントル粘性率の深さ分布

図5:マントル粘性率の深さ分布(Rudolph et al., Science 2015からの引用)。この粘性率は、マグマの粘性率ではなく固体の流動現象に対する粘性率である。人口衛星による精密重力測定データに基づいている(GRACEミッション)。深さ1000-1500 kmで顕著な粘性率増加が認められる。この深さ領域で顕著な地震学的不連続面がなく、この高粘性率層の成因について活発に研究されている。

【研究資金】

落下球法実験は、SPring-8大学院学生課題(2015A1771, 2016A1651, 2016B1686, 2017B1686および2018A1637)およびSOLEIL研究課題(20160333, 20170194)で行われました。本研究は、JSPS特別研究員課題(DC2-JP17J10966)と科学研究費助成金(22224008および15H02128)に支援により遂行することができました。



【問い合わせ先】
岡山大学惑星物質研究所 客員研究員
 米田 明(よねだ あきら)
Email: yoneda atokayama-u.ac.jp
TEL: 0858-43-3762 FAX: 0858-43-2184

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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