「鉄を守る錆」誕生の観察に成功 従来の1000倍高速の放射光計測が、錆の形成過程を解き明かす(プレスリリース)
- 公開日
- 2020年03月04日
- BL13XU(表面界面構造解析)
2020年3月4日
東北大学大学院理学研究科
東京工業大学
【発表のポイント】
・化学反応の時間発展を実時間計測。
・鉄の不動態化の初期過程を、最新の放射光技術と解析技術で観測。
・赤錆を食い止める黒錆が形成される過程を解明。黒錆の膜が形成される初期は欠陥が多いが、後からその欠陥が埋められる。
東北大学大学院理学研究科 若林裕助教授(東京工業大学特定教授)の研究グループは、これまで明らかにされていなかった鉄の不動態被膜形成初期過程を、高速X線反射率測定(注)によって解明しました。X線反射率法は表面分析に広く用いられる手法ですが、数分から数十分の時間がかかります。これを、情報科学も活用することで20ミリ秒まで高速化し、被膜形成過程の実時間観測を実現しました。観測された酸化の初期過程は、最初に欠陥の多い厚い膜を形成し、次に膜内部の原子配列を整える順番で起こっていました。膜成長の速度を決める因子が最初の1秒と後の時間で異なることも判明しました。この知見は固液界面での典型的な化学反応の理解を、従来とは異なる角度で深めるものです。今後、物理的な理解が難しい固液界面の化学反応に関する研究に新しい情報が加わる事が期待されます。 【論文情報】 |
【背景】
水中に置いた鉄は徐々に錆びますが、条件によっては表面に黒錆の被膜が形成され、それ以上錆が進行しなくなります。このような黒錆による不動態の形成がどのように進行するのか、特にその初期過程については、明らかにされていない部分が多くあります。ことに1秒より早い過程では測定手段が無く、被膜の成長過程は多く仮説に基づいていました。
【研究の内容】
東北大学大学院理学研究科物理学専攻 若林裕助教授(東京工業大学元素戦略研究センター特定教授)と藤井宏昌特別研究学生らの研究グループは、大型放射光施設SPring-8の表面界面構造解析ビームラインBL13XUを用いたX線反射率法により酸化被膜の密度と厚さを25ミリ秒の時間分解能で測定しました。通常のX線反射率法は数分以上の時間がかかる手法ですが、試料の特性に合わせた測定法の工夫で1000倍の高速化を達成しました。得られた実験結果をベイズ推定の手法で解析する事で、信号強度の弱い一枚一枚の写真から実際の界面構造を取り出すことができました(図)。
図:(左)20ミリ秒の露光時間で撮影したX線反射率と、ベイズ推定によるフィット。横軸は反射角、縦軸は散乱X線の強度。(右)得られた界面付近の電子密度。横軸は鉄表面からの距離。
できあがった不動態は、従来から考えられていた通り密度の高い内層と密度の低い外層の二層構造でした。内層の形成過程は、被膜形成開始から2秒後以降は従来から提唱されていた理論で完全に説明できましたが、最初の2秒間はこの理論から外れた振る舞いをしました。最初期の0.4秒間は内層の密度が低く、まずは膜の厚さを増加することを優先した成長過程を示すことが明らかになりました。研究グループではこの結果をもとに、金属鉄から黒錆ができる原子スケールのメカニズムを提案しました。
本研究では、鉄や多くの金属材料の表面を保護している不動態被膜の形成過程を実験的に観測し、その原子レベルでの成長過程を解明しました。従来の理論は確かに殆どの「遅い」過程を説明しますが、被膜が成長し始める最初期の状況を説明できない事を明らかにしました。また、固体と液体の界面で進行する化学反応を、生成物の空間分布から実時間観測する手法を提示しました。今後、物理的な理解が難しい固液界面の化学反応に関する研究に新しい情報が加わる事が期待されます。
本研究の一部は、東京工業大学が受託する文部科学省元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>(課題番号 JPMXP0112101001)で行われました。
【用語解説】
(注)高速X線反射率測定:
通常のX線反射率測定では装置が機械的に動く必要があるため、どれほど強いX線を用いても数分以上の時間が必要であった。表面の実時間観測のために機械的な動作なしに反射率を測定できる手法が何種類か提案されており、これらの手法では用いるX線の強度を増やす事で高速測定が可能になる。今回はさらに、弱い信号からも情報を取り出せるように解析法にベイズ推定を用いた。
【問い合わせ先】 <報道に関すること> 東京工業大学 (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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