大型放射光施設 SPring-8

コンテンツへジャンプする
» ENGLISH
パーソナルツール
 

ガラス状態における分子運動の不均一性を「ずり」で解消 -摩擦・応力下でも丈夫な素材の開発に貢献-(プレスリリース)

公開日
2020年03月17日
  • BL29XU(理研 物理科学I)

2020年3月17日
理化学研究所

 理化学研究所(理研)放射光科学研究センター放射光イメージング利用システム開発チームの星野大樹研究員、香村芳樹チームリーダーらの研究チームは、X線光子相関分光法(XPCS)[1]を用いて、ガラス転移温度[2]付近の「ガラス状態[2]」で見られる分子運動の不均一性が、「ずり[3]」と呼ばれるひずみによって解消される現象の観測に初めて成功しました。
 本研究成果は、摩擦や応力[4]下における分子運動の理解を深めるものであり、外力に対して丈夫な素材の開発に貢献すると期待できます。
 液体と固体の両方の性質を併せ持つガラス状態を定義するのは難しく、いまだに大きな謎の一つとされています。ガラス状態を理解するには、ガラスを構成する分子の運動を理解する必要があり、分子運動の速い領域と遅い領域が混在する不均一性がこのようなガラス状態を特徴づける鍵だと考えられています。
 今回、研究チームは、大型放射光施設「SPring-8[5]」でXPCSを用い、ガラス転移温度付近におけるポリ酢酸ビニル[6]の分子運動をナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)スケールで調べました。その結果、「ずり」によって分子運動の不均一性が解消され、分子運動の速さが均一になることが分かりました。
 本研究は、科学雑誌『Physical Review Letters』のオンライン版に近日中に掲載されます。

<タイトル>
Dynamical heterogeneity near glass-transition temperature under shear conditions
<著者名>
Taiki Hoshino, So Fujinami, Tomotaka Nakatani, Yoshiki Kohmura
<雑誌>
Physical Review Letters
<DOI>
10.1103/PhysRevLett.124.118004

図1

ガラス状態での不均一な分子運動と「ずり」により均一になった分子運動の模式図


※研究チーム
理化学研究所 放射光科学研究センター 利用システム開発研究部門
 物理・化学系ビームライン基盤グループ
  放射光イメージング利用システム開発チーム
   研究員 星野 大樹 (ほしの たいき)
   チームリーダー 香村 芳樹 (こうむら よしき)
可視化物質科学研究グループ
 研究員(研究当時) 藤波 想 (ふじなみ そう)
  特別研究員(研究当時) 仲谷 友孝  (なかたに ともたか)

研究支援
本研究は、JST戦略的創造研究推進事業さきがけ「分子技術と新機能創出」領域(研究総括:加藤隆史)の「コヒーレントX線を用いた摩擦界面ダイナミクス評価手法の確立(研究者:星野大樹)」、革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「超薄膜化・強靱化「しなやかなタフポリマー」の実現(プログラム・マネージャー:伊藤耕三)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(C)「X線光子相関分光法を用いた薄膜dewettingの前駆揺らぎダイナミクスの研究(研究代表者:星野大樹)」による支援を受けて行われました。


背景
 ある種の液体を一定以上の速さで冷やしていくと、粘性が増して急に流れにくくなり、ガラス転移[2]を起こします。ガラス転移を起こした状態は「ガラス状態」と呼ばれ、温度の高い液体に比べると100億倍以上も粘性が大きく、固体のように硬いものの、構成する分子が規則正しく並んだ結晶とは異なり、分子がランダムに位置する液体のような構造(アモルファス構造)をしています。
 液体状態とガラス状態を区別するには、分子運動の違いを指標とすることが有効です。液体状態では、分子運動の速さはほとんど均一なのに対し、ガラス状態では、分子運動の速い領域と遅い領域が混在しており、これを「動的不均一性」と呼びます。20年以上前、計算機シミュレーションを用いた研究により、動的不均一性は「ずり」と呼ばれるひずみを加えることで解消され、分子運動の速さが均一になることが予言されました。しかし、実際にその様子を観測した例はこれまでありませんでした。

研究手法と成果
 研究チームは、大型放射光施設「SPring-8」で、コヒーレント[7]X線による分子運動の測定手法であるX線光子相関分光法(XPCS)を用いて、ポリ酢酸ビニルに分散させたシリカ微粒子の運動をナノメートルスケールで調べました。図1に示すように、ガラス転移温度付近において、さまざまな速度の「ずり」を試料に加えることで、微粒子の運動がどのように変化するかを観察しました。

図1 本研究での測定模式図

図1 本研究での測定模式図

微粒子を分散させたポリ酢酸ビニルを、ステンレス半円筒(上部)とシリコン基板(下部)の間に挟み、下側の基板を一定速度で動かすことで、「ずり」を加える。そこにコヒーレントX線を照射して、散乱像の変化から微粒子の動きを調べる。1µmは1,000分の1mm。

 試料にずりを加えると、微粒子はずりに平行な方向と垂直な方向では異なる運動をします。すると、ずり平行方向に散乱されたX線の方が、ずり垂直方向に散乱されたX線よりも速く揺らぎます。この異方的な揺らぎを解析することで、観察領域におけるずり速度を精密に求めました。
 次に、ずり速度と微粒子の動的不均一性の関係を調べました。ずり速度が小さいときには、運動が速い領域と遅い領域が混在する不均一な分子運動が見られましたが、ずり速度が大きくなるにつれて分子運動の速さは均一になり、動的不均一性が解消されたことが分かりました(図2)。

図2 ずり速度による動的不均一性の変化

図2 ずり速度による動的不均一性の変化

横軸はX線散乱を測定している時間を示す。ピンクの破線矢印で示すように、動的不均一性に対応するピーク高さは、ずり速度が大きくなるほど低くなった。

今後の期待
 ガラス転移は、窓ガラスやコップに使われるようなガラスだけでなく、プラスチックなどの樹脂材料にも広く見られる現象です。材料の構造均一性が品質に大きな影響を与えることは認識されていますが、動的不均一性と品質の関係についてはこれまで注目されてきませんでした。
 本研究で用いた評価手法は、今後、さまざまな材料の品質評価の新たな設計指針になると期待できます。


補足説明

[1] X線光子相関分光法(XPCS)
干渉性の優れたX線(コヒーレントX線)を用いたダイナミクス測定手法。コヒーレントX線を試料に照射して得られる干渉性の散乱像を時分割で取得し、その時間変化から、試料のダイナミクスを解析する。X線の特徴を生かすことで、分子スケールで不透明な試料の内部の動きを調べることができる。

[2] ガラス転移ガラス転移温度ガラス状態
ある種の液体を一定以上の速さで冷やしていくと、粘性が急激に増加し、流れなくなる。これが「ガラス転移」であり、このときの温度を「ガラス転移温度」、ガラス転移を起こした状態を「ガラス状態」と呼ぶ。ただし、冷却速度によってもガラス転移温度は変化し、ガラス転移を「相転移」と考えるかも議論の的となっている。

[3] ずり
物体にひずみを加えて、速度勾配を生じさせること。二つの面で挟まれた流体においては、一方の基板を動かすか、それぞれ反対方向に動かすことでずりが生じる。

[4] 応力
物体が外から力を受けた時、内部に発生する力のこと。

[5] SPring-8
兵庫県播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設。放射光(シンクロトロン放射光)とは、荷電粒子が磁場の中で曲がる際に放射される光の一種。SPring-8では、周回する電子群のサイズが小さいことや高い安定性のため、干渉性の優れたX線が得られる。

[6] ポリ酢酸ビニル
樹脂材料の一つ。ガラス転移温度が30℃付近で、体温程度で軟らかくなる性質があるため、チューイングガムの原料としても使用される。

[7] コヒーレント
干渉性の優れた、位相のそろった波を意味する。



発表者・機関窓口
<発表者> ※研究内容については発表者にお問い合わせください。
理化学研究所 放射光科学研究センター
 利用システム開発研究部門 物理・化学系ビームライン基盤グループ
 放射光イメージング利用システム開発チーム
  研究員 星野 大樹(ほしの たいき)
  チームリーダー 香村 芳樹(こうむら よしき)

<機関窓口>
理化学研究所 広報室 報道担当
 TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715
 E-mail:ex-pressatriken.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

ひとつ前
シンクロトロン技術を使い微小管の構造変化を解明(プレスリリース)
現在の記事
ガラス状態における分子運動の不均一性を「ずり」で解消 -摩擦・応力下でも丈夫な素材の開発に貢献-(プレスリリース)