高精度回転楕円ミラーにより200 nmサイズの軟X線ナノビームを形成 ―タイコグラフィ法による軟X線ナノビーム診断法を確立―(プレスリリース)
- 公開日
- 2020年03月26日
- BL25SU(軟X線固体分光)
2020年3月26日
東京大学
高輝度光科学研究センター
発表のポイント:
◆高精度回転楕円ミラーにより200 nmの軟X線のナノビームの形成に成功しました。
◆タイコグラフィ法による軟X線集光光学系評価法を確立しました。
◆ミラーにより実現された軟X線ナノビームを用いた軟X線分析法の開発が期待されます。
東京大学の三村秀和准教授と竹尾陽子氏、高輝度光科学研究センター(JASRI)の仙波泰徳主幹研究員、大橋治彦主席研究員らのグループは、高精度な回転楕円ミラーを用いた軟X線ナノビーム形成に成功しました。 発表雑誌: |
<研究の背景と目的>
レントゲンにより発見されたX線は、波長が極めて短い「光」です。X線は、病院における診断に利用されているだけでなく、細胞内のDNAやたんぱく質の構造を明らかにし、半導体材料などの先端材料の組成、構造、化学結合状態を調べることができる極めて有用な「光」です。現在、SPring-8では、X線を利用した数多くの分析装置が利用されています。X線分析装置の性能の一部は、照射するX線ビームの強度およびサイズにより決定されます。強度を強くするためには、光源強度を向上させるとともに、光源から発生したX線を高効率かつ小さな領域に集める必要があります。目に見える可視光は、レンズやミラーにより容易に集光することができますが、波長の短いX線を集めることは大変難しく世界中で研究開発が行われています。
この研究の目的は、波長1 nm~10 nmの領域の軟X線を、高効率にナノサイズにまで集光することと、正確に軟X線集光ビームを診断することにあります。軟X線は、炭素などの軽元素の分析に不可欠な光で、現在、東北で建設中の放射光施設においても広く利用可能となる領域です。
<研究内容と成果>
軟X線を集光する技術は、これまでゾーンプレート (注4) と呼ばれる光学素子が多く利用されています。しかしながら、ゾーンプレートを用いた場合、素子のサイズが小さく全てのX線を受光できない点や、素子に入射したX線が集まる割合である「集光効率」が低く、また、波長が異なると異なる距離に集光してしまう「色収差」という問題がありました。
これらの課題はミラーを使うことにより解決できます。波長がより短い硬X線領域や、波長が長い極端紫外光領域ではすでに集光ミラーが実用化されました。しかし、軟X線領域では、ミラーの形状が大きく湾曲しかつ高い形状精度が求められるため、高精度なミラーの作製が難しいという問題があり、ナノ集光ミラーは実用化されていません。
東京大学では、軟X線集光を目的に、9年に亘って夏目光学株式会社(夏目光学)と共同で、回転楕円ミラーと呼ばれる図1に示す竹輪形状のミラーの製造技術開発を進めています。楕円形状をもつミラーの内面でX線が反射することで焦点に集まります。ミラーの製造では、夏目光学の加工技術と東京大学が開発した精密な電鋳技術を組み合わせることでミラーが完成しました。
そこで今回、この高精度に作製したミラーを評価するために、SPring-8の軟X線ビームラインBL25SUに導入し、ミラーにより形成された集光ビームの評価を行いました。図2は、ミラーの集光性能を評価するために構築した専用の装置です。ビームラインの下流に設置されており、竹輪形状の回転楕円ミラーの内面に軟X線を照射し集光しました。また、軟X線のエネルギー(波長)を300 eV(4.2 nm)、400 eV (3.1 nm)、500 eV (2.5 nm) と変化させて実験を行いました。
軟X線ビームの評価は、タイコグラフィ法により行いました。タイコグラフィ法では、X線の集光点の近くで、微細構造をもつ試料を2次元走査させ、下流に設置されたCCDカメラにより、透過X線の散乱パターンをたくさん取得します。そして、位相回復と呼ばれる計算を行うことで、試料の構造と軟X線集光ビームの性能を詳細に評価することできます。
図3は、300eVのときのタイコグラフィ法から得られた試料の透過像(a)と、集光X線の強度分布(b)になります。このように200 nmのサイズの軟X線ナノビームを確認しました。また、軟X線のエネルギーを400 eVと500 eVに変更しても、同じ位置で集光していること(色収差がないこと)を確認しました。さらに、タイコグラフィ法の結果を利用し、回転楕円ミラーの形状誤差も極めて正確に測定をすることができました。
これらの一連の成果は、ミラーにより200 nmの軟X線ナノビームが形成されたことと,正確な集光ビームの診断が可能であることを示しています。
<今後の展開>
SPring-8では、波長がより短い硬X線領域では、高精度ミラーの開発が進められ、それを用いた数多くの分析装置が実用化されています。本研究では、製造が困難とされてきた軟X線領域において、ミラーによるナノ集光が可能であることを示しました。さらに、タイコグラフィ法を用いた軟X線集光ビームの正確な診断により、この光学系におけるアライメント誤差やミラーの形状誤差などの問題点、改善点を調べることができるようになりました。
このことは将来目標とする50 nmサイズの軟X線ビームの形成に向けた研究において大変重要です。最後に、タイコグラフィ法の導入により図3(a)では少なくとも、100nmよりも高い空間分解能が確認でき、軟X線を利用した顕微イメージングにも応用展開できることを示しています。
高い集光効率、小さな集光サイズを両立可能な軟X線集光システムは、SPring-8に限らず多くの放射光施設、例えば東北で建設中の放射光施設への導入も期待されます。
図1 回転楕円ミラーによる軟X線の集光の概要
図2 回転楕円ミラーによる集光実験装置
図3 タイコグラフィ法により測定された試料構造と集光ビームの強度分布
【用語説明】
注1:X線ミラー、回転楕円ミラー
楕円関数が一回転して得られる形状を持つミラー。大開口、高効率でX線を集光可能である。ナノメートルオーダの極めて高い精度で作製されており、目に見える可視光用のミラーに比べて格段に高い加工精度が必要。
注2:大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。
注3:タイコグラフィ法
顕微イメージング技術の一つ。可干渉性のある光をサンプルに照射し得られる散乱パターンを計測する。サンプルを走査させる毎に測定された大量の散乱パターンデータを利用すると、サンプルの構造と集光ビームのサイズや波面誤差といった性能を評価することができる。X線領域では主として顕微鏡として利用されている。
注4:ゾーンプレート
X線集光素子の一つ。光の回折現象を利用しており、溝間隔の異なる円環状の溝構造をX線が通過することで集光する。X線のエネルギー(波長)が異なると集光点が異なる色収差を持つ。また、回折現象を利用しているためロスが大きく集光効率がミラーによる集光よりも大きく劣る。
問い合わせ先: 公益財団法人 高輝度光科学研究センター <報道担当> (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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