ミリ秒X線CTのための放射光マルチビーム化に成功 ~試料の回転要らず動的3D観察を可能に~(プレスリリース)
- 公開日
- 2020年05月13日
- BL28B2(白色X線回折)
2020年5月13日
東北大学多元物質科学研究所
東京学芸大学
筑波大学
高輝度光科学研究センター(JASRI)
科学技術振興機構(JST)
発表のポイント:
●従来のX線CTでは、多くの角度から投影像を取得するために試料を非常に高速に回転する必要があった。
●試料を回転せずにミリ秒オーダーのX線CTの実現を可能にする放射光マルチビーム化技術の開発に世界ではじめて成功した。
●流動性のある試料や生きた生物などの動的3D観察がミリ秒オーダーで可能となり、広い分野への応用展開が期待される。
東北大学多元物質科学研究所の矢代航准教授、東京学芸大学のWolfgang Voegeli准教授、筑波大学 システム情報系の工藤博幸教授、高輝度光科学研究センター(JASRI)の梶原堅太郎主幹研究員らの共同研究グループは、試料を回転せずにミリ秒オーダーのX線CTを実現するための放射光マルチビーム化に世界ではじめて成功しました。本研究成果により、流動性のある試料や生きた生物などの動的3D観察がミリ秒オーダーで可能となり、また、様々な試料環境の導入も可能であることから、物質・生命科学の基礎研究から産業応用に至る広い分野への応用展開が期待されます。 本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 CREST「超圧縮センシングによるミリ秒X線トモグラフィ法の開発」(研究代表者:矢代航、課題番号:JPMJCR1765)の支援のもとに行われました。 【論文情報】 |
研究の背景
X線CTは、医療診断分野においてはCTスキャンの名称で知られている、被写体の投影像を多くの方向から撮影して、被写体の内部まで含めた三次元的な構造を可視化する方法です。日本語ではX線コンピュータ断層撮影法と呼ばれています。
病院のCTスキャナの撮影時間は、通常は数秒~数10秒のオーダーですが、強力な放射光(注1)を用いると、ミリ秒オーダーの時間分解能で試料内部を三次元的に可視化できることが最近実証されました。しかしながら、多くの方向から試料を撮影する必要があるため、試料を非常に高速に回転しなければならず、流動性のある試料への適用や、その場観察のための様々な試料環境の導入が困難であるという問題がありました。
研究成果
矢代准教授らの共同研究グループは、図1に示すような放射光をマルチビーム化するためのX線光学系を開発し、1 ms(ミリ秒)の撮影時間で三次元再構成ができることを世界ではじめて実証しました。X線CTに用いられている透過力の高いX線は、一般に物質との相互作用が小さいため、可視光の鏡による反射のように伝播方向を容易に制御することができません。本研究では、図1左上の形状の薄い単結晶を微細加工により作製し、図1左下のように双曲面上に湾曲させて、図1右のように三段に配置することにより、±70°の投影方向をカバーするマルチビーム光学系の開発に成功しました。
図2左に投影像の例を、また図2右に三次元再構成結果の例を示します。実験は大型放射光施設SPring-8(注2)のビームラインBL28B2の放射光を用いて行いました。この放射光マルチビーム化技術を用いると、多くの方向からの投影像を同時に取得できるため、試料を回転せずにミリ秒オーダーのX線CTが実現できます。なお、図2右の三次元再構成には、わずか数10方向の投影像から画像再構成が可能な最先端の圧縮センシング(注3)に基づくアルゴリズムが用いられています。
今後の展望
本成果により、流動性のある試料や生きた生物などの動的3D観察がミリ秒オーダーで可能となり、また様々な試料環境の導入も可能であることから、物質・生命科学の基礎研究から産業応用に至る広い分野への波及効果が期待されます。例えば、ポリマー材料や接着界面の破壊過程や、生きた昆虫の3D観察による動的バイオミメティクス(注4)研究など、様々な応用展開を期待しています。
謝辞
本研究で開発したマルチビーム光学系の双曲面単結晶ホルダーは、東北大学多元物質科学研究所技術室の機械工場において作製されました。
図1. 本研究で開発された放射光マルチビーム光学系。
図2. 放射光マルチビーム光学系を用いて1 msで撮影された投影像の例(左)および32投影像から圧縮センシングにより求められた試料の三次元再構成像(右)(試料:直径50 µmのタングステンワイヤー)。
【用語説明】
(注1) 放射光:電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。
(注2) 大型放射光施設SPring-8:兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。
(注3) 圧縮センシング:信号、画像などに内在する疎性(スパース性)を利用し、非常に少数の観測データから高次元信号を復元する手法。
(注4)バイオミメティクス:生物の構造や機能、生産プロセスを観察、分析し、そこから着想を得て新しい技術の開発や物造りに活かす科学技術のこと(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)。
【お問い合わせ先】 東京学芸大学 自然科学系基礎自然科学講座 筑波大学 システム情報系 高輝度光科学研究センター(JASRI) (報道に関すること) 東京学芸大学 総務部総務課広報室 筑波大学 広報室 科学技術振興機構(JST) 広報課 (JSTの事業に関すること) (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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