固体物質における正三角形の分子の形成をとらえた!(プレスリリース)
- 公開日
- 2020年06月19日
- BL02B1(単結晶構造解析)
2020年 6月19日
名古屋大学
神戸大学
広島大学
【ポイント】
〇 星間物質だけで実現していた「3個の原子が2個の電子を共有」する正三角形分子を、固体物質で初めて観測
〇 半世紀以上も未解決であった物理学の難題「アンダーソン条件1)の実現」を達成
〇 マイナスの電荷によってお互いに避けあう電子の性質を巧みに操ることで、新しい電子や原子の規則構造化に成功
名古屋大学大学院工学研究科の岡本 佳比古 准教授、天野 春樹 大学院博士前期課程学生(当時)、二木 健太 大学院博士前期課程学生(当時)、澤 博 教授(兼 高輝度光科学研究センター 外来研究員)、竹中 康司 教授らの研究グループは、神戸大学大学院理学研究科の播磨 尚朝 教授、広島大学大学院先進理工系科学研究科の長谷川 巧 准教授、荻田 典男 教授、東京大学、国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)との共同研究により、3個の原子が2個の電子を共有する正三角形の分子の形成を、固体の物質において初めて発見しました。 【論文情報】 |
【研究背景と内容】
原子が整然と並んだ固体の物質では、温度が低下すると、よりエネルギーが低く秩序だった状態をとるために、多数の電子が様々な形式で自己組織化します。電子の密度に周期的に濃淡が生じる電荷密度波や、電子が対を形成して動き回る超伝導はその代表例です。このような電子の自己組織化現象を完全に理解することは、物理学における中心的な課題の一つです。パイロクロア構造2)をもつ遷移金属化合物3)は、磁鉄鉱Fe3O44)に代表されるように、多様な電子の自己組織化現象を示す舞台として物性物理学の黎明期からずっと注目されてきました。特に、磁鉄鉱の研究において提案された「アンダーソン条件の実現」は、半世紀以上も未解決である物理学の難問です。
我々の研究グループは、タングステン原子がパイロクロア構造を形成する酸化物CsW2O6において、3個のタングステン原子が2個の電子を共有した正三角形の分子が形成される、これまでに実現していない新しいタイプの電子の自己組織化現象を発見しました。CsW2O6は、セシウム(Cs)とタングステン(W)を含む酸化物です。室温において、CsW2O6の電子はパイロクロア構造上で均一に分布します(図3左)。我々は、この物質の純良な単結晶(図1)を合成し、大型放射光施設SPring-85)のBL02B1における精密なX線回折実験(図2)と、電気抵抗、磁化、比熱、核磁気共鳴、ラマン散乱、反射率といった様々な物理量の測定を行いました。その結果、マイナス58 °C以下で、3個のタングステン原子が2個の電子を共有し、正三角形のW3分子が形成されることを発見しました(図3右)。このような「三中心二電子結合」6)により正三角形の分子ができる例は、一般の分子を含めても、星間物質であるプロトン化水素分子7)だけが知られており、固体物質では世界初です。また、この分子形成は、分数の電子数をもつ状態を上手に利用する(図4)という思いもよらない方法により、アンダーソン条件を満たす電荷秩序8)を初めて実現したと考えられる点で画期的です。分子が形成された状態において、立方晶9)の対称性が保たれることも極めて珍しいです。
なぜCsW2O6においてこのようにユニークな電子の自己組織化現象が起こるのか、についても、電子状態計算と単結晶を用いた物理的性質の測定により解明されつつあります。おそらく、立方晶であるにもかかわらず、電子の状態があたかも一次元物質のように不安定であること、タングステンを含む物質にしては電子間に強い反発力が働くことが重要な役割を果たしています。今後、CsW2O6と同様にパイロクロア構造をもつ物質において、さらなる新しい電子の規則構造や自己組織化現象の実現が期待されます。
【成果の意義】
・星間物質だけで実現していた分子を固体物質で初めて観測
これまで、3個の原子が2個の電子を共有した「三中心二電子結合」により正三角形の分子が形成される例は、プロトン化水素分子が唯一でした。プロトン化水素分子は、星間物質として主に宇宙空間に存在する物質であり、大気中では不安定であることが知られています。今回の研究で、固体物質において初めて三中心二電子結合による正三角形分子を観測したことは、固体物質を利用することで、宇宙空間にしか存在しない分子を、大気中で実現できたことを意味します。固体物質が、これまでに合成されたことがない分子の実現にとって有望であることを示します。
・アンダーソン条件を満たす電荷秩序を非自明な方法で実現
CsW2O6において発見された電子の自己組織化現象は、分数の電子数を利用するという思いがけない方法により、半世紀以上も達成されていなかった「アンダーソン条件」を満たす電荷秩序を実現した点で驚きでした(図4)。アンダーソン条件は、固体の物質において電子の秩序の形成を徹底的に阻害したときに何が起こるのか、という物理学における基本的な問題に直結しており、今回の発見は、我々の想像を超える未発見の電子や原子の秩序構造がまだまだ自然界に存在することを感じさせます。今回の成果が引き金となって、固体物質における電子の秩序構造の形成や自己組織化現象の理解が、一層進むものと期待されます。
【用語説明】
1) アンダーソン条件
パイロクロア構造(図3左)を形成する原子が電荷秩序するとき、クーロンエネルギーを得するため、全ての正四面体が同じ電荷をもつこと。磁鉄鉱Fe3O4における電荷秩序を説明するため、P. W. Andersonにより1956年に提案されたが、Fe3O4を含め、この条件を満たす電荷秩序は発見されていなかった。
2) パイロクロア構造
図3の左図に示した原子の配列。正四面体が頂点を共有して三次元的なネットワークを形成する。
3) 遷移金属化合物
遷移金属元素を含む化合物。d軌道が開殻となっていることが多く、d電子に由来する様々な電子物性が現れる。
4)磁鉄鉱Fe3O4
鉄原子がパイロクロア構造を形成し、電荷秩序を示す最も古典的な物質の一つ。1939年に、E. J. W. Verweyによりマイナス154 °Cで電荷秩序を示すことが報告された。
5)大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。
6)三中心二電子結合
3個の原子が2個の電子を共有した化学結合。ジボランに代表されるホウ素化合物などに現れる。
7)プロトン化水素分子
3個の水素原子核と2個の電子からなる1価の陽イオン。化学組成はH3+。正三角形の形状をもつ。
8)電荷秩序
同じ元素で異なる価数をもつイオンが、周期的に並んだ状態。
9)立方晶
立方体の単位胞をもつ固体の物質が属する結晶系。
問い合わせ先: 【報道連絡先】 神戸大学総務部広報課 広島大学財務・総務室広報部広報グループ (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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