大型放射光施設 SPring-8

コンテンツへジャンプする
» ENGLISH
パーソナルツール
 

原子が振動しながら共有結合が形成されていく様子を直接観測 〜光化学反応において、初期の構造変化を10兆分の1秒単位で追跡〜(プレスリリース)

公開日
2020年06月25日
  • SACLA

2020年6月25日
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構
国立研究開発法人理化学研究所
公益財団法人高輝度光科学研究センター

本研究成果のポイント
○ 量子ビームを高度に利用することで、光化学反応メカニズムを視覚的に解明する新しい測定手法を開発
○ 原子レベルの空間精度と、100フェムト秒(10兆分の1秒)の時間分解能を持つ測定を行うことで、原子の速い動きの中で結合が形成されて、光化学反応が進行していく様子を、構造変化の軌跡として実験的に可視化することに初めて成功
○ 本手法を用いて光合成等の様々な光化学反応を明確に理解することで、その反応を制御し、より効率よく利用することが可能に

 高エネルギー加速器研究機構(KEK)、韓国科学技術院(Korea Advanced Institute of Science and Technology, KAIST)、韓国・浦項加速器研究所(Pohang Accelerator Laboratory, PAL)、理化学研究所(理研)、高輝度光科学研究センター(JASRI)は、日韓2つのX線自由電子レーザー(XFEL)(*1)施設を用いて、振動を伴って共有結合が形成されていく過程を、初めて直接可視化することに成功しました。
 これは、KEK物質構造科学研究所の野澤 俊介 准教授、深谷 亮 特任助教、一柳 光平 研究員、足立 伸一 教授、KAISTのKim Jong Goo博士、Ihee Hyotcherl教授、理研 放射光科学研究センター ビームライン研究開発グループの矢橋 牧名グループディレクター、 JASRI XFEL利用研究推進室の片山 哲夫 主幹研究員らを中心とした共同研究グループの成果です。本研究は、KEKの放射光実験施設 フォトンファクトリー・アドバンストリング(PF-AR)で行われた研究を基盤として、理研のXFEL施設SACLAとPALのXFEL施設PAL-XFELを利用して行われました。この研究は、2015年に科学雑誌Nature誌に掲載された同研究グループによる研究成果を、さらに精密に解析した続編になります。本成果は、Natureのオンライン版(英国時間6月24日16時、日本時間6月25日0時)、印刷版(6月25日付け)に掲載されました。

発表雑誌:
雑誌名:Nature (2020)
論文題名:Mapping the emergence of molecular vibrations and evolution to covalent
bonds(和訳:分子振動の発生と共有結合への進展の可視化)
著者名: J. G. Kim, S. Nozawa, H. Kim, E. H. Choi, T. Sato, T. W. Kim, K. H. Kim, H. Ki, J. Kim, M. Choi, Y. Lee, J. Heo, K. Y. Oang, K. Ichiyanagi, R. Fukaya, J. H. Lee, J. Park, I. Eom, S. H. Chun, S. Kim, M. Kim, T. Katayama, T. Togashi, S. Owada, M. Yabashi, S. J. Lee, S. Lee, C. W. Ahn, D.-S. Ahn, J. Moon, S. Choi, J. Kim, T. Joo, J. Kim, S. Adachi, and H. Ihee
DOI:10.1038/s41586-020-2417-3

【背景】
 化学反応では、分子の動きによって結合が生まれたり切れたりして分子の形が変化します。2015年に本研究グループは、光によって金属原子にエネルギーを与えると原子の間に結合が生まれ、1兆分の1秒の間に新しい形の分子が生成される化学反応を観測することに成功しました。 しかし実は、原子には1兆分の1秒間隔では見逃してしまうもっと速い動きがあります。私達が暮らしているような温度では、原子は絶えず動いています。その動きは、化学反応が進行して分子全体の形が変わっていくときにも、重要な役割を果たします。
 もし化学反応が起こっているときに、分子中の原子位置の変化を正確に追跡することができれば、化学反応における分子の構造変化を知ることができるだけでなく、その化学反応がなぜ起きて、化学反応後の分子の形がなぜそのような形になるのか、そのメカニズムを明確に解明することができます。しかしながら、これまでは3つの原子2つの結合で構成されるような単純な分子(たとえば、水H2Oや二酸化炭素CO2)であっても、化学反応によって刻々と変化する分子の構造を直接観測することはできませんでした。

【研究内容と成果】
 本研究グループは、より速い原子の動きを計測するためアライバルタイミングモニター(Arrival Timing Monitor)法(*2)という計測手法を用いて、XFEL で測定可能な時間分解能を約500フェムト秒から約100フェムト秒へと改善しました。原子レベルの空間精度で分子の構造を可視化できる時間分解X線溶液散乱測定と、アライバルタイミングモニターを同時に利用することにより、3つの分子2つの分子間結合が関係する複雑な化学反応(*3)であっても、原子の速い動きにより分子結合が形成され、分子の形が変わっていく様子を原子の位置情報として直接観測することができました(図1)。

 これまで、化学反応中における分子構造の変化は、計算によって予想されてきました。また、分子が振動することで、化学反応が進行するというコンセプトも提案されていましたが、実際にそれを原子の位置情報として直接観測した例はありませんでした。
 しかし、本研究では、光により化学反応が始まり原子が動き出す瞬間から、分子の構造を正確に追跡することが可能となりました。その結果、ちょうどサーカスの空中ブランコのように原子同士が近づいたり離れたりする振動を利用することで、原子の間に次々と結合が生まれ、分子の形が複雑に変化していく様子が直接観測されました(図2動画1)。
 本手法を様々な光反応に適用することで、反応を進める原子の動き、反応中の構造変化、化学反応の速度、たどり着く安定な分子の構造、その化学反応のメカニズム等を直接解明することができます。更には、光によって一斉に起きる原子の振動の様子を正確に知ることができ、光化学反応のメカニズムを視覚的に解明することが可能になりました。

【今後の展開】
 本研究で開発された手法によって、光化学反応を駆動する原子の動きを明確かつ直接的に可視化することができました。本手法を用いて光合成等の様々な光化学反応を明確に理解することで、その反応を制御し、より効率よく利用することが可能になります。このような新しい測定技術が基礎化学の可能性を広げ、その発展に大きく寄与することは言うまでもありません。新しい光機能性を持った材料開発や、植物の光合成反応を模倣して光エネルギーを化学エネルギーに変換する人工光合成技術など、光反応に関連する開発研究にとって基盤的観測手法となることが期待されます。
 現在、この測定手法は、X線散乱法を用いることによる原理的な制約から、金のような原子番号の比較的大きな原子を対象としています。研究グループは、より一般的な化学反応のターゲットとなる、炭素、酸素、窒素などのより軽い原子に対しても適用できるよう、さらなる方法論の開発を進めています。

 本研究は、文部科学省X線自由電子レーザー重点戦略研究課題「凝縮系光反応のフェムト秒X線分子動画観測技術の開発」、文部科学省 光・量子融合連携研究開発プログラム「レーザー・放射光融合による光エネルギー変換機構の解明」、日本学術振興会 科学研究費基盤研究S「フェムト秒時間分解X線溶液散乱による分子構造の超高速ダイナミクスの直接観測」(17H06141)、新学術領域研究「高速分子動画法によるタンパク質非平衡状態構造解析と分子制御への応用(高速分子動画)」(19H05782)、新学術領域研究「光合成分子機構の学理解明と時空間制御による革新的光-物質変換系の創製(革新的光物質変換)」(17H06438)、新学術領域研究「ソフトクリスタル:高秩序で柔軟な応答系の学理と光機能」(17H06372)、新学術領域研究「π造形科学:電子と構造のダイナミズム制御による新機能創出」(26102014)の支援を受けて実施されました。


図1 今回の研究で実施された化学反応の可視化(概念図)

図1 今回の研究で実施された化学反応の可視化(概念図)

量子ビームを高度に利用して、光化学反応中の原子の動きを追跡すると、原子の振動を伴って結合が形成されていく様子が明確に観測されました。


図2 今回の研究でわかった、光化学反応がスタートした直後の分子の動き

図2 今回の研究でわかった、光化学反応がスタートした直後の分子の動き
(黄色:金原子、灰色:炭素原子、青:窒素原子、ピコはフェムトの1000倍、ナノはピコの1000倍)


動画 本研究で直接観測することに成功した分子振動の発生と共有結合への進展

動画 本研究で直接観測することに成功した分子振動の発生と共有結合への進展
(URL:https://youtu.be/e8-vdKTD8cY

 左上の分子の動きは、今回、測定された光化学反応の様子です。金原子間の距離が対称的に伸縮する振動を介して、原子間の距離が近づくタイミングで2段階に共有結合が形成され、直線状の分子になる様子が詳細に可視化されています。 右上の表は今回測定されたデータを、横軸を金原子A-B間の距離、縦軸を金原子B-C間の距離としてプロットしたグラフです。S0は光化学反応が起こる前、T1’は光化学反応が進み新しい形の分子になった後を表しています。化学反応が進行するとS0からT1’まで赤い線に沿って分子の形が変わっていきます。赤い線は、「反応経路」と呼ばれています。
 分子構造を表した反応経路の2次元グラフに、その形の分子が持つエネルギーを加えて3次元で表すと右下のグラフになります。3次元グラフの中に描かれた曲面は「ポテンシャルエネルギー曲面(PES)」と呼ばれています。PESを使って今回の光化学反応を見てみると、まず、光が当たる前の分子はS0のPESの底の位置にいます。分子に光が当たると、エネルギーは高くなりますが、構造はまだ保たれているので3次元グラフの中を垂直に上昇することになります。その後、分子は形を変えながらエネルギーを下げ、T1’のPESを谷に沿って滑り落ちていき、底に到達して安定な状態になると分子の形は直線状になります。これまではPESを計算することで、反応経路を予想し、化学反応中の構造変化が議論されてきました。しかし、今回の研究では、計算に頼ることなく、反応経路を実際に測定することに成功しました。


【用語解説】

*1) X線自由電子レーザー(XFEL)
原子からはぎ取られた自由な電子を、線形加速器で加速し磁石で蛇行させてX線(放射光)を発生させ、波長と位相の揃ったレーザー光にしたもの。得られるX線レーザーは10フェムト秒(1フェムト秒は1000兆分の1秒)程度と短パルスの光となる。

*2) アライバルタイミングモニター(Arrival Timing Monitor)法
検出器(タイミングモニター)によってXFELパルスと光学レーザーパルスが試料に到達する時間差を計測し、ショットごとの揺らぎを補正する。これにより、測定データをXFEL光の照射順に並べ替えることが可能となり、時間分解能が向上する。

*3) 金三量体錯体:[Au(CN)2]-3
今回の測定で用いたサンプル。金原子Auに2つのシアノ基 (-CN) が配位したジシアノ金分子3つで構成されている。X線実験の観点から見ると、炭素、窒素と比べ電子数の多い金はX線を強く散乱するので、金三量体錯体は3つの金原子からなる3原子分子として近似できる。そのため、本研究では3つの原子と2つの結合を含む化学反応を研究するためのモデルサンプルとして採用された。基底状態では、金の分子間力によって3つのジシアノ金分子が集合体を作っている。以前の研究では、紫外線を照射すると金原子間に2つの金–金共有結合が形成され、3原子が直線上に並んだ構造に変化することが報告されている。



【お問い合わせ】
<研究内容に関すること>

大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構
物質構造科学研究所
教授 足立 伸一(あだち しんいち)
 TEL: 029-879-6022
 e-mail: shinichi.adachiatkek.jp

<報道担当>
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構
広報室
 TEL: 029-879-6046 FAX: 029-879-6049
 e-mail: pressatkek.jp

国立研究開発法人理化学研究所
広報室 報道担当
 e-mail: ex-pressatriken.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

ひとつ前
市販の熱カソードを用いたコンパクト高性能電子銃 -東北の次世代放射光施設に導入予定-(プレスリリース)
現在の記事
原子が振動しながら共有結合が形成されていく様子を直接観測 〜光化学反応において、初期の構造変化を10兆分の1秒単位で追跡〜(プレスリリース)