大型放射光施設 SPring-8

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強誘電体の傾斜したバンド構造の観測に世界で初めて成功 ―高速・大容量の不揮発性メモリーや人工シナプスの開発に期待―(プレスリリース)

公開日
2020年07月03日
  • BL47XU(光電子分光・マイクロCT)

2020年7月3日
岡山大学
高輝度光科学研究センター
産業技術総合研究所

発表のポイント:
〇スマートフォンなどに用いられるコンデンサー(注1)の基幹材料である強誘電体には、電気分極(注2)によって自発的に電荷の偏りが生じ、これによりダイオードのような電気の流れ方(注3)をすることが分かっています。この動作原理は傾斜したバンド構造(注4)によるものと考えられていましたが、実証されていませんでした。
大型放射光施設SPring-8(注5)の高輝度X線を用い、広角対物レンズを取り入れた新型の硬X線角度分解光電子分光実験により、強誘電体の電気分極に由来する傾斜したバンド構造の観測に世界で初めて成功しました。
〇これにより強誘電体の長年の謎が解けたため電子デバイスの開発が進展し、高速・大容量の不揮発性メモリー(FeRAM)(注6)や、人工シナプス(注7)の実現が期待されます。 。

研究概要
 強誘電体は電荷を蓄えることができる物質で、スマートフォン、パソコンなどに数百個単位で実装されるコンデンサーの基幹材料です。電荷を蓄える機能は強誘電体が自発的に持つ電気分極によるもので、電荷をもつイオンの配列によって電気分極が形成されます。最近になって強誘電体は電荷を蓄えるだけでなく、電気分極によってダイオードのような電気の流れ方をすることがわかってきました。これらの動作原理は傾斜したバンド構造にあるといわれ40年以上前の教科書にもその想像図が描かれていましたが、これまで実証されていませんでした。
 岡山大学、高輝度光科学研究センター(JASRI)、産業技術総合研究所(産総研)、東京工業大学、パリサクレー大学の共同研究グループは、世界で初めて、強誘電体の電気分極に由来する傾斜したバンド構造を観測しました。この成果は電気分極が単一配向した強誘電体薄膜を精密合成し、大型放射光施設SPring-8の高輝度X線を用いた深さ分解測定により実現しました。これにより、強誘電体を用いた高速・大容量の不揮発性メモリー(FeRAM)や人工シナプスの開発が大きく前進するものと期待されます。
 本研究成果は7月1日、英国学術雑誌「Scientific Reports」オンライン版に掲載されました。

論文情報
論文名: Skewed electronic band structure induced by electric polarization in ferroelectric BaTiO3
著者:Norihiro Oshime, Jun Kano, Eiji Ikenaga, Shintaro Yasui, Yosuke Hamasaki, Sou Yasuhara, Satoshi Hinokuma, Naoshi Ikeda, Pierre-Eymeric Janolin, Jean-Michel Kiat, Mitsuru Itoh, Takayoshi Yokoya, Tatsuo Fujii, Akira Yasui, Hitoshi Osawa
雑誌名: Scientific Reports
発行日: 2020年7月3日
doi: 10.1038/s41598-020-67651-w

研究者からのひとこと
 当時博士課程学生だった押目さんが全力で取り組んだ成果です。内容が新しく査読に時間がかかりました。この研究は、多くの先生方との共同研究です。今回初めて、以前よりその存在が推定されていた電気分極を持った強誘電体のバンド構造の傾斜を直接に捉えることができました。これからは新しい電子デバイスのさらなる研究が進むことが期待されます。

発表内容
<現状>

 強誘電体は現代社会において、バーチャル空間における情報通信機器、リアル空間におけるスマートモビリティーに組み込まれる電子デバイスの基幹材料として広く利用されています。強誘電体を用いた電子デバイス産業は長年に渡り日本が世界をリードしてきましたが、この優位性をこれからも保持するためには、たとえばSDGsやパリ協定での国際目標につながる省エネルギー化をも実現させてくれるイノベーションが期待されています。
  強誘電体は自発的な電気分極を有します。そのため電荷を蓄えることができ、さらに電気の流れ方を制御することが可能な材料です。この物性の起源は傾斜したバンド構造(図a)にあるといわれ、40年以上前の教科書にもその想像図が描かれていたにも関わらず、長らくその実証がなされないままデバイス開発が行われてきました。

<研究成果の内容>
 私たちは、電気分極が単一配向した強誘電体薄膜を精密合成し、大型放射光施設(SPring-8)の高輝度X線を用いて深さ分解測定をすると、傾斜したバンド構造を高い精度で観測できるのではないかと考えました。
 SPring-8 BL47XUビームラインには世界に唯一、放射光硬X線とX線照射により飛び出す光電子の角度を保ったまま検出できる広角対物レンズを組み合わせた実験装置があります。従来の装置では、機械的に光電子検出器と試料表面のなす角度を変えることで試料深さの異なる領域から発生する光電子を観測していたため、時間がかかるだけでなく局所領域の精密な測定が困難でした。今回用いた装置では、1マイクロメートル程度に集光させたX線を試料にピンポイント照射することも可能で、局所領域における試料表面から深い部分にかけて八方に飛び出す光電子を角度(深さ情報)に対してワンショットで取り出すことができます(図b)。この測定手法を、電気分極が単一に配向した強誘電体薄膜に適用し電圧を印加することで、強誘電体には傾斜したバンド構造があることを初めて実証できました(図c)。つまり、高品質な薄膜試料合成技術とSPring-8の最先端の実験技術を組み合わせることで実現したものです。

<社会的な意義>
  強誘電体を使った不揮発性メモリーはFeRAMと呼ばれ、ICOCAなどに代表される交通系ICカードに用いられており、動作は高速で電源オフの状態でも情報を保持することができます。現在使われている揮発性メモリー(電源オフと同時に情報が消えるタイプ)の代替には、さらなる高速・大容量化が必要です。今回の私たちの、強誘電体の傾斜したバンド構造の実証により、FeRAMの開発加速が期待されます。また、強誘電体の特異な電気の流れ方はシナプスの情報伝達と似ているため、人工シナプスへの展開が期待されています。これらは私たちの未来社会での暮らしを豊かにしてくれるはずです。
 また、より微小かつ高速で動作する電子デバイスの電子状態分析の推進を促すことが期待されます。

研究資金
 本研究は、日本学術振興会、科学技術振興機構、SPring-8の支援を受けて実施しました(頭脳循環を加速する戦略的国際研究ネットワーク推進プログラムR2705、基盤研究C JP18J14276、さきがけJPMJPR13C4、SPring-8大学院生提案型課題2016B1673、2017B1679、2018A1655)。


【用語説明】

注1:コンデンサー
電荷を蓄えたり放出したりする役割をもつ電子部品。ほとんどの電子機器に用いられている。強誘電体で作られたコンデンサーは、小型(数百マイクロメートル)でたくさんの電荷(1012個~)を貯めることができる。

注2:電気分極
金属は自由に動くことができる電子をもつので、電圧を印加すると電気が流れる。一方誘電体では、大部分の電子が原子核に束縛されているため自由に動く電子が少なく、電気が流れない。しかし誘電体に電圧を印加すると、プラスの電荷を持ったイオン(陽イオン)とマイナスの電荷を持ったイオン(陰イオン)が逆向きにわずかに動き、マイナスとプラスの偏りが誘電体の内部でできる。これを電気分極と呼ぶ。強誘電体は電圧を印加することなく、すでに陽イオンと陰イオンがそれぞれの重心がわずかにずれた状態で並んだ結晶構造になっているため、自発的な電気分極を有している。たとえば結晶の表側に陽イオンが、裏側に陰イオンが偏った状態にあると(この場合、電気分極は表側に向いている。電気分極は、マイナスからプラスの電荷へ引いたベクトルとして定義される。)、表側にマイナスの電荷、裏側にプラスの電荷が生じる。このようにして強誘電体は、表面に電荷を蓄えることができる。

注3:ダイオード
特定の方向にのみ電気を流す電子部品で、コンデンサー同様に多くの電子機器に用いられている。通常のダイオードは部品ごとに電気を流す方向が決まっている。強誘電体でダイオードを作れば、電気分極の向きを変えることで電気を流す方向を変えることができる。

注4:傾斜したバンド構造
物質中の電子は固有のエネルギーを持っている。物質内には1cm3あたり1022~1023個程度の原子が存在するため、同じエネルギーの電子は互いに影響を及ぼし合ってわずかにエネルギーを変化させ、その結果エネルギーに幅が生じる。その幅をもった電子のエネルギー状態をバンド構造と呼ぶ。図aに示すように、強誘電体のバンド構造は電気分極の向きに沿って傾斜している。電気分極はマイナスからプラスの電荷に引いたベクトル量であるが、プラスからマイナスに引いたベクトルは電場に相当する。つまり強誘電体の内部は電圧が印加された状態にある。誘電体内部の電子は電圧によってエネルギー状態を変化させるため、傾斜したバンド構造をとるようになる。

注5:大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。

注6: FeRAM
Ferroelectric Random Access Memoryの略称で、強誘電体を基幹材料として作られたメモリーのこと。電気分極の上向き・下向きをそれぞれ1・0としてデータを管理し、電圧印加により電気分極の向きを変えることで読み込み/書き込みが実行できる。パソコンに内蔵されているほとんどのメモリーは電源オフとともにデータが消えるが、FeRAMは電源オフの状態でもデータは保存される。FeRAMの技術開発は、1980年代米軍からの要請により始まった。

注7:シナプス
ニューロンなどの神経細胞間をつなぎ信号伝達を担っている。人工シナプスとは、神経細胞間でなされる信号伝達と同じ機構で動く電子部品のこと。強誘電体薄膜で作った電子部品には連続的に電気抵抗値を変化させる機能があり、シナプスの機能に似ている。



《問い合せ先》
<研究に関すること>
岡山大学 大学院自然科学研究科
准教授 狩野 旬
TEL:086-251-8107
E-mail:kano-jatcc.okayama-u.ac.jp

(産業技術総合研究所に関すること)
産業技術総合研究所 触媒化学融合研究センター 革新的酸化チーム
主任研究員 日隈 聡士
TEL:029-849-1698
E-mail:hinokuma-sataist.go.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:kouhouatspring8.or.jp

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