マイクロ流路を利用して、多孔性材料の生成メカニズムを解明 -結晶生成における各配位子の役割解明-(プレスリリース)
- 公開日
- 2020年07月11日
- BL14B2(産業利用II)
2020年7月11日
関西学院大学
東京農工大学
高輝度光科学研究センター
科学技術振興機構
《ポイント》
・マイクロ流路を含む測定法を新たに開発し、多成分系MOFの核生成過程が多段階で進行することを解明しました。
・複数種の成分が存在する反応溶液中で、2種類の配位子がそれぞれ結晶生成を促進、抑制する働きがあることがわかりました。
・自在な構造設計が可能なMOFを効率的に合成するための合成条件検討の役に立つと考えられます。
関西学院大学の田中陽子氏、田中大輔准教授らと、東京農工大学の川野竜司准教授ら、高輝度光科学研究センター(JASRI)の本間徹生主幹研究員、京都大学の高谷光准教授、甲南大学の鶴岡孝章准教授の研究グループは、マイクロ流路注1を利用して金属-有機構造体(MOF)の生成メカニズムを解明することに成功しました。 《論文タイトル》 |
《研究の背景と経緯》
脱水、脱臭などの役に立つ活性炭、シリカゲルなどの多孔性材料に並び、新しい多孔性材料として金属有機構造体(Metal-Organic Framework:MOF)が近年、活発に研究されています。金属と架橋配位子の組み合わせによって、応用に合わせた構造を作ることのできる設計自由度の高さが他の多孔性材料にはないMOFの特徴であり、気体の貯蔵、分離だけではなく、触媒や電池など幅広い分野への応用も期待されています。近年、MOFの構造に多様性を持たせるために、金属と配位子を複数種(3種類以上)含む多成分系MOFの合成が活発に行われています。しかし、複雑な組成を持つ多成分系MOFが、どのようにして均一な細孔構造を形成するかに関する知見はほとんどありませんでした。MOFの構造が決まる反応の初期段階は核生成過程注5と呼ばれますが、この核生成過程のメカニズムを解明することができれば、どのようにMOFのフレームワークが形成されるかを明らかにすることが可能となり、さらにそれによって望みの細孔構造を持ったMOFを自在に合成することが可能になると考えました。
これまでもMOFの核生成過程のメカニズムについて世界中で多くの研究がなされてきましたが、多成分系MOFの核生成過程については未解明な部分が多く、特に、複数の原料を混ぜたときに、それぞれがどのような役割で働き、結晶化するか、という点についてはほとんど明らかになっていませんでした。
《研究成果》
田中准教授と川野准教授の研究チームは、マイクロ流路を用いて、多成分系MOFの一つであるピラードレイヤー型のCPL-1(Cu2(pzdc)2pyz(pzdc:ピラジンジカルボン酸、pyz:ピラジン))とCPL-2(Cu2(pzdc)2bpy(bpy:ビピリジン))を合成しました(図1)。マイクロ流路の角度や溶液を流す速度を変え、様々な条件で合成したところ、混合条件が結晶生成速度に影響を及ぼすことを明らかにしました。一般的には、素早く混合すると反応が促進されるため、核生成速度が速くなると考えられていますが、CPL-2の場合、流速が速い条件や、溶液の衝突角が急な流路を用いる場合など、素早く混合する条件では、逆に核生成速度が遅いことが明らかとなり、CPL-2は一般的な核生成とは異なる非古典的核生成過程注6で生成することが示唆されました。また、二種類の配位子(pzdcとpyzもしくはbpy)を異なる順番で混ぜても、結晶が析出する速度が変わることがわかりました。このことから、二種類の配位子が核生成において異なる働きを持つ、つまりpzdcは核生成を促進する、pyzもしくはbpyは核生成を抑制する働きがあることが示唆されました(図2)。
さらに、マイクロ流路中での結晶生成メカニズムの解明を試み、新たな測定法を開発しました。SPring-8の本間徹生主幹研究員と京都大学の高谷光准教授との共同研究により、SPring-8の産業利用IIビームライン(BL14B2)で、X線吸収微細構造(XAFS)とマイクロ流路を組み合わせたフローXAFS測定法を開発しました(図3)。この手法では、反応開始直後に対応する、溶液の混合直後の様子を定常的に評価することが可能になります。測定の結果、原料から最終生成物とは異なる中間体が生成することが判明し、CPL-1/2は反応中に中間体の形成を経て生成する多段階核生成によって生成することが解明されました(図4)。
《今後の期待》
MOFは金属と配位子の組み合わせによって、様々な構造を作ることができるため、ターゲットとなる物質に合わせて、貯蔵、分離、触媒など幅広い分野に応用できる可能性がありますが、少しの反応条件の差で異なる構造のMOFが生成し、目的物の合成条件探索に膨大な労力がかかるという問題点がありました。本研究で解明されたMOFの核生成過程の知見によって、結晶化のメカニズムに基づいた反応条件の検討が可能になり、より優れた特性を有するMOFの開発を効率良く進めることができるようになると考えられます。
《研究助成》
本研究は、JST戦略的創造研究推進事業さきがけ(JPMJPR17NA)公益財団法人戸部眞紀財団の支援により行われました。
図1. CPL-1,2の構造とマイクロ流路
a) CPL-1,2の構造の概略図。Cu2+イオンとpzdcがレイヤー(層)を形成し、レイヤー間をpyzもしくはbpyがピラー(柱)として架橋することで、ピラードレイヤー構造が構成されます。b) CPL-1, 2の結晶構造。c) 流路合成の概略図。
図2. マイクロ流路を利用した精密合成
a) 配位子を混合する順番を変えた実験の概略図。二つのマイクロ流路を連結して多段階反応を行い、過塩素酸銅水溶液に対し、2種類の配位子を段階的に反応させました。CPL-1合成において、step1でpzdcを、step2でpyzを混合した場合のb) 10秒後、d) 24時間後の溶液と結晶の様子。逆の順番で混合した場合のc) 10秒後、e) 24時間後の溶液と結晶の様子。配位子の混合順によって結晶の析出する速度と結晶サイズが異なることから、配位子によって結晶生成における役割が異なると考えました。スケールバー:20µm
図3. 開発したXAFS測定用フロー測定装置
a) セットアップ全体の写真。b) 測定部の写真。マイクロ流路(左、銀色)の出口からX線を透過するPEEKチューブ(茶色)が接続されており、混合直後の溶液にX線を照射することで、溶液の状態を直接観測することができます。
図4. 提案する結晶生成メカニズム
a)isol-CPL-1/2とipoly-CPL-1/2という二種類の中間体を含む3段階の結晶生成過程を経て、結晶が生成すると考えられます。b)反応中のエネルギー変化を表した図。pyzやbpyなどのピラー配位子(pyz, bpy)の存在はstep2(isol-CPL-1/2からipoly-CPL-1/2への変化)を抑制し(活性化障壁を上げる)、pzdcの存在は促進する(活性化障壁を下げる)ということがわかりました。
【用語解説】
注1 マイクロ流路
マイクロメートルオーダー程度の微小空間で溶液を混合するためのデバイス。大容量の反応容器で合成を行う場合、熱や濃度むらなどが容器内に発生し、それが原因で不純物の生成につながる場合もあります。マイクロ流路を用いて反応を行うことで、均一に瞬時に溶液を混合することが可能になるため、反応の効率化が見込まれています。
注2 架橋配位子
金属と金属の橋掛けをする働きを有し、金属イオンと2か所以上結合を形成する有機分子の総称。
注3 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われています。
注4 X線吸収微細構造(XAFS)
X線を物質に照射し、吸収量から構造を決定する方法。元素や構造によって、X線の吸収量や吸収するエネルギーが異なるので、分子の構造を決めることができます。
注5 核生成過程
結晶生成過程(結晶が生成する過程)のごく初期過程のこと。結晶生成過程は一般的に核生成過程と結晶生成過程の二段階で進行します。核生成過程では溶液中に微小な粒子である核が生成し、結晶成長過程ではその核を中心として、溶液中の反応物と反応し結晶に成長します。
注6 非古典的結晶生成過程
古典的結晶生成は中間体を生成せずに、原料から一段階で最終生成物の結晶が生成する過程に対して、非古典的結晶生成は、原料とも最終生成物とも異なる構造を有する中間体が生成し、二段階以上で結晶が生成する過程を言います。
《問い合わせ先》 ■東京農工大学企画課広報係 ■メカニズムについて ■JSTの事業について (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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