大型放射光施設 SPring-8

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強制力の働く調和振動子が奏でる光の回折的振る舞い -力学と光学の新たなつながり-(プレスリリース)

公開日
2020年09月11日
  • 加速器

2020年9月11日
理化学研究所
高輝度光科学研究センター

 理化学研究所(理研)放射光科学研究センター先端光源開発研究部門回折限界光源設計検討グループの平岩聡彦研究員、田中均グループディレクター、高輝度光科学研究センター光源基盤部門軌道解析・モニターグループの早乙女光一主幹研究員の共同研究チームは、周期的外力が働く調和振動子[1]として記述される古典的な力学系において、調和振動子の固有振動数[2]がゆっくり変化する場合、外力の周波数に対する力学系の応答が光の回折[3]と同じ振る舞いをすることを見いだしました。
 本研究成果は、力学[4]強制振動[5]光学[6]の回折現象が同一の基礎方程式で記述できる場合があることを示すもので、力学と光学の研究分野に対して新たな視点を提供し、二分野の融合研究を推進すると期待できます。
 本研究の出発点は、次世代のリング型加速器である回折限界光源リング[7]における安全な電子ビーム廃棄手法の検討でした。共同研究チームは、真空チェンバーを破壊しないように、リングに蓄積された高密度電子ビームを微少な周期的キックにより空間的に広げ、密度を低減する方法を検討しました。すると、シミュレーションと物理モデルで電子ビームの振る舞いを詳細に追跡する過程で、周期的外力を受けた廃棄電子ビームの挙動が、光の回折現象と同じ数学的形式で記述されることを発見しました。この成果は、現在東北大学に建設中の次世代放射光施設[8]や大規模改修が見込まれるSPring-8-II[9]に蓄積された高輝度電子ビームの安全で堅牢な廃棄システムの設計に適用されます。
 本研究は、科学雑誌『Physical Review E』の掲載に先立ち、オンライン版(9月10日付)に掲載されました。

論文情報
<タイトル名>
Forced harmonic oscillator interpreted as diffraction of light
<著者名>
Toshihiko Hiraiwa, Kouichi Soutome and Hitoshi Tanaka
<雑誌>
Physical Review E
<DOI>
10.1103/PhysRevE.102.032211

SPring-8(原子力機構専用ビームラインBL22XU)と重イオン加速器

本研究で明らかにされた力学(左)と光学(右)の類似性


背景
 リング型加速器の回折限界光源リングでは、極めて高密度の電子ビームが蓄積・周回しており、その電子ビームを安全に廃棄することが課題の一つとなっています。ビームの廃棄方式としては、「ビームダンプ方式」と「加速パワーオフ廃棄方式」の二つが知られています。
 ビームダンプ方式では、リングの1カ所にビームの廃棄場所(ダンプ)を設け、緊急時も含め廃棄が必要となった時点で、電子ビームをダンプへ導きます。この方式では、電子ビームの通過タイミングに同期した高速のキッカー[10]により、正確にダンプへ電子ビームを蹴り出す必要があります(図1左)。一方の加速パワーオフ廃棄方式は、高周波加速空洞[11]のパワーをオフにして、電子ビームをリング内側の真空チェンバー内壁に衝突させて廃棄します。電子は放射損失[12]により周回ごとにエネルギーを失い、リングの内周側へ徐々に軌道をシフトし、最終的にチェンバーに衝突します(図1右)。

図1 電子ビームの廃棄方法

図1 電子ビームの廃棄方法

ビームダンプ方式では、高速のキッカーをタイミングよくオンにして、周回電子ビームをダンプへ蹴り出す。加速パワーオフ廃棄方式では、加速パワーオフで、電子ビームはリングの内側に向かって徐々に減速され、最終的に内壁に衝突する。


 ビームダンプ方式では、高密度電子ビームを直接蹴り出すため、高速キッカーを安定に動作させる必要性があり、ダンプが損傷しやすいという深刻な問題がありました。さらに、ダンプ設置場所を確保することも困難です。加速パワーオフ廃棄方式では高速キッカーやダンプが不要である一方、真空チェンバーの損傷を防ぐために電子ビームの密度を大幅に低減する必要がありました。
 そこで、共同研究チームは電子ビームの安全な廃棄方法として、真空チェンバーを破壊しないように、高周波加速空洞のパワーをオフにして廃棄する際、リングに蓄積された高密度電子ビームを微少な周期的キック(外力)により空間的に広げ、密度を低減することを検討しました。図2は、新たに検討した方式を模式的に示しています。

図2 新たに提案された電子ビームの廃棄方法

図2 新たに提案された電子ビームの廃棄方法

新しく提案された方式では、加速パワーオフと同期して摂動器により電子ビームを固定周波数で細かく蹴り始める。同時に、電子ビームはリングの内側に向かって徐々に減速され、十分空間的に広がった電子ビームは、設置された電子ビーム吸収体に分散して衝突し、安全に失われる。


研究手法と成果
 共同研究チームは、まず廃棄時の電子ビームの挙動を力学系として扱うための数理モデルを構築しました。モデル構築のポイントは、周期的キックの影響と周回ごとの電子ビームのエネルギー変化を正しく取り込むことです。このため、強制力の働く調和振動子を考え、その固有振動数が時間とともに変化するとして、系の時間発展を記述する運動方程式を立てました。
 一般に蓄積リング[13]を周回する電子ビームには、電磁石の作るポテンシャルによってベータトロンチューン[14]と呼ばれる固有の振動数が備わっています。電子ビームのエネルギーが変化するとベータトロンチューンも変化することから、系の固有振動数の時間による変化を考慮することで、その影響をモデルに取り込むことができます。
 このように定式化した力学系の運動方程式をグリーン関数法[15]を使って厳密に解き、その時間発展を解析的に求めました。周期的外力の作用が最も効果的になるのは、外力の周波数が系の固有振動数すなわちベータトロンチューンと一致したときです(共鳴条件[16])。しかし、高周波加速空洞のパワーオフによって周回とともに電子ビームのエネルギーが変化すると、力学系としての固有振動数も変わってしまうため、共鳴条件を常に満たすことができなくなります。つまり、周期的外力が効果的に廃棄ビームを蹴ることができるのは、共鳴条件近くの限られた周波数幅(エネルギー幅)の間だけということになります。
 今回導出した運動方程式の厳密解は、このことを定量的に記述するものでした。共鳴条件に近いある時間幅の中では、周期的キックの向きがビームの固有振動の向きとそろうことで積算して強め合い、共鳴条件から外れるとビームを効果的に蹴ることができなくなるという力学的な現象を正確に記述していました。
 また厳密解を用いて、この現象を詳しく調べたところ、光学における波の干渉[17]に酷似していることを発見しました。光学では、ある波長の光がスリットを通過すると、後段のスクリーン上に干渉縞[17]を作ります。この波の回折と干渉の現象が、電子ビームの場合の周期的なキックの強め合いに相当しています。強制振動は力学系であり、外力の振動数と調和振動子の固有振動数が共鳴条件を満たせば、系の振幅は増大します。一方、光学系の場合には、光の波の山と山の位相がそろえば強め合います。この両者が、強度に寄与する空間と時間にわたる物理量の位相のずれという概念のもと、光学でフレネル回折現象[18]の記述に用いられるフレネル積分という共通の数学的道具を使って記述できることを見いだしました。
 さらにこの対応関係から、光学においてフレネル数[19]と呼ばれている回折の程度を表すパラメータを力学系でも定義できることを示しました。図3は、フレネル数を変化させていったときの光の回折パターン、およびそれに対応する力学系の応答パターンを示しています。両者は、フレネル数が変化するに伴って、同じ応答を示していることが分かります。このことは、両者が同一の基礎方程式によって記述されることに起因しています。また、表1は光の回折と強制振動の力学系、それぞれのパラメータの対応関係を示しています。

図3 光の回折と強制振動の力学系の外力への応答の類似性

図3 光の回折と強制振動の力学系の外力への応答の類似性

Nf はフレネル数を表し、Ñf は力学系におけるフレネル数に等価な量を表す。光の回折パターンと強制振動のパターンは、フレネル数が変化するに伴って、同じ応答を示していることが分かる。


表1 光の回折と強制振動の力学系のパラメータの対応

表1 光の回折と強制振動の力学系のパラメータの対応

表中のλは光の波長、ΔT は外力が加わっている時間幅、r0 はスリットとスクリーンの間の距離を示す。


さらに、上述した解析結果を踏まえて電子ビーム廃棄時の計算機シミュレーションを行いました。その結果、電子ビームがほぼ解析した予想の通りに振る舞うことや、フレネル数に相当するパラメータが周期的外力の効果を評価する上で有用であることなどを確認しました。また、これらの知見は、次世代放射光施設の蓄積リングに設置する電子ビーム廃棄システムのパラメータ最適化に役立ちました。

今後の期待
 本研究により、力学の強制振動と光学の回折現象が同一の基礎方程式で記述できる場合があることが示されました。本成果は、学術的には力学と光学の二分野の融合研究を推進するものと期待できます。
 また、実用的には、先端リング光源加速器に蓄積された高輝度電子ビームの廃棄システムの設計や粒子加速器における特殊なビーム操作の応答解析、共鳴状態に支配された力学系の応答解析への応用が期待できます。


補足説明

[1] 調和振動子
質点が定点からの距離に比例する引力を受けて、定点を中心として振動する系であり、その運動は解析的に解くことができる。代表的な例としては、振り子の運動やバネに付けた重りの振動が挙げられる。

[2] 固有振動数
ある物体が外部からの力を加えなくても振動を続ける現象を固有振動といい、固有振動数とはその際の振動数を指す。 固有振動数の単位はHzで表され、1秒間に物体が振動する回数で示す。

[3] 光の回折
平行に進行する光が障害物に出会ったとき、幾何学的には到達できない障害物の裏側(影の部分)に回り込む現象。

[4] 力学
物体や機械の運動、またそれらに働く力や相互作用を考察の対象とする学問分野の総称。物理学で単に「力学」といえば、古典力学またはニュートン力学のことを指す場合もある。

[5] 強制振動
時間的に変動する外力・外場の影響を受けることによって、強制的に引き起こされる振動のこと。

[6] 光学
光の振る舞いと性質および光と物質の相互作用について研究する、物理学の一つの分野。 光学現象を説明し、またそれによって裏付けられる。 光学で通常扱うのは、電磁波のうち光と呼ばれる波長域(可視光、あるいはより広く赤外線から紫外線まで)である。

[7] 回折限界光源リング
光は、その波長に応じて回折できる固有の位相空間の大きさであるエミッタンスを持ち、それを回折限界と呼ぶ。光を発生する電子ビームのエミッタンスを、この光の回折限界を下回って小さくしても、そこから発生する光のエミッタンスは回折限界より小さくなることはない。蓄積した電子ビームのエミッタンスを利用する光の固有エミッタンスより小さくし、回折限界に到達した空間的にシャープな光を発生する光源リングを回折限界光源リングと呼ぶ。

[8] 次世代放射光施設
高輝度3GeV(Gは10億)級の放射光源を用いた放射光施設。国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構を国の主体とし、一般財団法人光科学イノベーションセンターを代表機関とする民間・地域パートナーにより、連携して東北大学の青葉山新キャンパスに建設が進められている。2019年度から5カ年で建設し、2024年4月からユーザー運転開始の予定。

[9] SPring-8-II
SPring-8は兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その利用者支援等は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8はSuper Photon ring-8 GeVの略(Gは10億)。SPring-8-IIは、SPring-8の大幅な性能向上を目指したアップグレード計画の俗称。「8-II」には電子ビームの蓄積エネルギーを8 から6 GeVへ下げる(8マイナス2)という意味も込められている。

[10] キッカー
パルス電流により、ダイポール磁場を狭い時間幅で発生し、電子ビームを偏向する電磁石。

[11] 高周波加速空洞
周期的に位相が変化する高周波(電磁波)を、高周波の周波数と共鳴する構造の銅製の空洞内部に蓄積し、電子ビームのタイミングと蓄積した高周波の加速位相を同期させて電子ビームを加速する装置。

[12] 放射損失
蓄積されている電子ビームは偏向磁石で曲げられる(加速度を受ける)たびに、進行方向に電磁波を放射する。電子がリングを一周回する間に、この放射により失う全エネルギーを放射損失という。

[13] 蓄積リング
荷電粒子を平均的に一定のエネルギーで周回させるリング型の加速器。電子や陽電子などの軽い荷電粒子は周回中に加速度を受け、エネルギーの一部を電磁波として放出する。このため、毎周回、加速により失ったエネルギーを補償することで、平均的に一定のエネルギーで蓄積できる。

[14] ベータトロンチューン
蓄積リングを周回している電子は、4極電磁石による収束力の働きで横方向にベータトロン振動を行う。この振動の1周あたりの振動数をベータトロンチューンと呼ぶ。

[15] グリーン関数法
グリーン関数を用いて微分方程式を解くこと。本研究におけるグリーン関数は、調和振動子に対して単位強さの外力がある時刻に瞬間的に働いた場合の解である。任意の外力に対する解は、それぞれのグリーン関数の重ね合わせとして表現される。

[16] 共鳴条件
共鳴とは、物理的な系がある特定の周期で働きかけを受けた場合に、その系がある特徴的な振る舞いを見せる現象であり、共鳴を引き起こす条件を共鳴条件と呼ぶ。

[17] 波の干渉、干渉縞
複数の波を重ね合わせると、山と山の部分はより高く、谷と山が重なると谷が埋まった形となる。波の干渉は、このような現象が空間全体で起こり新しい波の形ができること。位相が異なる光が重なり合うと明るいところと暗いところが縞模様のように発生する。その縞模様の干渉パターンを干渉縞と呼ぶ。

[18] フレネル回折現象
光の回折現象の中で、光源または観測点が、回折物体(スリットなど)から有限の距離にあるため、光を平面波と近似できない場合をいう。フレネル数が1より十分大きくなる場合にフレネル回折が生じる。

[19] フレネル数
光学においてスリットを通過した光の回折パターンを区分するパラメータで、光の波長、スリット間隔、スリットとスクリーン間の距離を使って表される。フレネル数は、光の回折および力学系の応答におけるモードの数を表している。



発表者・機関窓口
<発表者> ※研究内容については発表者にお問い合わせください。
理化学研究所 放射光科学研究センター 先端光源開発研究部門
 回折限界光源設計検討グループ
  研究員 平岩 聡彦 (ひらいわ としひこ) 
    グループディレクター 田中 均 (たなか ひとし)

高輝度光科学研究センター 光源基盤部門
 軌道解析・モニターグループ
  主幹研究員 早乙女 光一 (そうとめ こういち)

<機関窓口>
理化学研究所 広報室 報道担当
 E-mail:ex-pressatriken.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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