260μmの素子に光を照射するだけで852Vの電圧発生 ~発生電圧向上メカニズムを解明~(プレスリリース)
- 公開日
- 2020年09月22日
- BL47XU(光電子分光・マイクロCT)
2020年9月21日
兵庫県立大学
東京理科大学
高輝度光科学研究センター
【研究成果のポイント】
〇 ビスマスフェライトにMnを微量添加することで発生電圧が飛躍的に向上。
〇 -193 ℃において852 V、室温において280 Vの電圧発生を確認。
〇 ビスマスフェライトにMnを添加することで、酸素空孔に起因する準位が減少し、フェルミ準位が低下することを実験的に解明。
兵庫県立大学工学研究科の中嶋 誠二 准教授、藤澤 浩訓 教授、清水 勝 特任教授、東京理科大学理学部 樋口 透 准教授、高輝度光科学研究センター 保井 晃 主幹研究員、木下 豊彦 主席研究員らの共同研究グループはマルチフェロイック材料注1)であるビスマスフェライト(BiFeO3)にMnを微量添加することで、バルク光起電力効果注2)により発生する電圧が飛躍的に向上することを発見し、また発生電圧向上のメカニズムを解明しました。 論文情報 |
研究背景
中心対称性を持たない結晶に光を照射することで発生するバルク光起電力効果は、照射光によるキャリア励起と緩和を繰り返すうちに、バンド構造の非対称性に起因して、キャリアが移動していく「シフト電流」によることが、近年明らかにされ、大変注目されています。このバルク光起電力効果は従来のpn接合型太陽電池とは異なるメカニズムで発電することから、従来の太陽電池の変換効率を凌駕する可能性が示唆されています。新メカニズムの太陽電池を実現するためには、光照射により発生する電流および電圧の両方の向上が重要となります。本研究では、バンドギャップが2.5-2.8 eVと可視光域にあるマルチフェロイック材料のビスマスフェライト(BiFeO3)に着目し、Mnを添加することでその発生電圧向上を試みました。また、その電子構造の変化を大型放射光施設SPring-8注7)、フォトンファクトリー注8)において詳しく調べ、発生電圧向上のメカニズムを解明しました。
研究内容と成果
今回、兵庫県立大学工学研究科の中嶋 誠二 准教授、藤澤 浩訓 教授、清水 勝 特任教授、東京理科大学理学部 樋口 透 准教授、高輝度光科学研究センター 保井 晃 主幹研究員、木下 豊彦 主席研究員らの共同研究グループは図1に示すような極めて単純な素子構造を作製し、Mn添加BiFeO3薄膜のわずか260 µmの幅に青紫色レーザー光を照射するだけで、バンドギャップを越える電圧が発生することを確認しました。その電圧は図2に示すように、室温付近ではMn 1 at%添加BiFeO3において280 Vに達し、-193℃ではMn 0.5 at% 添加BiFeO3薄膜において852 Vに達しました。これは従来のSi太陽電池の発生電圧0.5 Vの約1700倍に相当します。また、その電圧は照射光偏光角を回転させることで852 V~-847 Vの範囲で連続的に変化し、発生電圧の制御が可能であることがわかりました(図3)。これらの結果は、BiFeO3のバンドギャップ2.5-2.8 eVを遥かに超える電圧であり、バルク光起電力効果によるものであることを示しています。また、発生電圧の照射光偏光角依存性は理論式と良く一致することがわかりました。
図1. 作製した素子構造と測定の概略図 |
図2. Mnドープ量の異なるBiFeO3薄膜における発生電圧の温度依存性 |
図3. Mnドープ量0.5 at%のBiFeO3薄膜の-193℃における発生電圧の照射光偏光角依存性 |
次に発生電圧向上のメカニズムを探るためにフォトンファクトリーのBL2Cの放射光を用いた軟X線光電子分光法、軟X線吸収分光法による価電子帯および伝導帯電子構造を詳しく調べました。その結果、図4に示すようにMnドープ量を増やすことで、エネルギーバンド構造が高エネルギー側へ移動していることが分かりました、また、価電子帯直上には酸素欠損が原因と考えられるエネルギー準位が、Mnドープ量を増やすことで消滅していることが分かり、これは、Mnをドープすることで、酸素欠損が電気的特性におよぼす影響が低減されることを実験的に証明したことになります。さらにこれを詳しく調べるために放射光を用いたSPring-8のBL47XUの硬X線光電子分光法によりBi 4f軌道の結合エネルギーのMnドープ量依存性を調べました(図5)。これによればMnドープ量が増えるほどBi 4f軌道の結合エネルギーが低結合エネルギー側に移動していることがわかりました。これは電子が持つ最大エネルギーであるフェルミ準位注9)がMnをドープすることで低下することを実験的に証明したことになります。これらの結果からBiFeO3へMnをドープすることで電子構造が変化し、その結果、光照射により発生する電圧が飛躍的に向上したことを明らかにしました。
今後の展望
これらの結果は、従来のpn接合型太陽電池とは異なる、新たな太陽電池の創出に貢献するものです。また、光で駆動するアクチュエータ等の新規デバイスにも応用できる技術です。今後は、バルク光起電力効果によるエネルギー変換効率の向上を試み、新たな光―電気エネルギー変換メカニズムとして確立することを目指します。
【用語解説】
注1) マルチフェロイック材料
強誘電性、(反)強磁性、強弾性といった複数のフェロイック特性を有する極めて多機能な材料です。
注2) バルク光起電力効果
従来の太陽電池での光起電力効果はp型半導体とn型半導体を接合したpn接合を形成する必要がありますが、バルク光起電力効果は単一材料に光を照射するだけで光起電力が発生します。このメカニズムは長年未解明でしたが、近年「シフト電流」によるものであることが明らかにされ、注目を集めています。
注3) シフト電流
バルク光起電力効果のメカニズムとして、近年明らかになった現象で、結晶構造の非対称性に起因して、電子が光エネルギーによる励起と緩和を繰り返しながら移動していく現象です。従来の太陽電池の変換効率を超える可能性が示唆されており、注目されています。
注4) 軟X線光電子分光法
低いエネルギー(3 keV未満)のX線を物質に照射し、飛び出してきた電子のエネルギーから電子構造を評価する手法です。物質表面の情報が得られ、電気的特性に重要な価電子帯の情報を得ることに適しています。
注5) 硬X線光電子分光法
高いエネルギー(3 keV以上)のX線を物質に照射し、飛び出してきた電子のエネルギーから電子構造を評価する手法です。深い位置(< 20 nm程度)の情報が得られることから、埋もれた界面や物質内部の情報を得ることに適しています。本研究ではAu/BFO界面における測定を実施し、より正確な電子状態変化の観察に成功しました。
注6) 軟X線吸収分光法
X線光電子分光法は電子が存在する準位の情報が得られますが、電子が存在しない準位の情報は得られません。一方、X線吸収分光法は、電子が励起された先の情報が得られます。このことから、半導体や絶縁体の電気伝導に関係する伝導帯の情報が得られる手法です。
注7) 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われています。
注8) フォトンファクトリー
茨城県つくば市にある、大学共同利用機関法人・高エネルギー加速器研究機構(KEK)のつくばキャンパスにある放射光施設です。PFリング(2.5 GeV)、アドバンストリング(PF-AR, 6.5 GeV)という、2つの放射光専用の光源加速器を有し、世界最先端の研究の場を提供しています。
注9) フェルミ準位
物質中に存在する電子がもつ最大エネルギーに相当します。このエネルギーは物質の電気伝導特性を決める重要なパラメータです。
問い合わせ先 機関窓口 東京理科大学 広報部広報課 (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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