圧力で熱電変換材料の大振幅原子振動をコントロール ~熱電変換の高効率化に道筋~(プレスリリース)
- 公開日
- 2020年09月30日
- BL02B1(単結晶構造解析)
2020年9月30日
広島大学
九州大学
筑波大学
【本研究成果のポイント】
◆ 熱電変換材料(1)の高性能化をもたらす大振幅原子振動(ラットリング(2))の起源を解明。
◆ 新規熱電変換材料として期待される硫化銅鉱物テトラへドライト(3)において、加圧によりラットリングを増強させることに成功。
◆ 広島大学自然科学研究支援開発センター低温実験部で独自に開発した10万気圧までの超高圧比熱測定システムと、大型放射光施設SPring-8のビームラインBL02B1におけるダイヤモンドアンビルセルを用いた高圧X線回折が本成果に大きく寄与。
広島大学自然科学研究支援開発センターの梅尾和則 准教授と同大学大学院先進理工系科学研究科の高畠敏郎 特任教授、九州大学大学院総合理工学研究院の末國晃一郎 准教授、筑波大学数理物質系 エネルギー物質科学研究センターの西堀英治 教授の研究グループは、熱電変換材料として期待される硫化銅鉱物テトラへドライトの低い熱伝導率をもたらす大振幅原子振動を圧力によって制御することに成功しました。 【論文情報】 |
【背景】
エネルギー問題の緩和に資する技術として、熱エネルギーを電気エネルギーに直接変換する熱電発電が注目されています。その発電を担う熱電変換材料には、大きな熱電能(ゼーベック係数)(4)、高い電気電伝導率と、低い格子熱伝導率が必要です。このうち、格子熱伝導率が低いことは、材料両端の温度差、つまり電力を保つために必要な性質となります。
1995年に提唱された「phonon-glass electron-crystal」(格子熱伝導はガラス的、電気伝導は結晶的)という指針のもと、格子熱伝導率の低い構造をもつ物質探査が行われ、充填スクッテルダイトやクラスレート(5)などのカゴ状構造をもつ物質が発見されました。それらのカゴ状化合物では、カゴの中の孤立したゲスト原子の大振幅振動(ラットリング)がカゴの格子振動を効果的に乱すことで格子熱伝導率が低下することが知られています。
しかし、2010年代に、カゴ状構造をもたない物質でも、ラットリングが起きることが報告されました。2013年に末國らのグループが熱電材料の候補物質として発見した合成テトラヘドライト(Cu12-xTrxSb4S13、Tr:Mn、Fe、Co、Ni、Zn)では、三つの硫黄(S)原子が作るS3三角形の中心に位置する銅(Cu)原子が三角形の面直方向に非調和大振幅振動(平面ラットリング)しており、そのラットリングがガラス的な格子熱伝導率をもたらしていました。その後同グループは、元素置換を施したテトラへドライトのX線回折と非弾性中性子散乱の実験から、S3三角形の面積が小さい試料ほどCu原子の振幅が大きくなることを明らかにし、このラットリングの発生機構はS原子がCu原子に及ぼす化学的圧力であると推定しました(https://www.jst.go.jp/pr/announce/20180201/index.html)。一方、海外の研究者らは、Cu原子に隣接するアンチモン(Sb)原子のもつ孤立電子(ローンペア)がCu原子のラットリングの起源であるというモデルを提出しており、そのラットリングの起源について結論は出ていませんでした。
図1. テトラへドライト中のS3三角形の面積と銅(Cu)原子の振幅との関係
【研究成果の内容】
本研究では、高密度のテトラへドライトCu10Zn2Sb4S13焼結体に対して、広島大学自然科学研究支援開発センター低温実験部に設置された3He冷凍機で冷却し、同低温実験部で独自に開発した圧力下比熱の絶対値を高精度に測定できるシステムで3万気圧までの比熱を測定しました。さらに、大型放射光施設SPring-8のビームラインBL02B1でダイヤモンドアンビルセルを用いた高圧X線回折により、1.9万気圧までの結晶構造の圧力変化を調べました。
図2(b)に、いろいろな圧力下で測定したCu10Zn2Sb4S13の比熱Cを温度の3乗で割ったC/T 3の温度変化を示します。参考のため、典型的なカゴ状化合物であるクラスレート(Ba8Ga16Sn30)の結果(a)も合わせて載せています。4 K付近のC/T 3のブロードな山はラットリングに起因し、その山の温度がラットリングを引き起こすために必要な特性エネルギーに対応します。カゴ状化合物であるBa8Ga16Sn30では、C/T 3のブロードな山は圧力増加とともに単調に高温側へ移動しています。このことは、加圧するとカゴの体積が減少することで、ゲスト原子(Ba)の振動エネルギーが増加することを示しています。一方、テトラへドライトの場合、C/T 3の山は0.7万気圧(0.7 GPa)までは低温側にシフトしました。圧力下の結晶構造解析の結果と合わせた考察から、ラットリングの特性エネルギーが低下することは、Sb原子のローンペアによる効果では説明できず、加圧によってS3三角形の面積が低下し、S原子からの化学的圧力が増すことでCu原子がラットリングし易くなるという解釈が妥当であることが分かりました。
さらに興味深い点は、圧力が増すとテトラへドライトのC/T 3の高さが急激に低下し、わずか2万気圧で常圧の1/4以下まで減少することです。これは、6万気圧以上の高圧下でもC/T 3の山が残っているBa8Ga16Sn30の結果とは対照的です。テトラへドライトのC/T 3の山の急激な低下は、ラットリングの消失を示し、高圧下でCu原子がS3三角形の面外に押し出されたことを示唆します。このことは、S3三角形の面外にCu原子の存在確率があるという1.9万気圧の結晶構造解析の結果とよく符合します。このように、今回の研究では、テトラへドライトのCu原子のラットリングを圧力によりコントロールすることに成功し、その圧力効果からラットリング状態を決めるパラメーターはS3三角形の化学的圧力であることを実験的に証明しました。
図2.いろいろな圧力下における、(a)クラスレートBa8Ga16Sn30と(b)テトラへドライトCu10Zn2Sb4S13の比熱Cを温度の3乗で割ったC/T 3の温度変化。内挿図は加圧によるクラスレート中のカゴと,テトラへドライトのS3三角形中の銅原子の振動の変化を模式的に示したもの。
【今後の展開】
本研究では、熱電変換材料として有望なテトラへドライトの格子熱伝導率抑制の起源である平面ラットリングが外部からの圧力で制御できることを実験的に証明しました。今後、そのような平面配置をもつ物質の探索・設計により、高性能な熱電変換材料が開発されると期待されます。
なお、本研究は、科学技術推進機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)(課題番号JPMJCR16Q6、JPMJCR20Q4)、日本学術振興会の科学研究費補助金(課題番号25400375、18K03518、18H04324、18H04499)の支援の下に行われました。
【参考資料】
(1)熱電変換材料
熱エネルギー(温度差)を電気に直接変換できる材料の総称。
(2)ラットリング
クラスレートなどのカゴ状化合物において、カゴの中の大きな空間で孤立したゲスト原子が大きな振幅で振動する様子が幼児用玩具「ガラガラ(ラットラー)」に似ていることから、ゲスト原子の大振幅振動がラットリングと名付けられた。より一般的には、結晶中で骨格をなす他の原子と化学的に弱く結合している孤立した原子が複数の準安定点を運動する様子を表す。
(3)テトラへドライト
銅(Cu)、アンチモン(Sb)、硫黄(S)から構成される天然に存在する鉱物で、基本的な化学式はCu12Sb4S13。結晶構造は立方晶であるが、CuS4四面体、CuS3三角形、SbS3三角錐からなる非常に複雑な構造である。
(4)熱電能(ゼーベック係数)
金属や半導体に温度差を付けた時、その温度差に比例した電圧が発生する現象をゼーベック効果、また、その比例係数をゼーベック係数または熱電能と呼ぶ。ゼーベック係数が大きい材料の方が、同じ温度差でも発生電圧が高くなり、熱電変換材料としては高性能となる。
(5)クラスレート
シリコンやゲルマニウム、スズなどがつくるカゴ状構造の中に原子や分子を取り込んだ化合物。包摂化合物とも呼ばれる。カゴを形成する原子をホスト原子、内部に取り込まれた原子や分子をゲストと呼ぶ。ゲストはホスト原子と化学的に弱く結合しており、カゴの体積がゲストに比べて大きい場合、以下で述べるラットリングを示す場合がある。
【お問い合わせ先】 九州大学大学院総合理工学研究院 准教授 末國晃一郎 筑波大学数理物質系 エネルギー物質科学研究センター (報道に関すること) 九州大学広報室 筑波大学広報室 (SPring-8 / SACLAに関すること) |
- 現在の記事
- 圧力で熱電変換材料の大振幅原子振動をコントロール ~熱電変換の高効率化に道筋~(プレスリリース)