窒化ガリウムを用いた超高速トランジスタの高出力化・高速化 Society 5.0の実現に欠かせないキーデバイス(プレスリリース)
- 公開日
- 2020年10月30日
- BL25SU(軟X線固体分光)
2020年10月30日
東北大学電気通信研究所
住友電気工業株式会社
高輝度光科学研究センター
【発表のポイント】
● 窒化ガリウムGaNを用いた超高速トランジスタ(GaN-HEMT※1)は、Society 5.0の実現に欠かせない、第五世代移動通信システム(5G)やその次のBeyond 5Gのキーデバイスです。
● GaN-HEMTの高周波動作の決定要因の一つである表面電子捕獲の時空間挙動の直接観測及びそのメカニズム解明に初めて成功しました。
● 得られた成果は、GaN-HEMTの更なる高出力化・高速化につながるものであり、5GおよびBeyond 5Gにおける日本の優位性を支えるものとなります。
Society 5.0の基盤インフラとなる5G・Beyond 5Gの中核を担う超高速トランジスタGaN-HEMTに関し、デバイス動作条件下での電子状態の高精度な時空間観測を可能にするために、オペランド・ナノ時空間分解X線吸収分光※2を開発し、デバイス動作下でのGaN-HEMTの直接観測に初めて成功しました。その結果、GaN-HEMTの特性の決定要因の一つである表面電子捕獲の時空間挙動が初めて解明され、表面電子捕獲の詳細なメカニズムが明らかになりました。さらには、表面保護膜による特性向上のメカニズムをも詳らかにしました。本研究の成果は、GaN-HEMTの更なる高出力化・高速化につながるものです。本研究は、東北大学電気通信研究所の吹留博一准教授らの研究グループと住友電気工業、高輝度光科学研究センターと産官学連携共同研究です。 本研究成果は、10月30日(日本時間)にAmerican Institute of Physicsの科学誌「Applied Physics Letters」に掲載されました。 【論文情報】 |
<背景>
Society 5.0は、少子高齢化および地球環境問題の解決や未知なるウイルス感染抑制と活発な社会経済活動の両立を可能とするものとして、その実現が希求されています。Society 5.0に不可欠な基盤インフラが、第五世代移動体通信システム(5G)やその次の世代のBeyond 5Gです。
GaNとAlGaN界面を電子輸送層として用いたトランジスタ(GaN-HEMT)は、Xバンド(数GHz)やミリ波帯(数十GHz)で動作する有望な超高速通信用トランジスタです。GaNとその上に成長させたAlGaNの界面では、電子は二次元的に閉じ込められており、高速で動きます。さらに、GaNはバンドギャップが大きいため、大出力化が可能です。このような優れた特性を有するGaN-HEMTは、次世代通信技術のキーデバイスの一つとなっています。GaN-HEMTに関し、住友電気工業は世界トップシェアを誇ります。
東北大学と住友電気工業は、GaN-HEMTや炭素の二次元結晶であるグラフェンなどの二次元電子系を利用した電子デバイスの共同研究を行ってきています。GaN-HEMTは住友電工により世界で初めて実用化されていますが、更なる高性能化に向けては未だ十分には解決されていない問題があります。最大の問題が、電流コラプス現象です。電流コラプス現象とは、高出力動作させようとするときに、出力電流が時間的に変動したり、低下してしまう現象のことを指します。電流コラプス現象をもたらしている大きな原因の一つが、デバイス表面の電子捕獲です。表面電子捕獲は、産業的にも重要であるばかりでなく、トランジスタ発明の際に勃興した表面物理学における核心的な研究課題です。通常、半導体デバイスの動作機構の解明には、巨視的な電気測定評価法が用いられます。しかし、電気測定評価法では、局所的な情報が得られないため、今回のGaN-HEMTの電流コラプス現象に関与する表面電子捕獲の機構を解明することは困難です。
大型放射光施設SPring-8※3に設置されている軟X線固体分光ビームライン(BL25SU)では、動作しているデバイスの表面状態を高空間分解能(<100 nm)で観測する手法であるオペランド・ナノX線吸収分光装置が確立されています。例として、電圧が印加されたグラフェン・トランジスタやGaN-HEMTの微視的な電子状態の観察に成功しています。このようなオペランド・ナノX線吸収分光は、デバイス表面の電子状態および化学状態の観察に最適である手法です。ただし、この分光は、充分な時間分解能がなく、これまで定常電圧下のみの測定に限られ、実際の高周波動作下での測定は困難でした。
<成果の内容>
今回、電流コラプス現象の原因となっている表面電子捕獲の機構を高周波動作条件下で解明する目的で、GaN-HEMTのオペランド・ナノ時空間分解X線吸収分光を用いた研究を、東北大学、住友電気工業、高輝度光科学研究センターと共同で行いました。
本研究で用いたオペランド・ナノ時空間分解X線吸収分光装置は、電圧印加下で電子状態観察が行える仕様となっています。さらに、今回我々は放射光X線のパルス性を活用したシステムを構築することで、オペランド・ナノX線吸収分光装置に高い空間分解能だけでなく高い時間分解能を賦与することに成功しました(最高分解能:<100 nm、<100 ps)(図1)。また、分光測定と同時に電気特性評価が行える仕様になっています。
このようにして高い時空間分解能が賦与された、GaN-HEMTの表面電子捕獲に関するオペランド・ナノ時空間分解X線吸収分光を用いた研究結果を図2に示します。この結果から、印加電圧を切った直後のゲート電極近傍においてのみ、測定スペクトルが弱化することが分かります。
このスペクトルの強弱は、表面Ga原子の共有結合度により決まります。こののスペクトルの弱化から言えることは、
Ga+ + e- = Ga
のような電気化学反応が、印加電圧を切った直後のゲート電極近傍においてのみ起こることを意味します。今回の観測結果から、我々は、表面電子捕獲の時空間的挙動を説明する新たなメカニズムを提案することができました(図3)。すなわち、電圧印加直後では表面電子捕獲はゲート電極近傍のみで起こっており、時間が経つとゲート電極から離れた所へ電子がホッピングしていきます。従来の電気的手法を用いたのみの観測では、このような時空間的な挙動を説明するメカニズムを提案することは困難でした。このメカニズムはDC電圧下と高周波電圧下での電流コラプス現象の違いをうまく説明することができ、高周波動作条件下での安定動作を行うための設計に役立つものであると言えます。
<今後の展望>
現在、得られた成果に基づき、電流コラプス現象を考慮した、デバイス・モデリングの研究を進めています。すなわち、従来ブラックボックス的であったモデリングを、機械学習の援用により、固体物性論にもとづいてホワイトボックス的にモデリングする手法を開発しているところです。これにより、デバイス開発者が有する暗黙知もしくはノウハウと呼ばれてきたものを、形式知、すなわち、すなわち言語化することが可能となります。この言語化は、デバイス開発者と物性研究者が同じテーブルの上で議論することを可能とし、新たなデバイスを生む土壌を醸成するものとなることが期待されます。
本研究は、東北大学キャンパス内にて建設中の次世代放射光施設やSPring-8において利用可能なさらに微細で強力なX線ナノビームを用いた産官学連携共同研究の先駆けとなる研究であり、次世代放射光源の必要性を強く示すものです。
本研究の一部は、科学研究費補助金(15H03560, 18K19011, 16H06361, and 19H02590)、総務省戦略的情報通信研究開発事業(SCOPE)、住友電工グループ社会貢献基金、東北大学電気通信研究所共同研究プロジェクトなどにより支援されました。また、オペランド・ナノスケール時空間分解X線吸収分光は、SPring-8の軟X線固体分光ビームライン(BL25SU)にて行われた研究成果です。
図1 今回のオペランド・ナノ時空間分解X線吸収分光の測定概略。
図2 今回のオペランド・ナノ時空間分解X線吸収分光実験結果の概要
(a)観測試料の像、 (b)印加電圧を切る直前のスペクトルの位置依存性、(c)1 µs 秒後 (d) 27 µs 秒後, (e) 34 µs 秒後のスペクトルの依存性。(c)におけるRegion II(ゲート電極近傍ドレイン側)のスペクトルのみ弱化している。
図3 表面電子捕獲の時空間挙動を説明するメカニズム
<用語解説>
※1 GaN-HEMT
GaN上にAlGaNを成長させたときに生じる界面のポテンシャルにより二次元的に閉じ込められた電子が、高速に動くことを利用した高速通信用トランジスタです。GaNのバンドギャップが大きいことから、大きな電圧を印加することができ、高速性だけでなく、高出力性も兼ね備えています。GaN-HEMTの携帯基地局用応用などに関し、住友電気工業は世界トップシェアを誇っています。
※2 オペランド・ナノ時空間分解X線吸収分光
オペランド・ナノX線吸収分光とは、光電子顕微鏡(PEEM)を用いてX線吸収分光法に高い顕微機能(分解能:<100 nm)を持たせ、デバイス動作下で行う分光法のことです。これにより、従来、膜の状態でしか測定出来なかった電子状態が、実際にデバイスが動作している状態で機能部位毎に調べることが可能となりました。このような特徴を持つオペランド・ナノX線吸収分光は、基礎科学的だけでなく、産業界からも注目されています。なお、本研究で用いた装置は、SPring-8の軟X線固体分光ビームライン(BL25SU)に設置されているものです。この分光を用いた研究は、GaN-HEMT、グラフェン・トランジスタ、SiCパワーデバイス、さらには電極用材料までにわたる幅広い研究分野まで展開しています。
※3 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある、世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設。その利用支援等は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8ではこの放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究を行っている。
【問い合わせ先】 <報道に関すること> (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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