統合失調症に関わるドパミン受容体の構造解明 ―副作用を抑えた薬の迅速な探索・設計が可能に―(プレスリリース)
- 公開日
- 2020年12月22日
- SACLA
2020年12月22日
京都大学
東北大学
理化学研究所
高輝度光科学研究センター(JASRI)
日本医療研究開発機構(AMED)
京都大学大学院医学研究科 林到炫(イム ドヒョン)助教、岩田想 教授(兼 理化学研究所放射光科学研究センター グループディレクター)、島村達郎 特定講師らの研究グループは、東北大学大学院薬学研究科 井上飛鳥 准教授、同多元物質科学研究所 南後恵理子 教授(兼:理化学研究所放射光科学研究センター 客員研究員)、高輝度光科学研究センターXFEL利用研究推進室 登野健介 グループリーダーらとの共同研究により、ドパミンD2受容体の立体構造を、X線自由電子レーザー(XFEL)1)を用いて解明しました(図1)。ドパミンD2受容体は、ドパミンにより活性化されて情報伝達を行います。ドパミンは、運動調節や意欲・学習などに関わる脳内の神経伝達物質です。脳内のドパミン量が不足するとパーキンソン病になり、過剰になると統合失調症になると考えられています。統合失調症の治療薬はドパミンD2受容体に結合して不活性化します。これらの薬には、近縁の受容体にも作用することで生じる体重増加、眠気、口の渇きなどの副作用が知られています。本研究により、ドパミンD2受容体に薬が結合する部分(ポケット)は、大きく異なる二つの形をとりうることが分かりました。また、ポケットの近くにドパミンD2受容体に特有の空洞が存在することがわかりました。薬が結合するポケットの構造情報は、合理的な新薬の探索・設計に役立ちます。今後は、本研究で解明されたドパミンD2受容体の構造情報を基に、より有効性が高く副作用の少ない治療薬の迅速な開発が可能になると期待されます。本成果は、2020年12月22日に国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。 <論文タイトルと著者> |
図1. (左)脳内ドパミンの働き及びその関連疾患、(右)本研究により明らかになったドパミンD2受容体の立体構造と抗精神薬スピペロンの結合様式
背景
統合失調症は100人に1人程度がかかる精神疾患です。統合失調症の症状には、妄想・幻覚や意欲の低下などがあります。現在、統合失調症の治療薬として主に使用されているのは、非定型抗精神病薬と呼ばれる薬です。これらの薬は、脳に存在するドパミンD2受容体とセロトニン2A受容体という2種類のタンパク質の働きを抑制する(不活性化する)ことで効果を発揮しています。しかし、ドパミンD2受容体やセロトニン2A受容体と類似するセロトニン2C受容体やヒスタミンH1受容体など他のアミン受容体2)にも結合して不活性化することで起こる、口の渇き、眠気、体重増加、高血糖、起立性低血圧などの副作用が存在します。
近年の創薬分野では、標的タンパク質の立体構造を基にした創薬戦略(Structure-based drug design)3)が進められています。私たちは副作用が少ない抗精神病薬の開発に役立てるため、関連する受容体の構造解析研究を進めており、昨年、セロトニン2A受容体の構造を発表しました(Kimura et al. 2019, Nat.Struct.Mol.Biol. 26: 121-128)。本研究では、ドパミンD2受容体の立体構造の解明を試みました。
研究手法・成果
本研究では、抗精神病薬であるスピペロン4)が結合したドパミンD2受容体の不活性型構造を、X線結晶構造解析の手法を用いて決定しました。そのためにはドパミンD2受容体の結晶を取得する必要がありましたが、独自に設計した安定性の高い水溶性タンパク質をドパミンD2受容体の不安定な部分と置換すること、および構造を固定する抗体フラグメントを結合させることで結晶を取得することに成功しました。また、小さな結晶から良好なデータを取得するためには、新世代のX線であるXFELの使用が必須でした。このXFELを利用したデータ測定は、日本のXFEL施設であるSACLA5)で行いました。
解析の結果、ドパミンD2受容体の全体構造やスピペロンが結合しているポケットは、他のアミン受容体と良く似た構造をとっていました。このことは、抗精神病薬が他のアミン受容体にも結合し、副作用を生じる原因の一つであると考えられます。一方で、本研究で決定したドパミンD2受容体の不活性型構造は、外国のグループが発表したドパミンD2受容体の不活性型構造と比べ、ポケットの入り口付近が大きく異なっていました(図2)。この結果は、ドパミンD2受容体は大きく異なる複数の不活性型を持つことを示唆しています。これまで様々な種類の受容体の立体構造が発表されてきましたが、不活性型構造がここまで大きく変化していた例は他では報告されていません。本研究ではさらに、アミン受容体ファミリーで構造が類似しているポケットの隣に、ドパミンD2受容体に特有の空洞が存在することが明らかになりました(図3)。また、セロトニン2A受容体でもアミノ酸の向きを変えることで類似の空洞を形成しうることが示唆されました。以上の結果は、変異体実験の結果からも支持されました。
波及効果、今後の予定
本研究では、統合失調症の治療薬の標的という観点から、ドパミンD2受容体の不活性型構造の解明を目指して研究を進めました。その結果、これまでに発表されていたものとは大きく異なるドパミンD2受容体の不活性型構造を解明できました。また、本研究で新たに見つかった、ドパミンD2受容体に特有の空洞に結合する化合物は、類似する他のアミン受容体には結合しにくいと考えられます。そのため本研究の成果は、副作用の少ない抗精神病薬の合理的な開発・設計に役立つと期待されます。また、ドパミンD2受容体を活性化する化合物は、パーキンソン病の治療薬になります。そのため本研究により取得されたドパミンD2受容体の構造情報は、パーキンソン病の治療薬の合理的な探索・設計にも役立つ可能性があります。
研究プロジェクトについて
本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科学研究費助成事業、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(BINDS) JP20am0101079など、多くの支援を受けています。
<研究者のコメント>
本研究ではドパミンD2受容体の構造解析に成功しました。この構造情報が、将来の新しい薬の開発に役立つことを期待しています。私たちが構造解析研究を行っている受容体は、生命に必須の役割を果たし、また、多くの病気に関与します。今後は他の受容体の構造も解明して研究を発展させ、生命現象の理解や創薬に貢献したいと考えています。
<用語解説>
1)X線自由電子レーザー(XFEL)
X線自由電子レーザーとは、X線領域におけるレーザーのこと。半導体や気体を発生源とする一般的なレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子(自由電子)を利用するため、原理的に波長の制限がない。このため、物質を構成する最小単位である原子とほぼ同じスケールの波長をもつX線のレーザーを発生させることができる。また、カメラのフラッシュのように、非常に短い発光時間(100兆分の1秒程度)のX線を出力することができる。XFELはX-ray Free Electron Laserの略。
2)アミン受容体
分子内にアミノ基を持つ生体アミンの受容体の総称。ヒトでは、ヒスタミン受容体、アドレナリン受容体、ドパミン受容体、セロトニン受容体、ムスカリン性アセチルコリン受容体、微量アミン受容体の各ファミリーが存在する。各ファミリーには数種類のサブタイプが存在する。例えばドパミン受容体には、ドパミンD1受容体からドパミンD5受容体までの5種類のサブタイプが存在する。
3)標的タンパク質の立体構造を基にした創薬戦略(Structure-based drug design)
薬の標的となるタンパク質の立体構造情報を利用し、コンピューターを使って、薬の候補となる化合物を効率良く絞り込む創薬の手法。
4)スピペロン
抗精神病薬の一種。セロトニン2A受容体やドパミンD2受容体などに高い親和性を示す。
5)SACLA
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で兵庫県の西播磨に建設したXFEL施設。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始されている。
6)リスペリドン
抗精神病薬の一種。セロトニン2A受容体やドパミンD2受容体などに高い親和性を示す。
図2 本研究で解明したスピペロン結合型(オレンジ色)と外国のグループが発表したリスペリドン6)結合型(緑色)のドパミンD2受容体の比較。薬が結合するポケットの入り口を細胞外側から見た図。赤矢印は、スピペロン結合型とリスペリドン結合型で構造が大きく異なる部分を示す。
図3 スピペロン結合型(オレンジ色)とリスペリドン結合型(緑色)のドパミンD2受容体の断面図。上が細胞外側になる。赤点線で囲まれた部分が、本研究で見つかったスピペロン結合型ドパミンD2受容体に特有の空洞。
<お問い合わせ先> (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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