銅の簡便な微細化でCO2からメタノールへの変換効率高める触媒を新開発 劣化した触媒の再生技術も実証 ゼロ・エミッション社会実現へ貢献(プレスリリース)
- 公開日
- 2021年01月21日
- BL14B2(産業利用II)
2021年1月21日
茨城大学
東京大学大学院工学系研究科
東京大学大学院総合文化研究科
山形大学
高輝度光科学研究センター
茨城大学大学院理工学研究科(工学野)の多田 昌平 助教、東京大学大学院工学系研究科の菊地 隆司 准教授、同大学院総合文化研究科の内田 さやか 准教授、山形大学学術研究院(大学院理工学研究科担当)の藤原 翔 助教、高輝度光科学研究センター(JASRI)の本間 徹生 主幹研究員らの研究グループは、銅の微粒子形成過程における銅イオンの配位構造に着目して、簡便な新たな方法による銅粒子の微細化に成功し、二酸化炭素(CO2)を高効率にメタノールに変換する触媒を開発しました。さらにこの触媒が、空気中焼成によって再生可能であることを実証しました。 論文情報 |
背景
気候変動対策として二酸化炭素(CO2)の排出削減が世界規模で重要な課題となっており、日本においても、2050年までにゼロ・エミッション社会を実現するという目標を政府が表明しています。ゼロ・エミッションの実現のためには、CO2を効率よく回収・変換し、有効利用する技術が必要不可欠ですが、なかでも近年、CO2からメタノールを効率よく合成する触媒の開発が盛んに進められています(図1)。これは、再生可能エネルギー由来の電力を用いた水の電気分解によって水素を製造し、その水素とCO2からメタノールを合成する試みです。メタノールは燃料や化学製品の原料として重要なだけでなく、化学エネルギーとして貯留が可能で、気象や環境の条件によって影響を受ける再生可能エネルギーに比べて、安定的なエネルギー供給にもつながります。
図1 CO2と再生可能エネルギーを活用したゼロ・エミッション社会の構想.
CO2を原料としたメタノール合成には、触媒として、銅(金属Cu)の粒子を金属酸化物の表面に配置・固定した固体触媒が使用されます。この反応が、銅の表面あるいは銅と金属酸化物の界面で進行すると考えられているためです。このとき、銅の粒子を微細化(10 nm(ナノメートル)以下)することで、銅表面や銅と金属酸化物の界面が幾何学的に広がり、反応場[注1]が拡大して、メタノール合成効率のより高い触媒をつくることができます。しかし、銅の熱不安定な性質上、反応条件下(200-300 ℃、10気圧以上)で簡単に凝集[注2]してしまうため、微細な銅粒子を形成することは困難です。
これまで実用化に至った商用触媒では、化学的な修飾によって反応場の性能を向上させたものが多い一方で、反応場を物理的に広げるという幾何学的アプローチはあまり行われてきませんでした。加えて、使用によって劣化した触媒を再生させる手法を確立できれば、工業触媒として長期運用も可能となります。こうした課題の解決につながる新しい触媒デザインが求められていました。
研究成果
【良好な触媒前躯体の発見】
本研究グループでは触媒前駆体[注3]中の銅イオン(Cu2+)の配位構造に着目しながら銅の微粒子形成過程を調べる中で、良好な触媒前駆体としてMg1-xCuxAl2O4を発見しました。これを水素中で高温処理することで、5 nm前後の銅粒子をアルミン酸マグネシウム(MgAl2O4)表面上に配置させた触媒を作ることに成功しました(図2(a))。貴金属ナノ粒子では5 nm程度のものは多く報告されていますが、卑金属である銅について簡便かつ安定的に5 nm以下の粒子を作る方法を見出したことには大きな意義があるといえます。
図2 (a) 水素処理前後におけるMg1-xCuxAl2O4触媒前駆体の電子顕微鏡像.
(b) 開発した触媒および触媒前駆体中のCu種.
【2種類の八面体[CuO6]クラスターの発見】
大型放射光施設SPring-8[注4]のビームライン(BL14B2)を活用し触媒の検討を進めたところ、銅イオンの導入量の違いにより、延びた形状と縮んだ形状の2種類の八面体[CuO6]クラスター[注5]が存在することがわかりました(図3(a))。特に、Mg1-xCuxAl2O4触媒前駆体中の銅イオン量が少ないとき(x< 0.3)は、縮んだ[CuO6]クラスターのみが形成されます。この縮んだ[CuO6]クラスターだけを含んだMg1-xCuxAl2O4触媒前駆体を水素処理することで、2 nmより小さな銅粒子の形成が可能となることをつき止めました(図2(b)・図3(b))。これは、一般的な銅粒子(10~100 nm)よりも微細であり、高いメタノール合成能を付与した触媒の開発につながるものです。反応場そのものを広げる幾何学的アプローチのみによって、化学的修飾で最適化された商用触媒と同等の性能を達成したことになります。
図3 (a) Mg1-xCuxAl2O4触媒前駆体中に含まれる銅イオン量.
(b) 触媒前駆体を水素処理した後に形成される銅粒子の大きさ.
【開発した触媒の再生処理】
あわせて、研究チームでは、今回開発した触媒の再生処理方法を見つけました。触媒は使用に伴って刻々と劣化してしまいますが、これを空気中で焼成することにより、元のMg1-xCuxAl2O4触媒前駆体に戻ることを実証しました(図2(b))。使用後に壊れてしまう触媒も多い中、基礎研究段階で再生処理方法まで明らかにされている触媒は珍しく、本研究成果について今後の研究の発展および実用化に期待を寄せることができます。
今後の展望
触媒の性能を決定づけるのは、「触媒反応場の広さ」と「反応場そのものの性能」です。本研究では、幾何学的に触媒反応場を広げることに成功しました。今後は、触媒反応場を化学的に修飾することにより、反応場そのものの性能を向上させ、さらに良好な触媒性能を得るため、検討を始めています。
CO2再資源化は官民協調のもと総力戦で取り組むことが必要な技術課題ですが、CO2からのメタノール合成反応は、現状商用プラントが数基設立されているのみであり、国際的にもまだ発展途上の技術です。メタノールが様々な化学物質合成の起点として有望であることを踏まえると、本研究の成果はその大きな一歩を示すものといえます。
【用語説明】
[注1] 反応場:
化学反応が進行する場所です。今回の場合は、銅表面もしくは銅と金属酸化物の界面がこれにあたります。一般的に反応場が増えることは、反応に有利にはたらきます。
[注2] 凝集:
細かい粒子が集まってかたまりになることを指します。粒子の凝集が進むと、粒子の表面積や粒子・金属酸化物界面の長さが減ってしまうため、触媒反応の効率低下を招きます。
[注3] 触媒前駆体:
触媒完成前の安定な物質を指し、触媒の使用・保管状況を精密にコントロールするために使います。実際に反応を開始させる直前に、触媒前駆体から触媒へ変換します。
[注4] 大型放射光施設SPring-8:
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、高輝度光科学研究センター(JASRI)が利用者支援等を行なっています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波です。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われています。
[注5] クラスター:
原子あるいは分子が相互作用によって数個から数十個、もしくはそれ以上の数が結合した集合体を指します。今回の場合、銅イオンと酸素イオンからできるクラスターに着目しています。前駆体中での銅イオンの配置がクラスターの形を決定づけます。
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