超高効率な水の電気分解を実現するナノシート状合金触媒を開発 ―再生可能エネルギーによる水素社会実現へ大きく貢献―(プレスリリース)
- 公開日
- 2021年02月03日
- BL01B1(XAFS)
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
2021年2月1日
京都大学
九州大学
高輝度光科学研究センター(JASRI)
京都大学大学院理学研究科 北川宏 教授、草田康平 同特定助教(研究当時、現:京都大学白眉センター特定准教授)、呉冬霜 同特定研究員らの研究グループは、高活性かつ高耐久性を有する水電解触媒の開発に成功しました。 <論文タイトルと著者> |
ルテニウム–イリジウム(Ru–Ir)合金電極触媒
背景
化学式H2Oであらわされる「水」は唯一の化石燃料フリーの水素(H2)原料です。電気化学的水分解は水からの水素製造で最も使用されている方法ではありますが、地球全体の水素製造のわずか4%にしか達していません。水の電気分解(水電解)はカソード(1)での水素発生反応(HER)とアノード(2)での酸素発生反応(OER:2H2O → 2H2 + O2)の2つの半反応(3)から構成され、特に、最近のイオン交換膜の発展から特に酸性溶液における水電解が注目されています。酸性中では高いプロトン濃度によってHERは容易に促進されますが、OERは触媒作動電位(0.5 M H2SO4中でE > 1.23 V)ではほとんどの金属が溶解してしまうため、技術的課題となっています。OERは1分子あたり4電子、4プロトンが関与する反応で、通常、高い過電圧(4)の下で触媒が必要となり、触媒の長時間の使用が妨げられます。これまでアルカリ環境下でのOER触媒の設計指針はいくつか報告されていますが、酸性条件下での触媒設計指針はまだ少ない状況です。現在はイリジウム(Ir)酸化物だけが、OER反応においてある程度の触媒耐久性を示していますが、300 mV以上の高い過電圧が必要です。一方、ルテニウム(Ru)は最もOER活性が高く、その価格もここ5年間でIrの5分の1~16分の1程度の安価な金属ですが、触媒耐久性に問題がありました。そこで、本研究グループは、水を原料とした水素製造のための、高活性と高耐久性を兼ね備えたRuを基材とするナノ合金触媒の開発を目指しました。
研究手法・成果
水電解において高耐久性のRuを基材とするナノ合金触媒を設計するにあたり、本研究グループはナノ粒子の表面に着目しました。なぜなら、触媒反応は触媒の表面に反応基質(5)が吸着して開始するため、粒子の表面構造が強く影響するためです。また、Ruが溶出する問題においても、表面から溶け出す機構を考えると、一種の表面反応であるため、同様の事が言えます。RuはOER環境下では徐々に酸化して溶出してしまうため、本研究グループは、原子が密に詰まった結晶面(最密面)が露出した構造が最も酸化しにくく触媒耐久性も高いのではないかと考えました。更に、純金属としてより安定なIrを微量加えることで、その耐久性はさらに向上すると考え、これらの考えを統合した、特徴的な珊瑚形状をしたRu–Irナノ合金(RuIrナノコーラル)を液相還元法(6)で合成しました。この触媒はIrがたった6 at%で、3 nm程度の六方最密構造(hcp){0001}面(7)を広く露出したRu-Ir合金ナノシートの集合体です。
このナノ合金の結晶構造は、原子分解能走査透過型電子顕微鏡(8)および大型放射光施設SPring-8(9) のBL02B2における放射光粉末X線回折実験で、OER触媒活性は三電極式測定法(10)で調べました。また、反応中の触媒の変化もSPring-8のBL01B1において、オペランドX線吸収分光実験(11)を行うことで詳細に解析しました。その結果、RuIrナノコーラルは既報のOER触媒よりも1~2桁程度高い活性を示し、その活性は1 mA cm-2の定電流を固定した状態で122時間継続することが分かりました。同条件で球状のRuIrナノ合金粒子を比較した場合、その活性は1時間以内に失われます。また、カソードでのHERにおいても市販のPt触媒と同等の活性を示すことが分かりました。そのため、通常はカソードにPt、アノードにIrO2を使用する水電解が、より安価なRuIrナノコーラル1つででき、その性能もPtとIrO2を使用したセルより向上することが分かりました。この起源はhcp{0001}面が露出したナノコーラル形状にあり、hcp{0001}面は他の結晶面に比べOER環境下で酸化されにくいということが、オペランドX線吸収分光測定と原子分解能電子顕微鏡観察により明らかとなりました。
波及効果、今後の予定
本研究で開発されたRuIrナノコーラルは、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業ACCELで株式会社フルヤ金属が量産について検討を開始しています。OER中の触媒の構造変化を追うことは挑戦的課題でありますが、本研究結果により触媒である金属ナノ粒子の構造を精密に制御することで、酸性溶液中で使用できる高耐久性のOER触媒が設計できることが分かりました。今後は反応中の更に詳細な構造を解析し、高活性の起源を探るとともに、新たに改良された触媒の開発に取り組む予定です。本研究が波及することにより、より安価で高活性且つ高耐久性のOER触媒が開発され、水電解システムの普及に繋がれば、現在、化石燃料を主に原料として生産される水素製造の仕組みに変化が起こり、エネルギーとしての水素の循環型社会の実現につながると考えられます。
研究プロジェクトについて
本研究はJST戦略的創造研究推進事業ACCEL「元素間融合を基軸とする物質開発と応用展開」(研究代表者:北川 宏、プログラムマネージャー:岡部 晃博、研究開発期間:平成27年8月~令和3年3月、JPMJAC1501)、一部はJSPS 科学研究費助成事業 特別推進研究「非平衡合成による多元素ナノ合金の創製」(研究代表者:北川宏、研究開発期間:令和2年8月~令和7年3月)、文部科学省のナノテクノロジープラットフォーム事業の九州大学超顕微解析研究センター「微細構造解析プラットフォーム」の支援を受けて実施しました。
<用語説明>
(1)カソード:
電気分解や電池において、電気化学的に還元が起こる電極です。
(2)アノード:
電気分解や電池において、電気化学的に酸化が起こる電極です。
(3)半反応:
酸化還元反応のうち酸化または還元成分のみを記述した化学反応です。
(4)過電圧:
電気化学反応において、熱力学的に求められる反応の理論電位(平衡電極電位)と、実際に反応が進行するときの電極の電位との差のことです。
(5)反応基質:
化学反応において他の物質と反応して生成物を作る化学種の1つのことです。
(6)液相還元法:
金属ナノ粒子を合成する際によく用いられる合成方法。液体の中で金属イオンを還元してナノ粒子化する合成法です。
(7)六方最密構造(hcp){0001}面:
基本的な結晶構造の一つで、英語名hexagonal close-packedです。その単位格子は正六角柱で表され、この正六角柱の上面および底面の各角および中心と、六角柱の内部で高さ 1/2 のところに 3 つの原子が存在する構造です。底面の中心に位置する原子は、底面の角の 6 原子および上下の各 3 原子(計 12 原子)と接しており、最密充填構造となります。{0001}面はこの構造の結晶面において、正六角中の上面(底面と同義)を意味しており、原子の最稠密面を表します。
(8)原子分解能走査透過型電子顕微鏡:
透過型電子顕微鏡の1つです。集束レンズによって細く絞った電子線プローブを試料上で走査し、各々の点での透過電子を検出することで像を得ます。空間分解能が原子サイズよりも小さいため、原子レベルでの粒子の観察を可能とします。本研究では九州大学超顕微解析研究センターのJEM-ARM200CFを利用しました。
(9)大型放射光施設SPring-8:
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援などは高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われています。
(10)三電極式測定法:
作用電極、参照電極、カウンター電極(対極)の3つの電極を組み合わせて行う電気化学 測定での一般的な測定方法です
(11)オペランドX線吸収分光実験:
「オペランド Operando」という言葉はラテン語で “working”, “operating”という意味を持ち、真の触媒動作条件下で触媒の分光学的評価と触媒活性・選択性の測定を同時に行う手法です。今回は電極触媒試験を行いながらX線吸収分光実験を行いました。
<研究者のコメント>
水素エネルギー社会を実現するためには循環型の水素製造技術が不可欠です。今回の発見はこれまで使用不可能と思われていた耐久性の低い元素の利用を可能にする手掛かりになると考えています。今後は更に高効率且つ耐久性のある触媒開発を進め、水素を活用した循環型社会の実現に貢献していきたいです。
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