無機結晶で柔粘性結晶のような格子ダイナミクスを実現(プレスリリース)
- 公開日
- 2021年02月18日
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
- BL04B2(高エネルギーX線回折)
2021年2月18日
名古屋大学
千葉大学
慶應義塾大学
高輝度光科学研究センター(JASRI)
【ポイント】
〇 相転移温度以下で現れる三角形のモチーフとは異なるジグザグ鎖のモチーフが、相転移温度以上で不規則なパターンをもって現れることを発見
〇 電子線照射下において、ジグザグ鎖のパターンが秒のオーダーで方向と空間的な広がりを変化させるダイナミクスを観測
〇 『無機柔粘性結晶』という新しい機能性材料実現への道を拓く
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院工学研究科の片山 尚幸 准教授、 小島 慶太 大学院博士前期課程学生(兼 高輝度光科学研究センター 外来研究生)、 田村 慎也 大学院博士前期課程学生(当時)、澤 博 教授(兼 高輝度光科学研究センター 外来研究員)らの研究グループは、名古屋大学 未来材料・システム研究所の齋藤 晃 教授と服部 颯介 大学院博士前期課程学生、千葉大学大学院理学研究院の太田 幸則 教授と山口 伴紀 大学院融合理工学府博士後期課程学生、慶應義塾大学理工学部の杉本 高大 助教、高輝度光科学研究センターの小林 慎太郎 博士研究員、尾原 幸治 主幹研究員 との共同研究により、リチウム、バナジウム、硫黄からなる無機結晶が、柔粘性結晶のような格子ダイナミクスを示すことを発見しました。 【論文情報】 |
【研究背景と内容】
原子が規則的に整列した結晶では、低温に下げると結晶中の電子が格子と協力して周期的なパターンを形成することがあります。例えば、電子と格子が協力的に濃淡を生じる電荷密度波や、隣り合う原子間で電子を共有して分子を形成する量体化と呼ばれる現象が代表例です。結晶中で現れるこうした電子と格子の絡み合った秩序状態は低温でのみ安定に存在し、高温に上げると消失すると考えられていました。しかし、近年の構造・物性研究では、低温で現れる格子の周期的な変調が、高温では周期性を失い無秩序化しつつも生き残っていることが様々な系において発見されつつあります。2008年に東京工業大学の細野教授らによって発見され、世界的な研究競争を引き起こした鉄系超伝導体1)においても、超伝導近傍ではこうした格子の無秩序な変調が出現することを示唆する実験結果が報告されており、今日の物性物理研究のホットトピックスとなっています。
今回の研究対象物質であるLiVS2では、バナジウムが二次元三角格子を形成しており、41 ℃以下では、隣り合う三個のバナジウムが凝集して、三量体とよばれる三角形の分子が二次元格子上の至るところで現れます(図1)。我々の研究グループは、41 ℃以上の高温において格子の無秩序な変調構造が現れるか明らかにするために、大型放射光施設SPring-82)のBL04B2ビームラインにおけるX線全散乱実験3)および、同BL02B2ビームラインとあいちシンクロトロン光センター4)のBL5S2ビームラインにおけるX線回折実験5)、名古屋大学超高圧電子顕微鏡施設における走査透過型電子顕微鏡実験6)を行いました。その結果、LiVS2の高温相では、低温で現れる三量体とは異なるジグザグ状の量体化分子が様々な方向を向いて出現しており(図2)、かつ、秒程度の時間スケールで方向と空間的な広がりを変化させるダイナミクスを示すことを明らかにしました(図3)。ジグザグ鎖の伸びる方向は全体としてはランダムですが、同じ方向を向いたジグザグ鎖のまとまりは相転移温度直上で最大となり、サブマイクロメートル程度の非常に長いスケールになるという珍しい特徴があります。また、低温で現れる周期的な格子変調が高温で無秩序化して現れる例は複数の系で見出されていましたが、低温とは異なるパターンが無秩序なパターンとして現れるのは、既存の物質例にはない、本物質のユニークな特徴です。加えて、こうした無秩序パターンが時間空間的に揺らいで現れるダイナミクスを見出した例はこれまでに報告がなく、世界初の発見です。
以上のように、本研究で初めて明らかにされた無秩序な格子変調のダイナミクスは、従来の物質系とは異なる多くの特徴を有しており、鉄系高温超伝導体をはじめとした多くの固体物性の基礎研究に新たな知見を与えるものです。また、今回見出された格子変調のダイナミクスは既存の物質系では見出されていない新しい現象であり、これは液晶など今日のエレクトロニクスを支える機能性材料を生み出してきた「ソフトマター7)」の一種である『柔粘性結晶8)』の特徴そのものです。つまり、本研究には「無機柔粘性結晶」の実現に相当するインパクトがあり、本研究を礎として、新しい機能性材料の開発へとつながることが期待されます。
図1 (a) LiVS2の結晶構造。(b) 低温で現れるバナジウムの三量体。
図2 高温で現れる様々な方向に延びたバナジウムのジグザグ鎖。
青、赤、緑で表した下地の色は、同じ方向を向いたジグザグ鎖の領域を示している。
図3 透過型電子顕微鏡実験で観測した面内のジグザグ鎖領域の広がり。
青、赤、緑の3色は、それぞれ図2で示した青、赤、緑の3色で分類した同じ方向を向いたジグザグ鎖の領域に対応している。
(a)-(c)は同じ領域を1秒おきに測定した結果であり、時間依存して変化してパターンが変化している様子が観測される。
【成果の意義】
・新しいタイプの格子の無秩序変調構造の発見
格子の無秩序な変調構造は、鉄系高温超伝導体を含め幾つかの系で見いだされつつありますが、① 低温相で現れる周期的な変調構造とは異なるパターンとして現れる、② 全体としては無秩序であるが、メゾスコピックスケールの広いまとまりを持っている、③ 格子の無秩序な変調構造が秒という遅い時間スケールでのダイナミクスを伴って現れる、などの特徴は、これまでに研究されてきた様々な物質系にはない本研究対象物質のオリジナルな特徴です。類似した現象は鉄系高温超伝導体をはじめとした複数の遷移金属化合物で見いだされ始めており、これら広範な物質系の基礎研究に大きなインパクトを与えます。
・『無機柔粘性結晶』の実現
ジグザグ鎖のパターンは、その空間的な広がりとジグザグ鎖の伸びる方向を秒のオーダーで変化させます。ジグザグ鎖の「重心位置を変化させずに配向方向が変化する」格子ダイナミクスの特徴は、ソフトマターの一種である『柔粘性結晶』の特徴そのものです。つまり、本研究には『無機柔粘性結晶』の実現に相当する意義があり、今回の研究成果は新しい機能性材料の開発に向けて道を拓くものです。
【用語説明】
1) 鉄系超伝導体
2008年に東京工業大学の細野教授らによって発見されたLnFeAsO1-XFX(Lnは希土類)を代表とする、鉄を含む一連の超伝導体のこと。従来、鉄は磁性を示すことから超伝導には不向きな元素と言われていたが、20-50 K級の高い転移温度を示す超伝導が次々に発見され、世界的な研究競争が巻き起こった。今日では、超伝導相の近傍では電子構造の対称性が自発的に低下する現象が特に注目されている。
2) 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設。高輝度光科学研究センターが利用者支援等を行なっている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことであり、SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
3) 全散乱実験
主に、非晶質・液体などの不規則な原子配列を解析するために行う実験手法のこと。得られた全散乱データをフーリエ変換することにより、二体分布関数(Pair distribution function: PDF)が得られ、本研究では結晶中の局所的な原子の並びを調べるために用いられている。
4) あいちシンクロトロン光センター
付加価値の高いモノづくり技術を支援するため、産業利用を重視した共同利用施設として「知の拠点あいち」内に設置された放射光実験施設。
5) X線回折実験
X線を結晶に照射してその結晶に特有の回折パターンを調べ、結晶の構造解析を行う実験手法のこと。
6) 透過型電子顕微鏡実験
電子線を絞って電子ビームを観察対象の試料に照射し、試料を透過してきた電子を検出し像を得る実験手法のこと。本研究では、秒オーダーのシグナルの変化を連続して観測することにより、ジグザグ鎖のダイナミクスを捉えることに成功している。
7) ソフトマター
高分子や液晶など柔らかい物質の総称。巨大分子や分子の大きな集合を構成要素としてもち、結晶のように長距離の秩序は持たないが、一般に数ナノメートルから数100ナノメートル程度のメゾスコピックな秩序を有している。
8) 柔粘性結晶
液晶と並んで、結晶と液体の中間状態(固液中間相)の名称の一つ。液晶には、構成する粒子の配向に規則性があるものの、3次元的な位置に規則性が存在しない。一方、柔粘性結晶では、3次元的な位置に規則性があるものの、構成する粒子の配向に規則性が存在しない。本研究で得られたジグザグ鎖のダイナミクスは、ジグザグ鎖の重心位置を変化させずに、ジグザグ鎖の配向のみを変化させており、柔粘性結晶に分類される特徴である。
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