材料・デバイスナノ構造の高速X線イメージング技術を開発 - 試料内部のナノ構造変化の動画観察を可能に-(プレスリリース)
- 公開日
- 2021年03月11日
- BL24XU(兵庫県ID)
2021年3月11日
公立大学法人兵庫県立大学
公益財団法人ひょうご科学技術協会
研究成果のポイント
・ フレームレート10 fps以上の高速レンズレス・ナノイメージングを、像再生アルゴリズムと高干渉性(コヒーレント)X線光学系の新規開発により実現
・ X線の高い透過性により、電子顕微鏡では困難な厚い試料を大気圧下で観察
・ 材料やデバイスの機能メカニズムや劣化過程の解明への応用を目指す
兵庫県立大学大学院物質理学研究科の高山裕貴助教(公益財団法人ひょうご科学技術協会放射光研究センター 客員研究員)らの研究グループは、大型放射光施設SPring-8[1]の高干渉性(コヒーレント) X線[2]を利用した、ナノスケールの空間分解能とフレームレート10 fps以上の高速測定の両立を可能とする新規レンズレス・ナノイメージング技術を開発しました。像形成にレンズを用いない為、X線光学素子の加工限界を超える高い空間分解能と明瞭なコントラストを実現でき、X線の高い透過性により、電子顕微鏡では観察できない厚い試料の内部を大気圧下等の自然な環境で非侵襲観察することが可能です。微細構造化が進む材料やデバイスの機能状態・動作中構造評価に本技術を応用することで、高性能化に重要な機能メカニズムや劣化過程の解明に貢献できると期待されます。 論文情報 |
研究支援
本研究は、公益財団法人ひょうご科学技術協会学術研究助成「材料・細胞試料の階層構造可視化に向けた広視野・高分解能X線顕微鏡の開発」(研究代表者: 高山裕貴)及び株式会社東芝研究開発センターの支援の下、実施されました。
研究の背景
材料科学やデバイス加工技術の革新により、ナノメートル(nm、1 nmは10億分の1メートル)スケールの動的構造評価技術の必要性が増しています。ナノ構造の評価には電子顕微鏡が広く用いられていますが、電子線と物質の相互作用が強過ぎるために、軽元素材料であっても100 nmより厚い試料の内部を透過観察することは困難です。そこで、透過性の高いX線の利用が期待されますが、従来のX線顕微鏡ではX線レンズ加工技術の制約による空間分解能の制限や、観察する構造の微細化に伴うコントラストの低下が課題となっていました。
研究グループでは、X線顕微鏡の課題解決に向けて、高干渉性(コヒーレント)X線[2]を活用した、コヒーレント回折イメージング(CDI)法と呼ばれるレンズレス・ナノイメージング技術の開発を進めてきました注1)。CDI法では、試料に干渉性の高いX線を照射してコヒーレントX線回折強度パターンを取得し、位相回復と呼ばれる計算機アルゴリズムを適用して試料像を再生します。一般の顕微鏡のような結像レンズが不要なため、数十~数nmスケールの高い空間分解能が期待できます。更に、試料の電子密度に比例する位相コントラストでの観察が可能なため、微細な構造を高感度かつ定量的に可視化できます。
本研究で想定する非粒子状試料の観察には、走査型CDI法であるタイコグラフィ法が用いられます(図1左)。タイコグラフィ法では、マイクロメートル(μm、1 μmは100万分の1メートル)サイズに集光したX線で照射野の一部が重なるように試料上をスキャンして多数の回折パターンを収集し、照射野の重なった領域の構造が一致するよう反復計算を行うことで試料像を再生します。しかし、試料は測定中静止している必要があること、照射野の移動動作に0.2秒程要することから、数十秒より速い時間分解能の実現は技術的に困難でした。
注1) 2018年6月29日プレスリリース「大気中微粒子試料のナノイメージングを実現」
図1 タイコグラフィ法(左)とマルチショットCDI法(右, 開発手法)の計測方法と可視化情報の模式図。
両手法を相補的に利用することで、広視野の2次元あるいは3次元構造と、局所的な構造ダイナミクスを可視化することができる。
研究手法と成果
タイコグラフィ法の時間分解能を超える高速ナノイメージングを実現するには、試料スキャンを行わずに単一照射野の回折パターンから試料像を再生する必要があります。また、回折パターン1フレームの露光中にも時々刻々と変化する試料構造を適切に扱う位相回復アルゴリズムを開発する必要がありました。研究グループは、試料構造は一般に滑らかに(連続的に)変化することに着目し、時間変化する回折パターンを1フレーム毎ではなく、全フレームを通じて位相回復することで試料構造変化の動画を再構成する「マルチショットCDI法」を考案しました(図1右)。全フレームを通じて位相回復することで、試料構造が連続的に変化するよう制約を課すことができ、信頼度の高い試料像の再生が期待できます。また、アルゴリズム内部で回折パターンをサブフレームに分割して取り扱うことで、より正確な位相回復が可能となりました。
マルチショットCDI法を実現する上でのもう一つの課題は、観察視野の照明方法でした。通常の局所照明光学系では、照明ビームの強度分布が一様ではなく、また、裾野が観察視野外に広がるため(図2右下)、ノイズとなって試料像に重なり、位相回復を妨げるという問題がありました。そこで研究グループは、コヒーレントX線で照明したピンホールの像をゾーンプレート[3]と呼ばれるX線レンズで試料上に縮小結像することで、観察視野のみを限定的かつ均一に照明できる「コヒーレント縮小投影照明光学系」を開発し、大型放射光施設SPring-8の兵庫県IDビームラインBL24XUに設置したCDI装置に実装しました(図2)。本装置では、局所領域の高速観察が可能な開発手法と、広視野観察が可能なタイコグラフィを相補利用することが可能です。
開発手法の有効性をシミュレーションで確認し、溶液中に分散したコロイド粒子の運動をフレームレート100 fps (時間分解能10ミリ秒、1 ミリ秒は1,000分の1秒)、空間分解能80 nmで動画観察できることを実証しました(図3A)。また、粒子の平均的な移動量(平均二乗変位)が1フレーム当たり約3ピクセル(120 nm)と時間・空間分解能に比べて大きい場合でも、自然な像を再生することができました(図3A下)。これらは、試料スキャンが必要なタイコグラフィでは装置動作による計測の遅延を解消したとしても達成できないイメージング性能です。
更に、研究グループは、SPring-8の兵庫県IDビームライン BL24XUに設置したCDI装置で実証実験を行いました。厚さ500 nmのタンタル箔に放射状に加工したナノパターン試料(最小線幅50 nm)を1秒あたり125 nmの速度で並進させながらマルチショットCDI実験を行い、その並進運動の様子を約80 nm線幅の構造まで、フレームレート10 fps (時間分解能100ミリ秒)で動画観察することに成功しました(図3B)。
図2 本研究で開発した縮小投影照明光学系の模式図(左上)と同光学系を備えたCDI装置(左下)。
ピンホールの像をゾーンプレートで縮小結像して試料上に照明する。右の図は、本光学系で形成した照射ビーム像(上、タイコグラフィで実測)と従来光学系による照射ビーム像(下、シミュレーション)の比較。照明の振幅を明度、位相(波面)を色相で表している。
図3 マルチショットCDIの実証実験。
(A) 金コロイド粒子ブラウン運動のシミュレーション。ピクセルサイズ40 nm、フレームレート100 fps (時間分解能10ミリ秒)で可視化。粒子の平均二乗変位は0.64ピクセル/フレーム(上)と3.22ピクセル/フレーム(下)。回折パターンがボケる程の速い運動でも開発手法では自然な像が再生できているが、タイコグラフィでは像質が著しく劣化する。
(B) タンタル製ナノ加工試料の並進運動の可視化実験。ピクセルサイズ42.5 nm、フレームレート10 fps (時間分解能100ミリ秒)。動画は掲載誌のウェブページでSupplementary Movieとして公開されている。
今後の期待
本研究で開発手法の実証に用いたモデル事例は、開発手法が例えば、ナノ粒子の充填による高分子材料の物性改質メカニズムの理解や、IoT向けのマイクロ/ナノ電気機械システム(MEMS/NEMS)のような微細構造化デバイスの機能特性評価へ応用できることを示唆しています。本研究で開発した装置を用いたタイコグラフィ法は、SPring-8兵庫県ビームラインBL24XUで産業界への供用を既に開始しており、開発手法についても産業実装を目指した応用研究を進めています。現在東北で建設が進む次世代放射光やアップグレードが計画されているSPring-8-IIでは、現SPring-8の100倍近いコヒーレントX線が利用可能になるとされており、将来、より高い時間・空間分解能での実用化も期待されます。
補足説明
[1] 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す施設。高輝度光科学研究センターが利用者支援などを行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する強力な電磁波のこと。SPring-8では、遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。
[2] 高干渉性(コヒーレント) X線
コヒーレントX線は位相、すなわち波面のそろったX線のことであり、優れた干渉性を有する。干渉性の高いX線を試料に照射すると、試料を構成する電子によって散乱されたX線が干渉することで、試料の構造を顕著に反映した特徴的なパターン(コヒーレントX線回折パターン)が観測される。これを利用して試料構造を可視化する手法が、コヒーレント回折イメージング法である。
[3] ゾーンプレート
X線の回折現象を利用した「レンズ」であり、円環の幅が外側程狭くなるように同心円状のパターンを加工したものである。X線の集光や結像に利用される。本研究では、ピンホールの像を顕微鏡とは逆に縮小して試料上に結像することで、照明領域を明確に区切り、均一に照明できるX線ビームを形成した。
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