室温、極低圧(~5000 ppm)領域で世界一の性能を示す選択的CO2吸着材 開発とその吸着メカニズム解明 ―脱炭素社会をめざしたDAC法への適用―(プレスリリース)
- 公開日
- 2021年03月18日
- BL43IR(赤外物性)
2021年3月18日
岡山大学
高輝度光科学研究センター
発表のポイント
・二酸化炭素(CO2)の吸着材は、CO2が大規模な気候変動の原因であることや、真空断熱材の開発への応用、分離・貯蔵したCO2活性化のための触媒材料への適用などの目的で開発が求められていますが、現在開発されているものは低圧部での性能の低さや吸着剤の再生過程などに課題があります。
・地球上に多量に存在するゼオライト1)(無機化合物)を用いて、室温・大気中に存在する安定で不活性なCO2に対して極めて高い吸着特性を示す物質の調製に、世界で初めて成功しました。
・環境問題解決への貢献や工業利用など、幅広い活用が期待されます。
岡山大学大学院自然科学研究科の黒田泰重特任教授、大久保貴広准教授、平木英大学院生(博士前期課程)、織田晃さきがけ研究員(研究当時。現:名古屋大学工学研究科助教)らの研究グループは、高輝度光科学研究センターの池本夕佳主幹研究員、森脇太郎主幹研究員らのグループと共同で、地球上に豊富に存在する元素から形成される物質(ゼオライト)を利用することによって、室温・大気中の二酸化炭素(CO2濃度程度の条件下で、安定で反応不活性なCO2に対して極めて高い吸着特性(強塩基以外では世界一)を示す物質の調製に成功し、その吸着機構を大型放射光施設SPring-82)の放射光を利用した実験によって明らかにしました。本成果は、SPring-8のBL43IRを利用した遠赤外線3)吸収スペクトル測定4)、計算化学法といった画期的な方法を組み合わせることによって、初めて成功したものです。本研究の成果は王立化学会(RSC:イギリス)誌「Journal of Materials Chemistry A」に採択され、2月16日、同誌のオンライン版に掲載されました。同誌back cover論文としても採用される予定です。) 論文情報 |
■発表内容
<現状>
産業革命以来、人類が使用するエネルギー量は飛躍的に増加し、そのエネルギーの供給源として主に化石燃料が使用されてきました。その結果増加した大気中のCO2が地球規模での気候変動の一因であるとされ、SDGs6)の一つである大気中のCO2量の削減は人類にとって喫緊の課題となっています。また、今日、CO2に対して高いアフィニティ(親和性)を示す吸着・除去材、貯蔵材、エネルギー消費量減少のための高いCO2吸着能を利用した真空断熱材(例:液体水素輸送などで使用)や、分離・貯蔵したCO2の活性化(メタノールなどの有益な化学物質合成)のための触媒材料への適用などを目指した機能材料の開発が求められています。
現状では、精錬過程や工場の排ガス中に多量に含まれる高い圧力のCO2は、種々の塩基性無機化合物との高温での反応を利用して、炭酸塩としての回収、アミン類の水溶液(酸と塩基)との直接反応を利用した回収法が主流です。しかし、中和反応の際に発生する熱の処理や、強アルカリ溶液の取り扱いも困難であるなどの問題点があります。また、低い圧力のCO2に対しては、MOF(集積型金属錯体)7)などの利用が検討されています。
社会生活一般を考えた場合、“Direct Air Capture(DAC)”法という大気中からのCO2の除去は、ガスの精製や断熱性能の向上やCO2を有益な物質に変化させるための炭素原料とするなどという視点から注目され、MOFなどが候補の物質として、近年、盛んに研究されています。しかし、MOF材料の場合は試料調製が高額であるなどの問題が指摘され、また、室温・低圧[大気中のCO2分圧400 ppm(約0.3 Torr)から人体に害があるとされる5000 ppm(3.9 Torr)の領域]領域でのCO2吸着という点では性能が良くありません。DAC法の開発をめざした、低分圧領域(~5000 ppmレベル)のCO2を室温で吸着させ、その後の分離・再生が可能となる物質開発は、今後、必須となる課題であると考えます。
しかし、このような物質開発は、吸着と再生の絶妙なバランスを満たす必要があるという点を考慮すると、低圧のCO2を室温で吸着し、しかも再生が容易であるという真逆の性質を有する物質は現状ではほとんど見いだされていません。それ故、室温・分圧400~5000 ppm領域の低圧のCO2を分離・固定し、しかも、低エネルギーでの再生が可能であるCO2吸着物質の開発は化学の領域における重要で喫緊の課題の一つです。
<研究成果の内容>
今回、我々が調製した物質(NaCaA-85 A型ゼオライト試料:以下のモデル図参照)は、地球上に多量に存在するアルミノケイ酸塩やアルカリ土類金属イオンから成る極めてシンプルな系であるにも関わらず、室温・低分圧領域で驚くべき吸着特性を示す世界で初めての例であることが分かりました。室温付近400~5000 ppmレベルでCO2に対して選択的に機能し、150 ℃程度の温度で再生可能であり、大気に類似する混合気体からCO2を選択的に分離できるという画期的な性質も有しています。本系CO2の吸着状態は、αケージに存在する8員環と6員環のサイト上にイオン交換された二個のCa2+イオンに、CO2分子がピンどめされたような吸着状態をとることがわかりました。
図 A型ゼオライトのモデル図:
a)構造モデル
b)中心に位置するα細孔とそのサイズおよびイオン交換されたCa2+イオンの位置
c)α細孔中の8員環と6員環上にCa2+イオンがそれぞれイオン交換されたモデル
d)二種類のCa2+イオン上にピンどめされた吸着CO2のモデル
<社会的な意義>
我が国は資源が極めて少ない国で、現在、石油などの炭素源・エネルギー源を海外に依存している現状であり、未来の原料が探索されています。石炭・石油時代を過ぎると、経済的で再生可能な合成炭化水素とその製品の確保が必須となると考えられ、その際にはCO2を利用した炭化水素の合成が重要な過程となります。実際、1994年ノーベル化学賞を受賞したオラー教授らによって、「メタノール経済社会の構築」という提案が2006年頃からなされています。その第一段階として、純度の高いCO2を分離・回収し、そのようにして得られたCO2を有益な化学物質合成(メタノールなど)のための原料とすることができれば画期的なことです。今後、望まれる過程は、このようにして回収された純度の高いCO2を活性化することによってメタノールなどを合成する反応であり、達成できれば「メタノール経済社会の構築」へ貢献できます。
■研究資金
本研究は、JST さきがけ研究および科学研究費 [基盤研究(B & C:16H04118 & 19K05499)]の支援を受けて実施しました。また、SPring-8の研究課題申請による共同利用実験実施の成果でもあります。
■補足・用語説明
1)ゼオライト: 結晶性アルミノケイ酸塩の総称。Si, Al, O, 陽イオン(今回の場合はCa2+)などの地球上に豊富に存在する元素から構成されています。ゼオライトの骨格はSiO4とAlO4四面体構造を基本として形成され、それらが規則正しくつながり、直径が数Å(1 Å = 1×10–10 m)ぐらいの大きさの細孔が存在します。この細孔内に陽イオンが存在し、規則的な細孔と陽イオンの特徴に依存して、ゼオライトの種々の特性が発現します。ゼオライト(沸石ともいわれる)の名称はギリシャ語の沸騰する石に由来します。
2)大型放射光施設SPring-8: 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設。高輝度光科学研究センターが利用者支援等を行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことであり、SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。
3)遠赤外線: 電磁波の一種である赤外線の中で,特に、25 μm~1000 μm(400 cm–1~10 cm–1)の波長(波数)領域にあるものを遠赤外線と呼びます。このうち、SPring-8 BL43IRでは長波長側(低波数側)100 µm(100 cm–1)までカバーします。
4)吸収スペクトル測定:物質にさまざまな波長領域の電磁波(光)をあてて、どの領域の光がどれだけ吸収されるかを測定する方法。その物質の電子の振る舞いや振動状態などに関する情報を得ることができます。
5)ネガティブエミッション技術(NET:Negative Emissions Technologies):Direct Air Capture (DAC)法などを利用した、大気中の400 ppm程度の二酸化炭素(CO2)を直接、分離・吸収する方法によるCO2の除去技術です。CO2の吸着・分離は、ガスの精製や断熱性能の向上やCO2を有益な物質に変化させるための炭素原料とするなどという視点から注目されています。
6)SDGs:「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称。SDGsは2015年9月の国連サミットで採択されたもので、国連加盟193か国が2016年から2030年の15年間で達成するために掲げた目標です。
7)MOF:Metal Organic Frameworkの略称であり、金属カチオンとそれを架橋する多座の配位子によって構成される物質(集積型金属錯体ともいう)です。
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