充電中の円筒型リチウムイオン実電池内で電極反応の 自己組織化パターンを観測(プレスリリース)
- 公開日
- 2021年04月20日
- BL08W(高エネルギー非弾性散乱)
2021年4月20日
国立大学法人群馬大学
公益財団法人高輝度光科学研究センター
成果のポイント
• 電気化学反応下で円筒型リチウムイオン実電池のリチウム反応分布を測定
• 充電中の正極内で電極反応の自己組織化パターンを観測
• 電極反応の基礎的な理解に寄与することが期待される
群馬大学、高輝度光科学研究センターの研究グループは、ラッペーンランタ大学(フィンランド)、ヘルシンキ大学(フィンランド)、カーネギーメロン大学(アメリカ)、ノースイースタン大学(アメリカ)、ならびに電池分析メーカーAkkurate.Oy(フィンランド)との国際共同研究により、大型放射光施設SPring-8*1の高輝度・高エネルギー放射光X線を用いたコンプトン散乱*2実験から、充電中の円筒型リチウムイオン実電池の正極内で電極反応の自己組織化*3パターンの観測に成功しました。 今回の研究成果は、米国物理学協会が発行する応用物理学の速報誌「Applied Physics Letters」でFeatured Articleに選ばれました。論文は2021年4月12日(現地時間)にオンラインで公開されました。 発表雑誌: 本研究の一部は、独立行政法人日本学術振興会科学研究費助成事業基盤研究C(19K05519)の助成を受けて実施されました。 |
<研究の背景>
リチウムイオン電池の性能向上に関する問題として、電極内における不均一なリチウム反応分布の発生があります。不均一な反応分布は、電池の性能を劣化させる要因です。一般に電極は活物質、導電助剤、結着剤などからなる合剤電極が用いられており、複雑な三次元構造を持ちます。合剤電極における反応は、電解液のイオン伝導性や電極の構成などの内的な要因と電池自体の構造や温度などの外的な要因によって支配されるため反応分布の発生メカニズム詳細は、未だ完全に理解されていません。
高エネルギー放射光X線を利用するコンプトン散乱法は、電気化学デバイス内部の反応を非破壊で測定することができ、軽元素に対しても十分な測定感度を持つため、実デバイス中の軽元素の反応を、その実働環境下で測定することができます。本研究では、市販の円筒型リチウムイオン電池にコンプトン散乱法を適用し、充放電下での電池内部の反応を測定しました。
<研究手段と成果>
コンプトン散乱実験はSPring-8の高エネルギー非弾性散乱ビームライン(BL08W)で行いました。115.56 keVの高エネルギーX線を試料にあてて、試料から90度真上方向にコンプトン散乱されるX線のエネルギースペクトルを測定しました。電池内部の観測領域は、入射スリットと試料と検出器との間に配置されたコリメータによって制限しました。試料はLG化学社製の円筒型(18650型)リチウムイオン電池(モデルMH1)です。試料のリチウムイオン電池を充電・放電させながら、電池の最外層にある負極と、その負極と対になる正極までをX線を走査させながら高い空間分解能で測定を行いました。測定されたコンプトン散乱X線エネルギースペクトルに対し、Sパラメータ解析法を適用することで、図1に示すリチウム反応分布を得ました。得られたリチウム反応分布を詳細に解析したところ、充放電時に測定したSパラメータは時間とともに振動していることがわかりました(図2)。そこで、図1から時間的・空間的な振動成分を抽出すると、図3に示すような電極反応の自己組織化パターンを得ました。振動成分をフーリエ解析したところ、この振動の時間変化は充電曲線の振動と対応し、その波長は電極活物質のサイズに関連することがわかりました。
<今後の展開>
リチウムイオン電池は、リチウムイオンが電解液中を通り正極-負極間を移動し、電子が外部回路を移動することで充放電が行われます。本研究で観測された電極反応の自己組織化パターンは、リチウムイオンと電子の伝導速度の違いにより生じることが予想され、この自己組織化パターンの最適化がリチウムイオン電池の性能向上につながることが期待されます。今後は、自己組織化パターンの充放電速度の依存性や数理モデルを用いた自己組織化パターンのシミュレーションなどを行うことを考えています。
図1 電気化学反応下で測定したリチウム反応分布。
(a) 測定領域の概略図。
(b) コンプトン散乱X線強度で見た測定領域の内部構造。
(c) 充電曲線とリチウム反応分布。
(d) 放電曲線とリチウム反応分布。
図2 塗工電極内を深さ分解(セパレータ付近と集電体付近)して得られたSパラメータの充電時間に対する変化。
(a)解析した場所、(b)負極から得られたSパラメータ、(c)上部正極から得られたSパラメータ、(d)下部正極から得られたSパラメータ。
図3 (a)充電時の正極の電極反応の時間的・空間的振動成分から得られた電極反応の自己組織化パターン、
(b)と(c)は振動成分をフーリエ解析して得られた周期と波長のパワースペクトル。
<用語解説>
※1 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨研究学園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援などは高輝度光科学研究センターが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。
※2 コンプトン散乱
光(X線)は粒子としての性質を持ち、光子とも呼びます。X線光子と電子とがビリヤードの球のように衝突したときに、光子は電子によって散乱され、電子も弾き飛ばされてしまいます。衝突後の光子のエネルギーは衝突前に比べて低くなって観測されます。このような散乱現象をコンプトン散乱と呼びます。多くの教科書的な書物において、コンプトン散乱は、静止した電子とX線光子との弾性衝突として説明されていますが、現実の物質中の電子は常に運動しています。そのため、コンプトン散乱されたX線光子は、電子の運動量を反映して(ドップラー効果)、エネルギー分布を示します。エネルギーに対するX線の散乱強度を測定したものをコンプトンプロファイルと呼び、これが物質中の電子の運動量を反映していることを利用して、物質の電子状態が調べられています。
※3 自己組織化
複数の要素がお互いに相互作用しながら自発的にある秩序構造を形成することを指します。代表的な自己組織化パターンの例としては、動物や貝殻の縞模様があります。
※4 Sパラメータ解析法
コンプトン散乱X線スペクトル(すなわちコンプトンプロファイル)のラインシェイプの変化を数値化したパラメータ(Sパラメータ)です。リチウム量の違いは、コンプトン散乱X線スペクトルの中央付近に現れます。そのため、Sパラメータは、コンプトン散乱X線スペクトルの中央の面積と裾の面積の比で定義されます。以前の研究から、Sパラメータと試料のリチウム量との間に線形関係が成り立つことが明らかになっています。
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