X線回折像から繊維状物質の3次元構造を復元する方法を提唱(プレスリリース)
- 公開日
- 2021年06月15日
- BL05XU(施設開発ID)
- BL45XU(構造生物学 III)
2021年6月15日
高輝度光科学研究センター
高輝度光科学研究センター(JASRI)散乱・イメージング推進室の岩本裕之客員研究員は、繊維状試料のX線回折像から、繊維の実空間3次元微細構造を復元する方法を提唱しました。これは現在、X線回折像からの3次元構造復元法の一つの標準とされている、コヒーレント回折イメージング法(CDI)[1]とは全く違う原理に基づいていて、繰り返し計算を必要としません。 【論文情報】 |
【研究の背景】
X線や可視光などの光(電磁波)や電子線を物体に照射すると、散乱が起こります。その散乱は、数学的には物体の構造のフーリエ変換になります。その散乱をもう1回フーリエ変換すると(逆フーリエ変換)、もとの物体の構造を復元することができます。これが実際に光学顕微鏡や電子顕微鏡の原理で、逆フーリエ変換の機能はレンズが担っています。これらの顕微鏡の分解能は、使う電磁波や電子線の波長と同程度です。X線の波長は0.1ナノメートル(1ナノメートルは1メートルの10億分の1)、つまり原子1個の大きさと同程度なので、X線を使う顕微鏡があれば、原子の1つ1つを観察できると期待されます。ところが、X線は同じ電磁波でも可視光とは性質が大きく異なるため、光学顕微鏡のようなレンズが作成できません。そこで通常は物体によるX線の散乱(回折像)を検出器に記録して、それを直接解析するという手段がとられます。
ここで問題は、X線の散乱には振幅と位相という2種類の情報がありますが、検出器で記録できるのは振幅だけで、位相は失われてしまうということです。位相の情報がなければ、逆フーリエ変換しても元の構造は復元できません。これを位相問題といって、X線回折法を用いる際の大きな障害になっています。
しかし現在は計算技術の進歩によって、失われた位相情報を回復して物体の構造を復元する方法が考案されています。その1つが前述のコヒーレント回折イメージング法(CDI)です。CDIは金属ナノ粒子のようなコントラストの高い孤立物体に対してはとてもよく働き、また連続物体であってもCDIの応用であるタイコグラフィー[3]という方法で対処できます。しかし炭素のような軽元素が主体の繊維状試料の集合体に対しては、これまで適切な位相復元法がありませんでした。それに対して、コントラストの低い繊維状試料の集合体に適用できる位相回復法を提案したというのがこの研究成果のポイントです。論文は、その原理を初めて実証したものです。
【研究手法と成果】
位相情報がないところで、X線回折像をフーリエ変換して得られるのがパターソン関数というものです。パターソン関数は物体の密度の自己相関関数、つまり物体の中のあらゆる2点間を結ぶベクトルの集合体で、その値はベクトルの始点と終点における物体の密度の積になります。そして、それらのベクトルの始点が全て原点になるように移動させたものです。3次元物体のパターソン関数はやはり3次元です。簡単な構造の物体ならパターソン関数から構造復元することが可能ですが、複雑な構造のものは不可能です。
繊維状物質のX線回折像からもパターソン関数が計算できますが、試料は通常ランダムな向きの繊維の集まりですので、X線回折像は回転平均化され、パターソン関数も回転平均化された2次元のものしか得られません(円筒平均化パターソン関数、CAP)。これは全てのベクトルをさらに繊維軸に関して回転させ、1平面に並べたものになります。このようなものであっても、一定のルールのもとに3次元空間内でベクトルをつなげ直すことによって、繊維の回転平均化されない元の3次元構造を復元することができます。この方法で、例えば筋肉の中にあるアクチン繊維[4]のような非整数らせん(らせんのひと巻きの中にある構成要素の数が非整数)や、DNAの二重らせんのような複雑な構造も復元できます。図1は本方法をDNAの二重らせんに適用したものです。
図1. DNAの二重らせんの構造復元。
(A) モデル。11塩基対分の長さ。
(B) Aより計算で求めたX線回折像。
(C) Bから求められる円筒平均化パターソン関数(CAP)。Aから直接計算することもできる。
(D) Cから復元されたDNAの3次元構造で、Aと同一である。
全てのベクトルが正確に網羅されている理想的なCAPなら、本方法によって基本的に3次元構造が解けるはずで、そこにらせん対称性などの予備知識は必要ありません。しかし実際の物体は多くの場合、密度が連続しているため、CAPも連続関数となってピークの分離が困難になります。そのような場合でも、対称性に関する多少の予備知識があれば、それを手掛かりにCAPから3次元構造を解くことも可能です。図2はそのようにして、マルハナバチ飛翔筋[5]のX線回折像からCAPを計算し、そこからミオシン繊維[6]の3次元構造を求めたものです。回折像記録にはSPring-8の理研ビームラインBL05XU、BL45XUを使用しました。
図2. マルハナバチ飛翔筋のミオシン繊維の構造の復元。
(A) マルハナバチ飛翔筋から記録した回折像。アクチン繊維は酵素処理により除去したので、ミオシン由来の反射だけが見える。
(B) Aより計算で求めた円筒平均化パターソン関数(CAP)。
(C) Bから復元されたミオシン繊維の3次元構造。
【今後の展望】
今後の課題は、実際の回折像から求められるであろう不完全なCAPから、どのように正しいピーク位置を推定するかということです。そのためには機械学習など、人工知能を活用するのが有効かもしれません。さらにCAPのピークの広がりも利用すれば、復元された3次元構造に肉付けをして、密度分布を含んだより完全な3次元構造を求めることも可能になると思われます。このように改良を加えていけば、本方法は生命科学から材料科学に至るまで、繊維状物質の3次元構造を調べるための重要なツールになると期待されます。
【用語解説】
[1] コヒーレント回折イメージング法(CDI)
X線回折像に最初はランダムな位相情報を与え、誤差を修正しながら逆フーリエ変換-フーリエ変換を繰り返すことで正しい位相を復元し、試料の構造を再構成する方法。波面の揃った(コヒーレントな)X線ビームを必要とすることからこのように呼ばれる。通常はビーム径より小さな試料に適用する。
[2] 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援はJASRIが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。
[3] タイコグラフィー
コヒーレント回折イメージング法(CDI)の応用で、試料を走査させて複数枚のX線回折像を記録し、それぞれに対し位相復元計算を行うことでビーム径より大きな試料の構造の再構成を行う方法。
[4] アクチン繊維
筋肉の主要な収縮タンパク質であるアクチンからできた繊維。らせんの6巻きの間に13個、あるいは13巻きの間に28個のアクチン分子がある。
[5] 飛翔筋(ひしょうきん)
昆虫が羽を動かし、羽ばたくのに用いる筋肉。
[6] ミオシン繊維
筋肉のもう一つの主要な収縮タンパク質であるミオシンからできた繊維。筋肉の種類によりらせん対称性が異なり、昆虫飛翔筋では4重らせんである。
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