磁場と圧力でマルチに冷却可能な酸化物新材料 ― フェリ磁性電荷転移酸化物におけるマルチ熱量効果の実証 ―(プレスリリース)
- 公開日
- 2021年06月21日
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
2021年6月18日
京都大学
日本原子力研究開発機構
高輝度光科学研究センター
京都大学化学研究所の小杉佳久 博士課程学生、後藤真人 助教、譚振宏 博士課程卒業生、菅大介 准教授、島川祐一 教授と日本原子力研究開発機構の吉井賢資 研究主幹、高輝度光科学研究センターの水牧仁一朗 主幹研究員、産業技術総合研究所の藤田麻哉 研究チーム長、ドイツ・マックスプランク固体研究所の磯部正彦 研究員、高木英典 ディレクターの共同研究チームは、電荷転移を示すペロブスカイト構造フェリ磁性酸化物BiCu3Cr4O12が磁場および圧力を加えた際に大きな熱量効果(マルチ熱量効果)を示し、高効率な熱制御を実現する新たな固体熱制御材料となることを実証しました。 <論文タイトルと著者> |
背景
人類の直面するエネルギー・環境問題において熱制御は重要な課題となっています。地球温暖化による冷房需要の増大、食料の冷蔵保管、高度情報化社会を支えるコンピューターからの発熱など、世界の電力消費の25~30%が冷却に使われているとも言われています。さらに近い将来には水素利用社会が到来すると言われていますが、水素を効率よく安全に輸送するにも低温冷却技術が必要となります。
これらの諸問題の解決に向けて、高効率に熱を制御する技術の一つに熱量効果(1)があります。熱量効果には、圧力をかけることで吸熱や発熱を制御できる圧力熱量効果、磁場をかけて熱特性を制御する磁気熱量効果、電圧で熱特性を制御する電気熱量効果などが知られています。例えば、圧力熱量効果では、圧力を加えることで熱を蓄えたり、取り出したりすることが可能となり、ヒートポンプとして利用することで冷却などの温度制御ができます。特に、固体熱量効果材料を使った冷却は従来のガス圧縮式冷却と比べて効率が高く、機器を小型化することも可能なうえ、冷媒であるフロンも不要であり、環境への負荷の小さい冷却を実現することができます。そのため近年、熱量効果を示す新しい固体材料の開発に大きな期待が寄せられています。
研究手法・成果
多くの熱量効果材料では、磁気熱量効果における磁場のように、その熱特性はそれぞれ1つの外場で制御されます。複数の外場で熱を制御できれば、より広範な応用が広がりますが、そのようなマルチ熱量効果を示す実用レベルの材料の報告はこれまでほとんどありませんでした。
今回、共同研究チームは、複数の外場での熱制御が可能なマルチ熱量効果材料の候補として、電荷・スピン(磁性)・格子が強く結合してフェリ磁性(2)を示すペロブスカイト構造酸化物BiCu3Cr4O12に注目しました。この物質は大型放射光施設SPring-8(3)、BL02B2での放射光X線回折実験の結果から190 Kで電荷(Crの原子価状態)の変化に伴う1次相転移(4)を起こすことを確認しました。この転移と同時に、BiCu3Cr4O12中の銅(Cu)とクロム(Cr)の磁気モーメントがフェリ磁性となるように配列し、その際に磁気エントロピー(5)が大きく変化します(28.2 J K−1 kg−1)。そのため、相転移温度付近では、磁場をかけることによってこのエントロピーを変化させることができる磁気熱量効果が起こります。つまり、磁場をかけて熱を蓄えたり、取り出したりすることが可能となるわけです。50 kOeの磁場をかけると約3.9 Kの断熱温度変化を達成できることが見積もられました。一方で、この材料はNdCu3Fe4O12 (6)と同様に圧力を加えることでも相転移を変化させることができ、4.9 kbar(490 MPa)の圧力を加えることで約4.8 Kの断熱温度変化が生じる圧力熱量効果も示します。つまり、磁場と圧力という複数の(=マルチな)手法により、熱を効率的に制御できることが実証されたことになります。
さらに、この材料では磁場と圧力を同時に加えることで、より広範囲な熱特性の制御も可能です。2つの外場を協同的に加えることにより、磁場や圧力の一方の外場だけでは到達できない条件での熱制御を効率的に行うこともできるようになります。また、実用上で問題となるヒステリシス損(7)などの特性も2つの外場を同時に加えることでその効果を相殺することができる可能性があります。
このように熱をマルチな手法で制御できる材料を使うことで、高効率な冷却機器などを開発する際のフレキシビリティーは格段に大きくなります。また、複数外場を同時に使えることで、新たな熱制御技術の発展へ繋がる可能性も秘めています。今回の成果は、高効率な固体熱量効果材料を設計する新たな開発指針を示したものと言えます。
波及効果、今後の予定
BiCu3Cr4O12では電気熱量効果が生じる可能性も見出されており、よりマルチな手法での熱制御が実現することが期待されます。
今回発見したBiCu3Cr4O12のマルチ熱量効果による熱制御は190 K付近で最も高効率となりますが、液化天然ガスなどの輸送や保管、さらには将来の水素利用社会の到来に伴う水素利用を考えると、より低温での冷却技術の開発が必要です。工場排熱の利用や日常の冷房から液化ガスの保管という幅広い利用が求められる中で、より広い温度範囲で適用可能な固体熱量効果材料の開発が求められています。固体酸化物材料では構成元素の置換などで、熱量効果が最も高効率となる温度範囲を調整することが可能です。今回発見したマルチ熱量効果物質を基にした材料設計により、今後はより幅広い温度域で動作する冷却システムの構築を目指した材料開発研究を進めていく予定です。
役割分担と研究プロジェクトについて
本研究における各研究者の主な役割は以下のとおりです。
小杉佳久、後藤真人、譚振宏、菅大介、島川祐一(京都大学):試料合成と材料評価・特性評価
吉井賢資(日本原子力研究開発機構):磁気熱量効果評価
水牧仁一朗(高輝度光科学研究センター):放射光X線実験と磁気熱量効果評価
藤田麻哉(産業技術総合研究所):磁気・圧力熱量効果評価
磯部正彦、高木英典(マックスプランク固体研究所):試料合成と材料評価
また、本研究は科学研究費補助金、JSPS研究拠点形成事業(A)、京都大学化学研究所国際共同利用・共同研究拠点、矢崎科学技術振興記念財団の支援によって行われました。
<用語解説>
(1)熱量効果:
熱量効果とは、外場を変化させることで、材料が吸熱や発熱を起こす現象です。圧力、磁場、電場などの外場により熱制御が可能なことが知られており、それぞれ、圧力熱量効果、磁気熱量効果、電気熱量効果と呼ばれています。複数の外場で熱量効果が起こるものをマルチ熱量効果と呼んでいます。
(2)フェリ磁性:
物質中の構成元素の磁気モーメントが反平行に配列しているが、反対方向を向いた磁気モーメントの大きさが異なり打ち消しあわないため、強磁性的な磁気特性を示す状態です。BiCu3Cr4O12では、反平行に配列している大きさの異なるAサイトの銅(Cu)の磁気モーメントとBサイトのクロム(Cr)の磁気モーメントにより強磁性的な振る舞いを示します。
(3)大型放射光施設SPring-8:
理化学研究所が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援などはJASRI(国立研究開発法人高輝度光科学研究センター)が行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来します。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。
(4)1次相転移:
相転移は物質の相(状態)が別の相(状態)へと変わることです。1次相転移では、転移点において物質を特徴づける量が不連続に変化します。BiCu3Cr4O12では、Bサイトのクロム(Cr)の原子価が高温での高原子価状態Cr3.75+から低温でのCr3.5+とCr4+に不均化し、その相転移に伴って電気特性・磁気特性・格子特性が不連続に変化します。
(5)エントロピー:
系の乱雑さを示す指標です。熱力学、統計力学、情報理論などさまざまな分野で使われ、熱力学ではエネルギーを温度で割った単位で表されます。物質の相転移によって系のエントロピーが減ると発熱が起こり、エントロピーが増加すると吸熱変化により蓄熱できます。
(6)NdCu3Fe4O12:
京都大学化学研究所を中心とする研究チームは2021年3月に鉄酸化物NdCu3Fe4O12が室温付近で巨大な圧力熱量効果を示し、圧力を使って高効率な熱制御ができることを実証しました。しかしNdCu3Fe4O12は反強磁性体のため、この材料の熱特性は磁場をかけることでは制御することはできませんでした。BiCu3Cr4O12はNdCu3Fe4O12と同じ結晶構造ですが、フェリ磁性を示すことが大きな特徴です。
(7)ヒステリシス損:
ヒステリシスは履歴現象とも呼ばれ、ある状態がそれ以前の状態に依存することを指します。ヒステリシス損は、ある状態が元と同じ状態に戻った際に、その履歴の中で失われるエネルギーです。
<研究者のコメント: 島川 祐一 教授>
遷移金属酸化物は、その電気的・磁気的な特性に注目して、これまでは主としてエレクトロニクスやスピントロニクスへの応用を目指した研究がされてきました。研究グループでは、このような遷移金属酸化物材料が新たに熱制御材料として応用可能であると注目して研究していましたが、今回の発見は単純な熱量効果ではなく、まさにマルチな制御で幅広い応用展開が可能であることを示すものであり、材料研究の幅を大きく拡げるきっかけとなりました。
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