Fe-Fe原子間距離の伸長によるFe-Ni合金のゼロ熱膨張メカニズムを観測 ~新規材料開発に繋がる不規則合金の新たな構造決定法を確立~(プレスリリース)
- 公開日
- 2021年06月22日
- BL39XU(磁性材料)
2021年6月22日
国立大学法人広島大学
東京理科大学
公益財団法人 高輝度光科学研究センター(JASRI)
国立大学法人京都大学
国立大学法人愛媛大学
【本研究成果のポイント】
① 磁化の増減に応じてFe-Fe原子間距離が伸長/収縮することが、熱膨張ゼロのインバー効果の起源であることを解明。
② X線吸収分光法、X線回折および逆モンテカルロ法の融合によりFe原子とNi原子がランダムに配列する不規則合金の原子配置の可視化に成功。様々な不規則合金に適用でき、新規材料開発に繋がる合金構造の新たな決定法を確立。
広島大学大学院先進理工系科学研究科物理学プログラム電子物性研究室の石松直樹 助教は、同大学院の岩崎駿、甲佐美宇(令和元年度博士課程前期修了)、加藤盛也(博士課程後期2年)、中島伸夫 准教授、柿澤翔 助教、東京理科大学理工学部先端化学科の北村尚斗 准教授、高輝度光科学研究センターの河村直己 主幹研究員、水牧仁一朗 主幹研究員、京都大学白眉センターの野村龍一 特定准教授、愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センターの入舩徹男 教授・センター長らと共同で、Fe-Niインバー合金*の「インバー効果」*と呼ばれる熱膨張が生じずゼロとなるメカニズムが、原子レベルで構造を可視化するとFe-Fe原子間距離の伸び縮みであることを初めて明らかにしました。 本研究の成果は、米国の物理学誌Physical Review Bのレター論文として2021年6月15日付でオンライン掲載されました。 掲載誌:Physical Review B, 103, L220102 (2021) |
【背景】
通常、物質は温度が高くなるとその寸法が大きくなる熱膨張を示します。しかし図1に示すようにFe-Ni合金では、35-36at.%のごく狭いNi組成の合金で線熱膨張係数が一桁以上降下し「インバー効果」として知られるゼロの熱膨張を示します。この組成のFe-Ni合金はインバー合金と呼ばれ、温度が変化してもその寸法が変化しない特異な特性から精密部品に広く利用されています。なお「インバー効果」はフランスの C. Guillaumeによって1897年に発見され、この功績で彼はノーベル物理学賞を1920年に受賞しました。磁石につく強磁性の合金であるインバー合金は磁化の自乗に比例して体積が膨張する磁気体積効果が極めて大きいことが特徴です。温度が上がると磁化が減少するので磁気体積効果による体積膨張が弱まって体積が収縮します。この磁気体積効果が格子振動による通常の熱膨張を打ち消すのでゼロ熱膨張が実現します。一方でインバー合金ではなぜ磁気体積効果が大きいのか?という根本的な原因は、不規則合金の原子レベルの構造決定の難しさから、その発見から124年経った現在でも分かっていませんでした。
図1:Fe-Ni合金の線熱膨張係数の組成依存性
【研究成果の内容】
インバー合金のようにFe原子とNi原子がランダムに配置する不規則合金では、原子番号が近いFe原子とNi原子の区別が難しく、X線回折ではその構造が空間的に平均されて面心立方格子と呼ばれる結晶構造に見えます。一方、X線吸収分光法の一手法である広域X線吸収微細構造(EXAFS)で元素選択的に短距離構造をみると、Fe原子の周りとNi原子の周りで異なる短距離構造が観測されました。そこで我々はこれらの結果を逆モンテカルロ法で解析し、X線回折とEXAFSの結果を矛盾なく説明する合金構造を導出しました(図2)。得られた合金構造の原子配置を詳しくみればFe-Fe、Fe-Ni、Ni-Ni原子の3種類の原子間距離をそれぞれ抽出できます。さらに我々はこれらの原子間距離の圧力変化を導出しました(図3)。その結果、強磁性の低圧相ではFe-Feの原子間距離がFe-NiとNi-Niと比べて約0.02 Åも長いことが分かりました。しかしこの差は加圧で減少し、磁気転移圧力を超えて磁石に付かない常磁性の高圧相では3種類の原子間距離はほぼ同じになります(図3(b))。この結果は、磁気体積効果による体積膨張を原子レベルでみるとFe-Fe原子対の伸長によって実現することを示します。つまりFe-Fe原子対が磁化の増減に応じて伸び縮みすることで熱膨張ゼロが生じると分かりました。
図2:X線回折とEXAFSを逆モンテカルロ法で解析してFe-Ni合金の原子配置を可視化する。
【今後の展開】
興味深いことにFe-Fe原子間距離の伸長はNiの組成が多くインバー効果を示さないFe55Ni45合金でも観測されました(図3)。このことからインバー効果は、磁化が温度で消失する特性温度(キュリー温度)と合金中のFe-Fe原子対の数が熱膨張を打ち消すように絶妙にバランスした合金で実現すると考えられ、常圧下ではその合金がFe65Ni35のインバー合金だといえます。一方、常圧下でインバー効果を示さないFe55Ni45合金も約8万気圧の高圧下では圧力誘起インバー効果が報告されています。このため、この圧力領域でFe55Ni45合金の合金構造を同じ方法で調べればインバー効果のメカニズムがさらに確実となります。
本研究のもう一つの成果は、X線回折とEXAFSおよび逆モンテカルロ法を融合することで、これまで困難だった不規則合金の構造可視化が手法として確立したことです。この手法はFe-Ni合金に限らず鉄鋼材料など様々な不規則合金に適用できるため、その特性向上や新規材料開発に繋げることが可能です。
図3:最近接Fe-Fe、Fe-Ni、Ni-Ni原子間距離の(a)長さ分布(部分二体分布関数)と、(b)その平均距離の圧力変化。ここでインバー合金はFe65Ni35合金、インバー効果を示さない非インバー合金はFe55Ni45合金に対応する。
【謝辞】
本研究は科学研究費補助金の基盤研究(17K05518、21H0104300)、新学術領域研究(15H05829)、および学術変革領域研究(20H05880)の支援を受けて実施されました。また試料の一部に広島大学 圓山裕 名誉教授から提供を受けた純良Fe-Ni合金を用いています。ここに感謝申し上げます。
【用語解説】
*1 インバー効果とインバー合金
インバー (Invar) はInvariable Steel(不変鋼)に由来し、低温から常温付近まで熱膨張率が小さく変化しない合金およびその特性をインバー合金、インバー効果という。鉄に35-36%のニッケルを加えた合金がその代表物質である。インバー効果はフランスの C. Guillaumeによって1897年に発見され、この功績で彼はノーベル物理学賞を1920年に受賞しました。
*2 磁気体積効果
強磁性体の自発磁化にともなう磁歪でその体積が変化する現象。磁性体に磁場を加えて磁化が増加することでも生じる。
*3 X線吸収分光と広域X線吸収微細構造(EXAFS)
X線吸収分光はX線を試料に照射することで対象元素の内殻電子を励起させ、外殻の空いた電子軌道に遷移させたり、光電子として原子の外に弾き出したりすることで生じるX線の吸収量を、X線のエネルギーに対してプロットする分光法。特にスペクトルの高エネルギー側に見られる振動構造を広域X線吸収微細構造(EXAFS:Extended X-ray Absorption Fine Structure)と呼ぶ。この振動構造を解析することで、対象元素の周りの原子配置を短距離構造として求めることができる。
*4 逆モンテカルロ法
数千個から数万個の原子を配列した構造モデルを作成し、その中の原子をランダムに動かすことで、X線回折や広域X線吸収微細構造(EXAFS)などの実験データを再現する構造モデルを探す解析方法。
*5 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援などは高輝度光科学研究センターが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。
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