電池材料の酸素脱離現象を解明 次世代型蓄電池への応用に期待(プレスリリース)
- 公開日
- 2021年06月25日
- BL27SU(軟X線光化学)
2021年6月25日
東北大学多元物質科学研究所
高輝度光科学研究センター
【発表のポイント】
● 電池の異常発熱の原因となる、酸化物蓄電材料からの「酸素脱離」のメカニズムを解明しました。
● 本研究で得られた知見をもとに、電池の安全性向上に向けた材料設計指針を提案しました。
● 様々な電池材料に適用できる研究成果であり、優れた電池特性とロバスト性を両立する次世代型蓄電池の発展にも貢献するものと期待されます。
蓄電池内部でのガス発生や異常発熱を回避することは、電池の安全性を左右する重要な課題です。これらの現象は電池を構成する酸化物正極材料から酸素が抜けて電解液等と反応することが原因であると考えられています。 【論文情報】 |
【詳細な説明】
高効率にエネルギーを変換・貯蔵することが可能な蓄電池は、SDGs注1)の達成およびカーボンニュートラルの実現に向けて重要な技術要素と位置付けられています。その開発項目の一つとして、電池の安全性の向上が挙げられます。特に電池内部でのガス発生や異常発熱は、発火や爆発などの重大な事故に発展するリスクがあり、確実に回避しなければいけない問題です。ガス発生や発熱といった現象は、電池を構成する酸化物正極材料(リチウム-遷移金属複合酸化物)から酸素が抜けて、電解液等と反応することが原因であると考えられています。つまり、酸素脱離現象を深く理解し、これを抑制することは、電池の安全性向上に向けて必要不可欠であると言えます。しかしながらこれまでのところ、酸素脱離がどのように進行し、何が材料中の酸素を不安定化するのかは明らかにされていませんでした。
当研究グループはリチウムイオン電池に用いられる酸化物正極材料LiNi1/3Co1/3Mn1/3O2(NCM111)を対象として、NCM111における酸素脱離現象をクーロン滴定法注2)(図1-aおよび1-b)により評価し、酸素脱離に伴う結晶構造変化をX線回折測定注3)により明らかにしました。これにより、1) NCM111は約5 mol%の酸素を格子から失っても還元分解しないこと、2) 酸素脱離が進行するほど、LiとNiが格子位置を交換し元々の層状構造が乱れてランダム化することを見出しました。これは酸素脱離が起こると電池特性が低下することを示唆しており、実際に通常サンプルと酸素脱離サンプルの電池特性を評価したところ、還元処理により充放電容量が低下することが確認できました。
図1. (a)クーロン滴定法の実験装置模式図。(b) クーロン滴定により評価したLiNi1/3Co1/3Mn1/3O2の酸素脱離挙動。約5 mol%もの酸素が格子から脱離しても、LiNi1/3Co1/3Mn1/3O2は分解しないことを実験的に示した。
さらに酸素脱離時の還元挙動を大型放射光施設SPring-8注4)のBL27SUにおけるX線吸収分光測定注5)により評価し、酸素脱離メカニズムに迫りました。クーロン滴定とX線吸収分光測定を組み合わせることで、NCM111では酸素脱離の初期段階ではNi3+が選択的に還元し、Niの還元が止まるとCo3+が還元し始めること、また5 mol%程度の酸素脱離ではMnは価数変化しないことを明らかにしました。一連の還元挙動の、特に酸素が抜け始める段階に注目すると、Ni3+が還元することで酸素が脱離し始めています。つまり、高価数状態のNi3+が材料中の酸素を不安定化し、酸素脱離を促進することが推察されます(図2-aおよび2-b)。この仮説の妥当性を検証するため、意図的にNi3+量を増加させたNCM111を準備し、その酸素脱離挙動を評価しました。予想通り、Ni3+が多い材料では、通常の材料よりも酸素脱離が活発に起こる様子が確認されました(図2-c)。以上の結果に基づいて、遷移金属が高価数状態にあることが酸素の不安定化に繋がるという新しい仮説を提唱しました。
図2. (a) 軟X線吸収分光測定による酸素脱離時の還元挙動の評価。(b) Ni L吸収端スペクトル。酸素脱離初期では、Niが選択的に還元する様子を確認することができた。これはつまり「Niが還元することで酸素脱離が進行する」ということを示しており、Ni3+の存在が酸素の安定性を低下させることが予想される。(c) Ni3+増加による酸素脱離の促進。
今後の展開
遷移金属酸化物はリチウムイオン電池だけでなく、様々な次世代型蓄電池(Naイオン電池、Kイオン電池、Mgイオン電池、アニオン電池など)にも使われる材料です。本研究で実施した評価手法は次世代型電池材料にも適用することが可能であり、ここから得られる知見は様々なタイプの次世代型電池の開発に大いに役立つことが期待されます。
本研究は科学研究費補助金(JP18K05288、JP19H05814)、「物質・デバイス領域共同研究拠点」における「人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンス」のCOREラボ共同研究プログラム、および新化学技術推進協会「新化学技術研究奨励賞」の助成を受けて実施されたものです。
【用語説明】
注1. SDGs
Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)の略称。2015年9月の国連サミットで採択されたもので、国連加盟193か国が2030年までに達成すべき17の目標のこと。
注2. クーロン滴定法
対象試料の化学組成を電気量により調整する方法。任意の条件における(平衡)組成を明らかにすることができる。
注3. X線回折測定
対象試料にX線を照射し、結晶構造に応じた回折パターンを得る手法。回折パターンを解析することで、材料の周期構造や原子の位置などを決めることができる。
注4. 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設。高輝度光科学研究センターが利用者支援等を行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことであり、SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
注5. X線吸収分光測定
対象試料にX線を照射し、X線の吸収現象を評価する手法。元素に特有の吸収が起こるため、対象とする元素の化学状態や周囲構造に関する情報を得ることができる。
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