2次電池正極材料の結晶・非晶混在構造と充放電劣化の関係を解明 - 結晶相、非晶相の構造情報の抽出に成功 -(プレスリリース)
- 公開日
- 2021年07月17日
- BL04B2(高エネルギーX線回折)
2021年7月17日
高輝度光科学研究センター(JASRI)
結晶相とその結晶構造が崩れた非晶相が混ざっている材料の構造を原子レベルで可視化することはこれまで困難でしたが、今回高輝度放射光を使用したX線回折の新しい構造解析法を考案し、充放電過程に伴うLi2VO2F正極の構造解析に適用することで、その非晶相の構造を精密に解析することに成功しました。この結果、充放電過程に伴う2次電池の特性劣化と構成する材料の構造の関係を明らかにできました。 【論文情報】 |
図 Li2VO2FからLiイオンが脱離して非晶相が形成する描像。
【研究の背景】
リチウムイオン2次電池の正極を構成する材料は、電池の性能を決定づける重要な部品の一つです。特に、電池容量と放電電位の積である「エネルギー密度」と、「充放電サイクルに対する耐久性」は、正極材料に要求される重要な電池特性であり、実用化のためにはどちらの特性も欠かすことができません。Li2VO2Fは2015年にR. Chenらのグループで報告された正極材料です。Li2VO2Fは豊富にLiイオンを含んでおり、既存の正極材料と比較して優れた電池容量を持っています。一方で、充放電サイクルに対する耐久性は低く、充放電の度に電池容量が低下するため、実用化されないまま現在に至っています。
Li2VO2Fは、立方体中にカチオン(Li/V)とアニオン(O/F)が交互に並んだ岩塩型結晶構造となっています。そのため、X線回折測定(※1)を行うと、結晶構造に由来する明瞭なブラッグピークが観測されます。一方で、充電を行いLiイオンが少なくなったLi2VO2Fでは、ブラッグピークの強度が弱くなり、同時に散漫散乱と呼ばれるぼやけたパターンが観測されるようになります。この事実は、充電によってLi2VO2Fの結晶構造の一部が崩れて、原子配列が乱れている領域、すなわち「非晶」が形成されていることを示しています。実用化されている一般的な正極材料においても、多数回の充放電サイクルを経ることによって同様に非晶が形成され、これが電池特性の劣化に関わっていることが考えられます。しかしながら、一般に結晶・非晶が混在する材料の場合、それぞれの構造情報を詳しく調べることは困難であり、中でも非晶中の原子配列に関する情報はほとんどわかっていませんでした。
【研究内容と成果】
全散乱実験(※2)とそこから得られる2原子間の相関の強さを表す量であるPair distribution function (PDF) (※3)を利用した構造解析を進めることで、非晶中の原子配列がどのようになっているかを知ることができます。しかし従来は、非晶以外に結晶など別の構造が混在する場合は解析できない、という制約がありました。そこで、本研究グループでは結晶・非晶混在物質のPDF解析において、結晶相と非晶相それぞれの成分に構造情報を分離する方法を新たに開発しました。結晶・非晶が混在するX線回折測定データから非晶相の構造情報(ここではPDFや回折強度への寄与)を抽出することができれば、従来の方法にのっとって非晶相中の原子配列が得られます。
結晶・非晶混在物質に対して全散乱実験を行なうと、それぞれの構造情報が混じりあったPDFが得られます。本研究で開発した方法では、結晶の原子個数割合(mol分率)を構造精密パラメータとして求めた既知の結晶由来の計算PDFを、測定PDFから差分をとることで、非晶相のPDFを抽出できます。この方法では結晶相由来のPDFを計算によって導出するため、成分抽出に必要となる単相試料での測定結果を必要としない特徴があります。そのため、2次電池を構成する材料のように、結晶相と非晶相が混在した複雑な構造に対しても適用できる利点があります。
本研究グループは、大型放射光施設SPring-8(※4)の高エネルギーX線回折ビームラインBL04B2にてX線全散乱測定を実施し、上述の解析方法を結晶・非晶が混在していると考えられる充放電状態のLi2VO2F正極材料に対して適用しました。その結果、測定データから結晶相と非晶相それぞれの構造情報を分離することに成功しました(図1)。さらに、この構造情報をもとに、非晶相中の原子配列をモデル化する方法である逆モンテカルロ法(※5)と密度汎関数理論に基づく電子状態計算(※6)を併用することで、非晶相中の原子配列モデルを得ることができました(図2a)。この構造モデルによると、非晶中では多数の「Vイオンを中心とし、O, Fイオンを頂点とする四面体」が頂点を共有して連結していることがわかりました。正極材料Li2VO2F では、Liイオンはこの四面体を結晶中につなぎとめる「のり」のような役割を果たしており、充電によってLiイオンが脱離すると、その近傍のV, O, Fイオンが溶け出して非晶を形成する描像を初めて明らかにしました(図2b)。一方で、放電によってLiイオンを正極に供給することで、この四面体は結晶相に戻りますが、再形成する結晶相はVイオンとLiイオンの空間的な偏りが解消され、その結果原子配列の乱れが少なくなっており、これが電池容量の低下をもたらしていることが示唆されました。
今回の研究の成果をまとめると、次の3点となります。
1)結晶・非晶混在物質のX線回折データから、それぞれの成分に構造情報を分離するためのPDF差分法の開発に成功しました。
2)Li2VO2F正極材料の充電過程で形成された非晶相には、結晶相には見られない、Vイオンを中心とし、O, Fイオンを頂点とする四面体が頂点を共有した連結構造をもつ局所原子配列で特徴づけられることが分かりました。
3)放電状態でのLi2VO2Fには、実験PDFからはほぼ結晶相しか観察されません。放電過程を繰り返すと、乱れを含まない結晶PDFに実験PDFが近づくことが観察されました。このことから、VイオンとLiイオンの空間的な偏りが解消され、その結果原子配列の乱れが少なくなったという構造情報が得られました。電池容量の低下をもたらしていることとの関係が注目できました。
リチウムイオン電池の正極材料は、充放電に伴ってLiイオンが移動するため、複雑な構造変化が生じています。本研究で開発した、結晶・非晶混在物質の構造情報をそれぞれの成分に分離する方法は、これまで不明瞭であった非晶相の原子配列を明らかにできる有用な解析技術であり、今後構造の変化を軸とした正極材料開発に資するものと期待しています。また、この解析技術は電池材料に留まらず、デバイスを構成するあらゆる材料に容易に応用することができるため、今後様々な分野に展開し、これまで未知であった結晶・非晶混在物質で構成される材料の開発に道筋を与えたいと考えています。
ここで紹介した研究は、日本学術振興会(No. 19H05814(新学術領域研究「蓄電固体界面科学」)、 No. 20K15031(若手研究))による科学研究費補助金の助成を受け、SPring-8の利用研究課題として行われました。また、廣井や坂田が、国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)在籍中は、先端材料解析研究拠点の支援を受けました。
図1:Li2VO2Fの(a)放電および(b)充電状態における回折強度の測定値。
本研究で開発した方法を使用し、測定値を結晶(主相・不純物相)・非晶それぞれの成分に分離した。充電に伴う結晶相寄与の減少と非結晶相寄与の増大が明瞭に現れている。
図2:(a) Li2VO2Fの充電過程で形成する非晶相の3次元構造モデル。V:青、O:赤、F:白。
(b) 充電過程によって形成する非晶相の描像。Liイオンの脱離に伴って、Vイオンおよび隣接するアニオンが波線の交点にある結晶サイトの束縛から解放される。対照的に、Liイオンを挿入するとこれらのイオンは結晶サイトに戻り、再び結晶構造を形成する。この際、Vイオンは常に元のカチオンサイトに収まるとは限らないため、V, Liイオンの分布は充放電の反復によって変化する。
【用語解説】
※1. X線回折測定
試料にX線を照射すると、構成原子の周りにある電子によってX線が散乱する。結晶のように、構成原子が規則的に配列している場合、散乱されたX線はある特定の散乱角度でのみ強め合う回折現象が起こる。これによって生じる回折X線をブラッグピークと呼び、回折角やピーク強度、ピーク幅を解析することで、結晶格子に関する構造情報を得ることができる。
※2. 全散乱実験
主に、非晶質・液体などの不規則な原子配列を解析するために行うX線あるいは中性子線を使用した実験手法のこと。得られた全散乱データをフーリエ変換することによって二体分布関数(PDF)が得られ、非晶に関する局所的な構造情報を得ることができる。結晶に対して行うと、周期構造を反映して長距離まで2原子間の相関が残存する挙動が観測される。
※3. Pair-distribution function (PDF)
全散乱実験によって得られ、2原子間のある相対位置における存在確率に対応する関数。PDFを利用した構造解析方法は一般にPDF解析と呼ばれる。
※4. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。
SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
※5. 逆モンテカルロ法
数百〜数万の原子から構成される原子配列モデルを作成し、その中の原子をランダムに動かすことで、構造情報を持つ測定データ(例えば二体分布関数など)を再現する構造モデルを探す解析方法。
※6. 密度汎関数理論に基づく電子状態計算
量子力学に基づいて電子構造や物性、エネルギーを計算する方法で、DFT計算とも呼ばれる。この計算は、電子系の物性を電子密度から計算することができることを示した密度汎関数理論を基礎としている。
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