最小ダイアモンド分子を筒状分子に詰めた分子機械 固体のなかの超高速回転「テラヘルツ回転周波数」の実現(プレスリリース)
- 公開日
- 2021年08月25日
- BL38B1(構造生物学III)
2021年8月25日
東北大学大学院理学研究科
京都大学
発表のポイント
◆ 筒状分子と最小ダイアモンド分子を組み合わせた分子ベアリングをつくりだしました。
◆ 筒状分子が「外枠」、最小ダイアモンド分子が「内部回転子」となる小さな分子の機械「分子ベアリング」ができあがったものです。
◆ この分子ベアリングの回転速度を測定したところ、「回転周波数がテラヘルツ領域にある」という超高速回転が、固体のなかで実現できることがわかりました。最近注目されているテラヘルツ科学・技術への展開が期待されます。
東京大学大学院理学系研究科の磯部寛之教授の研究グループは、筒状分子と最小ダイアモンド分子(アダマンタン)を組み合わせた小さな分子の機械「分子ベアリング(注1)」をつくりだしました。筒状分子は主にsp2炭素(注2)からできており、最小ダイアモンド分子は主にsp3炭素(注3)からできていることから、種類の異なる炭素原子を組み合わせることでつくりあげられたハイブリッドナノカーボンです。このハイブリッドナノカーボンは固体中で内部の最小ダイアモンド分子が超高速回転しており、「回転周波数がテラヘルツ領域にある」ことが見いだされました。テラヘルツ周波数の活用は、さまざまな分野での新技術・新科学として注目されていますが、この領域の超高速回転が、固体のなかの分子回転で実現できることを初めて明示した結果となります。研究グループでは、また、この超高速回転が分子の「慣性回転」の結果であることを明らかにしており、これまで「ブラウン運動(拡散運動)」に捕らわれていた分子の固体内回転運動が慣性回転となることで超高速化できることを明らかにしました。 発表雑誌: |
発表内容:
炭素原子には種類があり、代表的なものとしてはsp2炭素やsp3炭素などが知られています。
sp2炭素はフラーレンやカーボンナノチューブをつくりあげる種類の炭素原子であり、ナノカーボン(注4)の基本構造として近年、開拓されてきました。sp3炭素の代表例としてはダイアモンドが知られていますが、ごく最近、「小さいダイアモンド」であるナノダイアモンドが、新しいナノカーボン材料として注目を集め始めています。当然のことですが、「『sp2炭素とsp3炭素』を組み合わせたナノカーボン物質はどのようなものになるか」という疑問を多くの研究者が抱き始めていました。この「sp2炭素とsp3炭素の組み合わせのハイブリッドナノカーボン」は材料科学分野や理論科学分野での検討が始まっていましたが、これまでに実験と理論で相反する結果が出てくるなど、謎多き物質となっていました。
今回、研究グループは、「sp2炭素とsp3炭素の組み合わせのハイブリッドナノカーボン」を、分子性物質(注5)として登場させることに世界で初めて成功しました(図1)。そして、組成・構造が明確な分子性物質とすることで、その基本的物性を探ることができ、その結果、「テラヘルツ領域での超高速分子回転」という異常な回転挙動が見つかりました。
研究グループは、まず、「最小ダイアモンド分子」として知られるアダマンタンを筒状分子のなかに閉じ込め「分子ベアリング」を組み立てました(図2)。そして、その固体を核磁気共鳴スペクトル(NMR)(注6)という手法で調べたところ、内部の最小ダイアモンド分子が超高速回転しており、高温で「慣性回転」により「テラヘルツ回転周波数」領域に至ることを見つけました。これは、分子機械の固体内回転として、回転周波数の史上最高値を記録したものとなります。
テラヘルツ周波数は、さまざまな分野での新技術・新科学として注目されていますが、この領域の超高速回転が、固体のなかの分子回転で実現できることが明示されたことで、さまざまなテラヘルツ分子材料の設計・合成への期待が高まります。
本研究は、科学研究費助成事業の一環として進められました。X線回折による分子構造決定には、大型放射光施設SPring-8 BL38B1及び高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所フォトンファクトリー(PF)BL17Aの最先端設備が活用されています。また、固体NMR装置の一部は、物質・材料研究機構微細構造解析プラットフォーム(文部科学省委託事業ナノテクノロジープラットフォーム)の最先端設備が活用されています。
研究者の氏名・所属:
松野 太輔(まつの たいすけ) :東京大学大学院理学系研究科 助教
寺崎 成哉(てらさき せいや) :東京大学大学院理学系研究科 大学院生
古樫 加奈子(こがし かなこ) :東北大学大学院理学研究科 大学院生(研究当時)
勝野 亮祐(かつの りょうすけ):東京大学大学院理学系研究科 大学院生
磯部 寛之(いそべ ひろゆき) :東京大学大学院理学系研究科 教授
図1.ハイブリッドナノカーボンからできた分子ベアリングの結晶構造。
赤色がsp2炭素で灰色がsp3炭素。筒状分子の内部に捕捉された最小ナノダイアモンド分子は固体のなかで超高速テラヘルツ回転している。
図2.ハイブリッドナノカーボンの組み上げ方法。
二つの物質を溶液中で混ぜるだけで分子ベアリングが組み上がる。
参考情報:
磯部寛之教授らの代表的な関連先行研究については、以下のプレスリリースもご参照下さい。
・分子で探るモアレの化学 –「不整合炭素二重層」を選んで組み上げ–(2021年3月10日)
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2021/7236/
・世界初 窒素ドープ型ナノチューブ分子登場(2020年4月14日)
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2020/6741/
・新しいナノチューブ登場(2019年1月11日)
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/info/6191/
・研究室の扉:東京大学大学院理学系研究科による動画での研究紹介(2018年11月21日)
https://youtu.be/wdI347pp4OI
・水素結合のリレーで軸回転(2018年9月17日)
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2018/6052/
・(ほぼ)摩擦なし:分子の世界のベアリング(2018年5月15日)
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2018/5879/
・キラル筒状分子の右手と左手(2017年11月28日)
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/info/5661/
・二輪型分子ベアリングの自発的・自己選別組み上げ(2016年11月17日)
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2016/5139/
・筒状分子の化学と数学(2016年6月28日)
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2016/4900/
・ナフタレンから全固体リチウムイオン電池の負電極材料(2016年5月16日)
http://www.wpi-aimr.tohoku.ac.jp/jp/news/press/2016/20160516_000632.html
・トルエンから単層有機ELの新材料(2015年11月5日)
http://www.wpi-aimr.tohoku.ac.jp/jp/news/press/2015/20151105_000587.html
・ナノサイズのコマの歳差と自転運動(2015年3月2日)
http://www.wpi-aimr.tohoku.ac.jp/jp/news/press/2015/20150302_000541.html
・有限長カーボンナノチューブ分子内部の秘密(2014年5月27日)
http://www.wpi-aimr.tohoku.ac.jp/jp/news/press/2014/20140527_000468.html
・カーボンナノチューブの有限長指標(ものさし)について(2014年1月22日)
http://www.wpi-aimr.tohoku.ac.jp/jp/news/press/2014/20140122_000443.html
http://www.orgchem2.chem.tohoku.ac.jp/finite/
・顔料から伸長型有限長カーボンナノチューブ分子(2013年5月22日)
http://www.wpi-aimr.tohoku.ac.jp/jp/news/press/2013/20130522_000388.html
・有限長カーボンナノチューブ分子を活用した溶液中のナノベアリングについて(2013年1月9日)
http://www.tohoku.ac.jp/japanese/2013/01/press20130108-01.html
・世界初ジグザグ型有限長カーボンナノチューブ分子の化学合成について(2012年7月18日)
http://www.tohoku.ac.jp/japanese/2012/07/press20120710-01web.html
・世界初らせん型有限長カーボンナノチューブ分子の選択的化学合成について(2011年10月12日)
http://www.tohoku.ac.jp/japanese/2011/10/press20111006-02.html
用語解説:
注1:ベアリング
軸受。筒状の枠のなか、軸や回転子が容易に回転できる機械要素のこと。例えば、自転車や自動車の車輪などのなかに備わっている。
注2:sp2炭素
分子を形成する炭素原子の種類のうちのひとつ。三本の腕を持ち、正三角形型の構造をもつ。sp2炭素が六角形状に連なった結果、生じる物質が、カーボンナノチューブ、グラフェン、グラファイト(黒鉛)である。「π電子」と呼ばれる動きやすい電子を持ち、導電性などの特性をもつ。
注3:sp3炭素
分子を形成する炭素原子の種類のうちのひとつ。四本の腕を持ち、正四面体型の構造をもつ。sp3炭素が規則的に連なった結果、生じる物質が、ダイアモンドである。
注4:ナノカーボン
炭素原子からなるナノメートルサイズの物質で、さまざまな特異な性質を示すことから、未来の材料として注目されている。球状のフラーレン、筒状のカーボンナノチューブ、平面状のグラフェンが代表例である。最近では、小さなダイアモンドであるナノダイアモンドも注目を集めている。
注5:分子性物質
同一の構造を持つ単種の分子からなる物質が分子性物質(Molecular Entity)と呼ばれる。一方、異なる構造を持つ分子の混合物は化学種(Chemical Species)と呼ばれる。
注6:核磁気共鳴スペクトル (NMR)
ラジオ波を使って原子核の状態を調べることで、物質の分子構造を解析する測定手法。測定対象を強い磁場の中において測定する。分子構造を調べるために最も汎用される手法であり、固体や液体の中で分子がどのように運動しているかを知ることもできる。
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