Society 5.0実現への材料探索に! スピントロニクス材料の電子構造を可視化する新たな測定技術(プレスリリース)
- 公開日
- 2021年09月21日
- BL07LSU(東京大学放射光アウトステーション物質科学)
2021年9月21日
東北大学
大阪大学
【研究成果のポイント】
●従来測定困難だったハーフメタル※1型磁性電子構造の可視化を新たなX線散乱観測手法により実現
●ホイスラー合金※2がスピントロニクス※3材料として有望なハーフメタル型電子構造を示すことを実証
●Society 5.0を加速するスピントロニクス材料研究への応用に期待
これまで、スピントロニクス材料が実際に動作する磁場中の電子状態を直接観測することは極めて困難であることが知られていました。大阪大学大学院基礎工学研究科の藤原秀紀助教、関山明教授の研究グループは、東北大学金属材料研究所 梅津理恵教授、大阪大学産業科学研究所 菅滋正招へい教授、小口多美夫教授、黒田文彬博士、入澤明典助教、東京大学物性研究所 原田慈久教授、宮脇淳助教(現・量子化学技術研究開発機構)、日本原子力研究開発機構との大型放射光施設SPring-8※4での共同研究により、動作を想定した磁場中のスピントロニクス材料の電子構造を、磁性の起源となる電子スピン成分に分解して直接観測することに世界で初めて成功しました。 <発表論文> |
図1 RIXS-MCD実験配置とハーフメタル型Co2MnSiのRIXS-MCDスペクトル
【研究の背景】
これまで、磁性体のスピン偏極電子構造を明らかにすることはスピントロニクス材料研究を進める上でも必要不可欠であることが知られていました。しかしながら、実際のデバイス駆動環境である磁場中でのスピン偏極電子構造を実験から直接観測することは極めて困難でした。
藤原秀紀助教らの研究グループでは、試料からの散乱光をエネルギー分析する共鳴非弾性軟X線散乱法を用いて、磁場中において強磁性体ホイスラー合金Co2MnSiの電子構造をスピン成分(up,down)に分解して観測し、電気伝導を担うスピン成分(up)の電子状態が半導体的特徴を担うスピン成分(down)のバンドギャップ中に位置するハーフメタル型電子構造であることを明らかにしました。これまでCo2MnSiのハーフメタル型電子構造は理論計算からは予言されていましたが、実証には至っていませんでした。本研究結果は強磁性体ホイスラー合金Co2MnSiがスピントロニクス材料として有望なハーフメタル特有の電子構造を示す実験的な証拠です。
また、共鳴非弾性散乱は物質からの散乱光を分析する測定深度の深い測定手法であると同時に磁場中測定で有益な物質の磁気情報も提供することが分かったため、実際のデバイス構造で保護キャップ層に埋もれた磁性層や界面構造の電子状態を非破壊で元素選択的にスピン成分にまで分解して測定することも可能となりました。スピントロニクスに適した材料の物質設計や探索、さらに新機能実装にむけたデバイス開発に貢献する技術として期待され、Society 5.0実現に向けた開発研究の加速に貢献します。
【本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)】
本研究成果により、スピントロニクス素子が実際に磁場中で駆動する状態のスピン偏極電子構造の直接観測が可能になるため、Society 5.0実現に向けたスピントロニクス材料研究が加速することが期待されます。また、将来の省エネルギーデバイスの開発への応用も期待でき、持続可能な社会の実現に貢献することができます。
【特記事項】
本研究成果は、2021年9月20日(月)18時(日本時間)にSpringer Nature社の「Scientific Reports」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Detecting halfmetallic electronic structures of spintronic materials in a magnetic field”
著者名:H. Fujiwara, R.Y. Umetsu, F. Kuroda, J. Miyawaki, T. Kashiuchi, K. Nishimoto, K. Nagai, A. Sekiyama, A. Irizawa, Y. Takeda, Y. Saitoh, T. Oguchi, Y. Harada, and S. Suga
なお、本研究は、JSPS科研費JP18K03512, JP20K20900の一環として行われました。
<用語説明>
※1 ハーフメタル
金属と半導体の両方の性質を併せ持つ磁性体。その電子状態のスピンの一方(例えばup)が金属的で、もう片方(例えばdown)が半導体的である物質。ハーフメタルに流れる電流は電荷情報に加えスピン情報を併せ持つことから、スピントロニクス分野での応用が期待されています。
※2 ホイスラー合金
ホイスラー合金は3種類の元素からなり、X2YZ組成式で表される化合物を指します。構成元素を様々に組み合わせることにより、強磁性体やフェリ磁性体等の様々な特徴をもった磁性体を合成することが可能で、形状記憶合金や熱電変換材料等、様々な用途で利用できる興味深い材料として研究されています。特にCo2MnSiは非常に高いキュリー温度(〜1000 K)をもち、ハーフメタル型電子構造を持つ強磁性体として知られており、スピントロニクスデバイスへの応用が注目されています。
※3 スピントロニクス
従来の半導体エレクトロニクスで利用されている電子の電荷(電気)に加えて、電子のスピン(磁気)を利用した次世代テクノロジーのことを指します。磁気抵抗メモリ(MRAM)等に利用される技術の総称で、高度情報社会の実現や省エネルギーデバイスの新規開発への利用が期待されています。
※4 大型放射光施設SPring-8
SPring-8(Super Photon ring-8 GeV)は、兵庫県播磨科学公園都市にある理化学研究所の大型放射光施設である。世界最高性能の放射光を生み出すことができ、固体物理、素粒子実験等の基礎科学研究から、バイオ、ナノテクノロジーといった応用研究にまで幅広い研究が行われています。放射光とは、電子を相対論的速度(光速とほぼ同じ速度)まで加速し、磁石により進行方向が曲げられる際に生じる指向性の強い強力なX線を含む電磁波のことを示します。
※5 共鳴非弾性軟X線散乱
試料に特定元素の内殻吸収エネルギーに相当する光エネルギーのX線を入射することで、特定元素に由来した電子状態の情報を持つ散乱光を検出する実験手法。測定中に試料に磁場や電場をかけながら測定することが可能です。
※6 磁気円偏光二色性
磁性体に左右の異なる円偏光をもつ光を照射すると、磁性体のスピン偏極電子構造を反映して吸収係数や散乱光の振幅などの観測量に円偏光の左右で差が生まれる現象のことを指します。
藤原秀紀助教:研究者総覧のページ
【藤原秀紀助教のコメント】
次世代の省エネルギーテクノロジーの候補であるスピントロニクス材料を設計する上で、スピン成分に分解した電子状態を手軽に測定する技術の開発は重要です。本研究で開発した分光手法は磁場中においてデバイス駆動環境でのスピン偏極電子構造を“その場”観測する手法として非常に強力です。将来的には一般的な電子構造評価技術として定着すると期待されます。
【本件に関する問い合わせ先】 |
- 現在の記事
- Society 5.0実現への材料探索に! スピントロニクス材料の電子構造を可視化する新たな測定技術(プレスリリース)