巨大負熱膨張のメカニズムを解明 -さらなる新材料の設計に道を拓く-(プレスリリース)
- 公開日
- 2021年09月29日
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
- BL14B2(産業利用II)
- BL19B2(産業利用I)
- BL22XU(JAEA 重元素科学I)
2021年9月29日
東京工業大学
名古屋大学
神奈川県立産業技術総合研究所
大阪府立大学
高輝度光科学研究センター
量子科学技術研究開発機構
【要点】
○ルテニウム酸化物の昇温に伴う結晶構造変化から、巨大負熱膨張のメカニズムを解明
○特定の電子軌道の占有による結晶構造の異方的熱変形が、巨大な負熱膨張を引き起こすことを発見
○光通信や半導体分野で利用される熱膨張抑制材としての活用を期待
東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所のLei Hu(レイ フ)研究員、東正樹教授、名古屋大学の竹中康司教授、神奈川県立産業技術総合研究所の西久保匠、酒井雄樹の両常勤研究員らの研究グループは、層状ルテニウム酸化物において巨大負熱膨張(用語1)の起源となっている結晶構造変化を解明した。 【論文情報】 |
研究グループには、東京工業大学のYue-wen Fang(ユゥエン ファン)研究員、Zhao Pan(ザオ パン)研究員、Hena Das(ヘナ ダス)特任准教授、福田真幸大学院生、中国北京航空航天大学のYingcai Zhu(インサイ シュ)研究員、高輝度光科学研究センターの河口彰吾主幹研究員、量子科学技術研究開発機構の町田晃彦上席研究員、綿貫徹放射光科学研究センター長、大阪府立大学の森茂生教授が参画した。
●研究の背景
ほとんどの物質は、温度が上昇すると、熱膨張によって長さや体積が増大する。光通信や半導体製造など、精密な位置決めや部材の寸法管理が要求される局面では、このわずかな熱膨張が問題になる。そこで、温度が上昇すると収縮するという、“負の熱膨張”を持つ物質によって、構造材の熱膨張を補償(キャンセル)することが試みられている。
しかし、負の熱膨張を持つ材料は種類が少なく、市販品の負熱膨張材料では、昇温による体積収縮の割合が1.7 %程度と小さいことが問題だった。平成29年1月には、名古屋大学の竹中教授らによって、還元処理した層状ルテニウム酸化物Ca2RuO4の焼結体が、345 K以下の200 Kにわたる昇温によって6.7 %もの体積収縮を示すことが発見され、注目を集めた。この巨大な負熱膨張は空隙の多い材料組織に由来すると考えられたが、そのメカニズムはこれまで不明だった。また、還元処理が負熱膨張に果たす役割も分かっていなかった。
●研究成果
今回の研究では、昇温に伴うCa2RuO4の結晶構造変化を、電子線回折(用語3)、大型放射光施設SPring-8(用語4)のビームラインBL02B2とBL19B2での放射光X線回折実験(用語5)、BL22XUでの放射光X線全散乱データPDF解析(用語6)、BL14B2でのX線吸収微細構造(用語7)、そして第一原理計算を用いて詳細に調べた。その結果、低温では、4価のルテニウムが持つd電子が、横方向に張り出したdxy電子軌道(用語8)を優先的に占有するために、ルテニウムを囲む酸素8面体が縦に収縮しており、さらにそれらが互いに傾斜して、縦方向(c軸方向)の収縮と横方向(b軸方向)の伸張が生じていることがわかった。昇温すると、この結晶構造の歪みが徐々に解消するため、c軸方向に伸長し、b軸方向に収縮する異方的な熱膨張が起こる(図1)。材料組織を形成する針状の結晶粒は、長手方向がb軸に対応しているため、昇温に伴って太鼓型に変形し、それによって結晶粒間の空隙が減少するために、全体として体積が大きく収縮することが明らかになった(図2)。
また、合成直後の材料は格子間位置(用語9)に過剰な酸素を取り込んでおり、これが低温での選択的な電子軌道の占有と酸素8面体の傾斜を阻害していることも明らかになった。これは、この過剰な酸素を還元処理で取り除いてはじめて負熱膨張が生じるということであり、還元処理が負熱膨張に果たす役割を確かめることができた。
図1 Ca2RuO4の低温(左)と高温(右)の結晶構造。
低温ではdxy軌道のみが2つの電子を持つため、酸素8面体が横に伸びている。8面体が傾斜することでもc軸(縦)方向に収縮している。昇温すると、これらの歪みが解消することで、c軸(縦)方向に膨張、b軸(横)方向に収縮する。
図2 結晶粒の異方的な熱膨張による材料組織の変化と負熱膨張の模式図。
●今後の展開
Ca2RuO4は、広い温度範囲にわたって巨大な負熱膨張を示すが、実用化に向けては、高価なルテニウムを含むという問題を抱えている。本研究では、ルテニウムの特定の電子軌道が占有されていることと、酸素8面体の傾斜が生じていることが、巨大負熱膨張の起源であることが明らかになった。今後はこれをもとに、ルテニウムの代わりに安価な金属元素を用いた、同様の特性を持つ新たな負熱膨張材料の設計が期待される。
【用語説明】
(1)負熱膨張:
通常の物質は温めると体積や長さが増大する、正の熱膨張を示す。しかし、一部の物質は温めることで可逆的に収縮する。こうした性質を負熱膨張と呼び、ゼロ熱膨張材料を開発する上で重要である。
(2)第一原理計算:
経験によらず、量子力学の基本原理に立脚して、物質の結晶構造や電子状態を予測する理論計算。
(3)電子線回折:
物質に電子線を照射し、その回折の様子から原子の繰り返し周期に関する情報を得る実験手法。
(4)大型放射光施設SPring-8:
兵庫県の播磨科学公園都市にある、世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。
(5)放射光X線回折実験:
物質の構造を調べる方法。放射光X線を試料に照射し、回折強度を調べることで結晶構造(原子の並び方や原子間の距離)を決定する。
(6)放射光X線全散乱データPDF解析:
乱雑に配列した原子の並び方を解明する方法。上記のX線回折と併せて、乱雑に配列した原子によって広く散乱されるX線強度も解析する。
(7)X線吸収微細構造:
物質にX線を照射することで得られる吸収スペクトルを詳細に解析する手法で、特定の元素の周りの局所構造や、化学結合に関する情報を得ることができる。
(8)電子軌道:
電子が取り得る量子力学的な状態。一般にエネルギーの近い軌道が複数あり、温度などの外的環境でその順序が変化する。
(9)格子間位置:
結晶構造において、本来原子が占有すべきでない、原子と原子の間の位置。
●付記
本研究の一部は、神奈川県立産業技術総合研究所・有望シーズ展開事業「次世代機能性酸化物材料プロジェクト」(リーダー:東正樹 東京工業大学 教授)、日本学術振興会・科学研究費補助金・基盤研究S「革新的負熱膨張材料を用いた熱膨張制御」(代表:東正樹 東京工業大学 教授)、特別研究員奨励費「層状ルテニウム酸化物の金属絶縁体転移と負熱膨張の機構解明」(代表:東正樹 東京工業大学 教授)、特別推進研究「光と物質の一体的量子動力学が生み出す新しい光誘起協同現象物質開拓への挑戦」(代表:腰原伸也 東京工業大学 教授)、東京工業大学 科学技術創成研究院World Research Hub Initiative (WRHI)プログラムの助成を受けて行った。
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