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環境低負荷な精密高分子合成に成功 -無溶媒で進行する自己触媒的な超分子重合-(プレスリリース)

公開日
2021年10月21日
  • BL45XU(構造生物学 III)

2021年10月21日
理化学研究所
東京大学大学院工学系研究科

 理化学研究所(理研)創発物性科学研究センターの相田卓三副センター長(創発ソフトマター機能研究グループグループディレクター、東京大学大学院工学系研究科教授)、創発ソフトマター機能研究グループの宮島大吾上級研究員(研究当時)、ジェン・チェン研修生(研究当時)らの研究チームは、「フタロニトリル」分子を原料とし、「フタロシアニン[1]」の超分子ポリマー[2]を無溶媒という環境負荷の少ない条件下で合成することに成功しました。
 本研究成果は、持続可能な社会の実現に向けての理想的なポリマー製造プロセスの姿を示しており、大きなインパクトを与えるものと期待できます。
 今回、研究チームは、原料のフタロニトリルの粉末をガラス板に挟んで加熱して溶融させると、還元的環化反応によりフタロシアニンへと選択変換され、フタロシアニンが一次元に連結した超分子ポリマーが得られることを発見しました。金属塩を共存させると、同様に金属フタロシアニンからなる超分子ポリマーが選択的に生成します。フタロシアニンあるいは金属フタロシアニンの収率は80%を超えます。この高収率は、ポリマーの末端のフタロシアニンあるいは金属フタロシアニン上にフタロニトリル4分子が環状に配列する結果として起こる「自己触媒作用」のためだと考えられます。この超分子重合[2]は「リビング重合[3]」の形式で進行し、フタロシアニンと金属フタロシアニンからなるポリマーが連結したブロックコポリマー[4]を、その順番や長さを精密に制御して合成することも可能です。
 本研究は、科学雑誌『Nature Materials』オンライン版(10月14日付)に掲載されました。

論文情報
<タイトル>
Solvent-free autocatalytic supramolecular polymerization
<著者名>
Zhen Chen, Yukinaga Suzuki, Ayumi Imayoshi, Xiaofan Ji, Kotagiri Venkata Rao, Yuki Omata, Daigo Miyajima, Emiko Sato, Atsuko Nihonyanagi, and Takuzo Aida
<雑誌>
Nature Materials
<DOI>
10.1038/s41563-021-01122-z

本研究における超分子重合の概要

本研究における超分子重合の概要

※研究チーム

理化学研究所 創発物性科学研究センター 
    副センター長 相田 卓三 (あいだ たくぞう)
    (創発ソフトマター機能研グループ グループディレクター、
    東京大学 大学院工学系研究科 教授)
  創発ソフトマター機能研究グループ
    上級研究員(研究当時) 宮島 大吾 (みやじま だいご)
    (現 情報変換ソフトマター研究ユニット ユニットリーダー)  
    研修生(研究当時) ジェン・チェン (Zhen Chen)
    (現 清華大学 助教)    
    研修生(研究当時) 鈴木 幸長 (すずき ゆきなが)
    特別研究員(研究当時) 今吉 亜由美 (いまよし あゆみ)
    (現 京都府立大学 助教)    
    日本学術振興会外国人特別研究員(研究当時) シャオファン・ジ (Xiaofan Ji)
    (現 華中科技大学 教授)    
    日本学術振興会外国人特別研究員(研究当時) コタギリ・ベンカタ・ラオ(Kotagiri Venkata Rao)
    (現 インド工科大学 助教)    
    研修生(研究当時) 小俣 有輝 (おまた ゆうき)
    テクニカルスタッフ(研究当時) 佐藤 枝美子 (さとう えみこ)
    テクニカルスタッフ(研究当時) 二本柳 敦子 (にほんやなぎ あつこ)
    (現 ソフトマター物性研究チーム 専門技術員)

研究支援
 本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 特別推進研究「物理的摂動を用いる巨視スケールにおよぶ構造異方性の制御と特異物性発現(研究代表者:相田卓三)」、同基盤研究(S)「マルチスケール界面分子科学による革新的機能材料の創成(研究代表者:相田卓三)」、同若手研究(A)「超分子連鎖重合の開発と材料科学への応用(研究代表者:宮島大吾)」、同新学術領域研究(研究領域提案型)「配位アシンメトリー(領域代表:塩谷光彦)」の研究課題「自己組織化と配位子設計に基づく強誘電的キラルスイッチング(研究代表者:宮島大吾)」、理化学研究所「国際戦略に基づく戦略的な研究パートナーとの国際連携事業(研究代表者:相田卓三)」による支援を受けて行われました。

背景
 プラスチックなどの高分子物質による環境破壊が大きな社会問題となっています。それら化学物質そのものによる悪影響に加え、大量の有機溶媒を用いる化学物質の製造工程が地球温暖化に与える影響も計り知れません。
 相田卓三副センター長らは、不可逆的な共有結合からなる従来の高分子物質(ポリマー)に代わる、動的な「超分子ポリマー」の開発を進めてきました。超分子ポリマーは単量体(モノマー)が非共有結合で連結していることから、モノマーにまで切断でき、再利用が可能なため、持続可能な社会の実現に向けて有望視されています。
 今回、研究チームは超分子ポリマーの無溶媒精密合成に挑戦しました。従来の超分子ポリマー研究は、溶媒中における超分子ポリマーの生成プロセスや挙動の解明が中心でしたが、無溶媒の条件下では、生成した超分子ポリマーをその構造を損なうことなくそのまま使用できるメリットがあります。しかし、反応が不均一になりやすく、鎖の長さや複数のモノマーをつなぐ順番(シークエンス)をそろえて、超分子ポリマーを精密合成することは不可能だと考えられてきました。

研究手法と成果
 研究チームはまず、「フタロニトリル」の2カ所にアミドを含むジチオアルキル基を持つ原料分子を合成しました(図1a)。アミドは水素結合を形成できます。この原料分子の粉末をガラス板に挟んで160℃で加熱したところ、緑色の繊維状結晶が生成し、成長していくことが分かりました(図1b)。

図1  合成したフタロニトリル分子を加熱した際の様子

図1 合成したフタロニトリル分子を加熱した際の様子

a. 本研究で設計・合成したフタロニトリル分子の化学構造。青線で示した構造がフタロニトリル、黒線がジチオアルキル基(そのうち赤線がアミド)を示す。

b. 160℃でフタロニトリル分子を0時間、4時間、8時間、12時間、15時間加熱した際の顕微鏡像。

 ここで得られた緑色の繊維状結晶は、紫外可視光吸収測定とマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析[5]による評価によって、フタロニトリル4分子の還元的環化反応により生成した「フタロシアニン」で構成されていることが明らかになりました(図2)。
 フタロシアニンは、波長700ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)の光を吸収する一方、フタロニトリルは吸収しません。触媒を使用していないにもかかわらず、フタロニトリルの加熱とともに700 nmの光吸収がシグモイド関数[6]的に増大したことから、フタロシアニンが「自己触媒的」に生成している可能性が示されました(図2)。また、190℃でフタロニトリルを24時間加熱すると、フタロシアニンが83%の高収率で生成します。通常の液相におけるフタロシアニン合成では収率が20~25%程度であることから、無溶媒下で進行する本手法が圧倒的に優れていることが分かります。

図2 自己触媒超分子重合のメカニズムとフタロニトリルおよびフタロシアニンの化学構造

図2 自己触媒超分子重合のメカニズムとフタロニトリルおよびフタロシアニンの化学構造破線枠内がそれぞれBTDとSPの化学構造。

ポリマー末端のフタロシアニン上に4分子のフタロニトリルが環状に配列し、選択的に還元的環化反応を起こす。この反応で生成するフタロシアニンモノマーがポリマー末端にとどまり、再び鋳型として同様の反応を起こす。同一の反応が繰り返され、フタロシアニンの超分子重合が高収率にて選択的に進行する。

 また、この結晶の偏光顕微鏡[7]観察により、緑色のフタロシアニンの繊維が高い結晶性を持つことが分かりました。さらに、粉末X線回折[8]X線小角散乱[9]制限視野電子回折[10]による構造解析から(図3a-c)、フタロシアニンはアミド同士の水素結合を介して一次元に連結していることが判明しました(図3d)。

図3 フタロシアニン超分子の結晶構造

図3 フタロシアニン超分子の結晶構造

a. 粉末X線回折および六角形に充填されたフタロシアニンの柱状構造。

b. 単一の針状結晶(挿入図)から得られたX線小角散乱。

c. 制限視野電子回折。

d. 結晶長軸方向に対するフタロシアニンの構造。赤線で示すアミド同士が、水素結合により結合している。

 フタロニトリルは、なぜ自己触媒的にフタロシアニンに変換されるのでしょうか。研究チームは、超分子ポリマーの末端のフタロシアニン上に4分子のフタロニトリルが水素結合と双極子相互作用[11]を介して環状に配列するために、その後の還元的環化反応が容易になるからであると考えました(図2)。この反応では、モノマーであるフタロシアニンが新たに生成しますが、このフタロシアニンが超分子ポリマーの末端にとどまり、同じく4分子のフタロニトリルを集積させ、還元的環化反応を引き起こします。この一連の反応が繰り返されることで、超分子ポリマーが伸長します。つまり、生成物であるフタロシアニンが「鋳型」となり、反応を選択的に促進しています。この超分子重合は、ポリマーの成長末端が常に重合活性な「リビング重合」の形式で進行します。これが自己触媒反応の理由です。
 さらに、無溶媒下でフタロニトリルとオレイン酸金属塩を混合し、ガラス板に挟んで加熱すると、金属フタロシアニンが高選択・高収率で生成し(図4a)、超分子重合を起こすことも分かりました。亜鉛(Zn)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、銅(Cu)のオレイン酸金属塩において、超分子重合プロセスの有効性を確認しました(図4b)。このとき、金属イオンを含まないフタロシアニンは検出されません。
 また、異なる種類のオレイン酸金属塩をフタロニトリルに対して段階的に混合して加熱すると、フタロシアニンと金属フタロシアニンからなるブロックコポリマーを精密合成することが可能です(図4c)。無溶媒条件下では、ポリマー鎖の流動・拡散が起こりにくく、ポリマー鎖同士が末端でつながるという溶液中での典型的な副反応を抑えられるからです。

図4 フタロシアニン超分子のシークエンス制御

図4 フタロシアニン超分子のシークエンス制御

a. 金属フタロシアニンの化学構造。

b. フタロニトリルをZn、Fe、Co、Cuのオレイン酸塩とそれぞれ混合し、160 ℃で12時間加熱して得られた反応混合物の顕微鏡像。

c. フタロニトリルを各オレイン酸金属塩の存在下/非存在下で、段階的に混合して加熱することで得られた結晶(ブロックコポリマー)の顕微鏡像。左はフタロシアニンー銅フタロシアニンーフタロシアニン、中央は亜鉛フタロシアニンー鉄フタロシアニンーフタロシアニンー鉄フタロシアニンー亜鉛フタロシアニン、右は鉄フタロシアニンー銅フタロシアニンー鉄フタロシアニンのシークエンスからなるブロックコポリマー。

今後の期待
 本研究により、モノマーの原料物質を無溶媒下で加熱するだけで、モノマーが一次元に連結した超分子ポリマーが望みの長さとシークエンスをもって精密合成できることが判明しました。また、モノマーの原料物質4分子がポリマー末端のモノマーユニット上に環状に配列し、自己触媒的にモノマーに選択変換されるという画期的な反応機構も明らかになりました。
 通常の化学合成では、反応を均一にするために大量の溶媒が使われますが、本反応系に溶媒を用いると上記の特性は全て失われてしまいます。本研究成果はポリマーの精密合成に対する先入観を一掃し、近未来の高分子製造プロセスのあるべき姿を示しています。


補足説明

[1] フタロシアニン
四つのフタル酸イミドが窒素原子で架橋された構造を持つ環状化合物。

[2] 超分子ポリマー、超分子重合
従来の高分子(ポリマー)は小さな分子(モノマー)が化学反応を経て、共有結合と呼ばれる非常に強い結合によって鎖状に連結され作られていた。超分子ポリマーは分子間に働く引き付け合う力(非共有結合)を利用し分子同士を接着し、鎖状に連結することで合成される高分子である。この接着は温度を上げたり、特定の有機溶媒を使うなどすると容易に外れ、元の小分子に戻すことができる。このような超分子ポリマーの重合を超分子重合と呼ぶ。

[3] リビング重合
 ポリマーの成長末端が常に重合活性な重合反応。モノマーが消費し、反応がいったん終了した後に新たにモノマーを追加すると、重合反応が再開し、鎖が伸びる。この際、別のモノマーを加えると、ブロックコポリマーが生成する。

[4] ブロックコポリマー
 異なる構造のポリマーが連結してできたポリマー。

[5] マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析
化合物の質量分析におけるイオン化法の一種であり、試料分子の開裂を防ぐことのできるソフトイオン化法。従来のイオン化法では壊れやすかった大型の分子のイオン化に適している。2002年のノーベル化学賞受賞対象となった。

[6] シグモイド関数
 ギリシャ文字のς(シグマ)に似た形状の関数であり、反応物質の活性を論じる際の飽和曲線を示す。

[7] 偏光顕微鏡
2枚の偏光板を備えた光学顕微鏡を用い、試料に直線偏光を入射した際の偏光状態の変化を光の明暗や色として観察する。偏光状態は分子配向や結晶状態を反映している。

[8] 粉末X線回折
粉末試料にX線を照射し、その回折現象から原子および分子構造を決定する手法。

[9] X線小角散乱
物質にX線を照射して散乱したX線のうち、小角領域に現れるものを測定する手法。数ナノメートルから数十ナノメートルの大きさの構造を評価できる。

[10] 制限視野電子回折
薄片試料に電子ビームを照射し、その回折現象から原子および分子構造を決定する手法。電子ビーム径はX線のビーム径よりも小さいため、結晶試料の局所的な情報が得られる。

[11] 双極子相互作用
分子内に永続的な電荷分布の偏りが存在するときに、異なる分子間で働く力。



 

発表者・機関窓口
<発表者> ※研究内容については発表者にお問い合わせください。
理化学研究所 創発物性科学研究センター
 副センター長 相田 卓三 (あいだ たくぞう)
(創発ソフトマター機能研グループ グループディレクター、東京大学 大学院工学系研究科 教授)
創発ソフトマター機能研究グループ
 上級研究員(研究当時) 宮島 大吾 (みやじま だいご)
 研修生(研究当時) ジェン・チェン(Zhen Chen)
 相田教授
 相田 卓三

<機関窓口>
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