新しい半導体物質「硫化ホウ素シート」の生成に成功(プレスリリース)
- 公開日
- 2021年10月28日
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
2021年10月28日
国立大学法人筑波大学
国立大学法人東京工業大学
高知県公立大学法人高知工科大学
国立大学法人東京農工大学
国立大学法人東海国立大学機構名古屋大学
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構
硫化ホウ素シートは、ホウ素と硫黄から構成される原子4層の厚みの二次元状に広がった物質で、優れた熱電特性や水素吸蔵特性を示すことが理論的に予測されていました。しかしながら、これまでに実際に合成あるいは観測された報告はありませんでした。本研究では菱面体硫化ホウ素という層状の物質の表面を剥離することにより、硫化ホウ素シートの生成に成功しました。 掲載論文 |
研究代表者
筑波大学数理物質系
近藤 剛弘 准教授
東京工業大学理学院
豊田 雅之 助教
高知工科大学環境理工学群
藤田 武志 教授
東京農工大学大学院工学研究院
山本 明保 准教授
名古屋大学工学研究科
徳永 智春 助教
高エネルギー加速器研究機構
堀場 弘司 准教授
研究の背景
ホウ素化合物はさまざまな安定構造を示すことが知られており、硫黄とホウ素が1:1の割合で構成される硫化ホウ素シートにも安定構造が存在することが理論的に予測されていました。その中には、超伝導を示す物質から半導体となる物質までが含まれており、優れた熱電性能注1)や水素吸蔵特性注2)を示すことも予測されていました。いずれの場合も、原子4層程度の厚みで構成される二次元状に広がった物質であることは予測されていましたが、これまでに実際に合成された報告や観測された報告はありませんでした。
研究内容と成果
本研究では、菱面体硫化ホウ素という層状の物質を剥離することで、硫化ホウ素シートを生成することに成功しました。
スタート物質として選んだ菱面体硫化ホウ素は、これまでに数件しか合成報告のない物質であったため、まず純度の高い菱面体硫化ホウ素の合成条件を調べ、ホウ素と硫黄を原子数比1:1で混合し、5.5 GPaという高圧状態で1873 Kに加熱したのち室温まで急冷すると、菱面体硫化ホウ素を合成できることを確認しました。また、X線回折注3)の解析により、この条件で合成した試料は純度99.2%以上であり、走査電子顕微鏡と電子線マイクロアナライザー測定により、この試料がホウ素と硫黄のみで構成されていることが分かりました(図1)。また、X線光電子分光分析注4)と第一原理計算注5)を用いて、構造やホウ素と硫黄の結合状態を確認するとともに、ラマン分光測定注6)からも高純度であることが裏付けられました。さらに、725 Kまでの加熱に対しても安定であることが示されました。
次に、この菱面体硫化ホウ素を透過電子顕微鏡で観察したところ、剥離された硫化ホウ素シートが試料内に存在していることが分かりました(図2)。このシートは、第一原理計算でも安定であることが示され、図3aのような構造をしています。このシートを重ねていくと、バンドギャップ注7)が最大で1.0eV程度も変化し(図3b)、カソードルミネッセンスという測定や、励起―発光マトリックス測定や紫外―可視吸収分光測定という測定においても、同様の結果が得られました。また、硫化ホウ素シートは、電子の有効質量注8)が軽いという性質を持ったn型半導体注9)であることが計算により示されました。
さらに、菱面体硫化ホウ素をスコッチテープ法注10)により剥離して硫化ホウ素シートのみを作成し、原子間力顕微鏡によって試料を観察すると、剥離前は厚み130 ナノメートル程度であったのに対して、剥離後は厚み1 ナノメートル(原子数層分程度)の非常に薄いシートが観察されました(図4)。また、X線光電子分光により、硫化ホウ素シートは、菱面体硫化ホウ素と同様に、ホウ素と硫黄が共有結合性の結合をしていることが分かりました。
硫化ホウ素シートを利用したデバイスへの応用例として、物質に当たる光の波長によって電流の発生のオンオフを制御できる光電気化学的スイッチを作製したところ、菱面体硫化ホウ素では可視光の照射でも電流が流れるのに対して、硫化ホウ素シートでは紫外光を照射した場合にのみ電流が流れるという、光スイッチング特性を持つデバイスが得られました(図5)。
今後の展開
硫化ホウ素シートは軽い元素からなり、非常に薄く、電子の有効質量の小さいn型半導体であるため、サイズの微小化が求められる電子デバイスにおいて、新しい半導体部品となる可能性があります。特に、硫化ホウ素シートを重ね合わせる枚数を制御することで、バンドギャップを最大で1.0 eV程度も変化させることができます。これは、太陽電池やトランジスタなどの電子デバイス部品や、光触媒として用いる上で重要な特性です。このため、理論予測されていた熱電材料や水素貯蔵材料としての応用に加え、光触媒や電池材料、光に反応するセンサー材料などへの展開も考えられます。
図1 菱面体硫化ホウ素の走査電子顕微鏡(上段)および電子線マイクロアナライザー観察(中段・下段)の結果。
黄色は硫黄、緑はホウ素の部分を示す。両者が電子顕微鏡像と同じ形をしていることから、観察している試料が全て硫黄とホウ素で構成されていることが分かる。
図2 (a) 菱面体硫化ホウ素の透過電子顕微鏡像。試料から剥離されたシートが中央に見られる。
(b) 硫化ホウ素シートの透過電子顕微鏡像。A-A‘の間には57個の輝点が観察され、それぞれの輝点間隔の0.18 nm(ナノメートル)が並んでいる原子の間隔(図3aの赤矢印の距離)に対応する。
図3 (a) 硫化ホウ素シートの構造、および (b) バンドギャップの積層層数依存性。
HSE06とLDAは第一原理計算の計算手法の違いを表す。
図4 (a) 菱面体硫化ホウ素、および (b) これより剥離した硫化ホウ素シートの原子間力顕微鏡観察結果。
(c)と(d)は、A-A‘とB-B’の間の試料の厚み(ラインプロファイル)をそれぞれ示している。
図5 (a) 菱面体硫化ホウ素および (b) 硫化ホウ素シートの光照射による電気化学的光電流応答の
照射光波長依存性(20秒ごとに光のOnとOffを切り替えた際の電流の変化)。
紫:610 nm以上の波長の光照射、緑:422 nm以上の波長の光照射、赤:400 nm以上の波長の光照射、青:350 nm以上の波長の光照射。菱面体硫化ホウ素では422 nm以上の波長(可視光)の光照射(緑)でも電流が流れている(光照射のOnとOffに応じて電流が変化している)のに対して、硫化ホウ素シートでは350 nm以上の波長の光照射(青)(紫外光の照射)でのみ電流が流れている。
研究資金
本研究は元素戦略プロジェクト/研究拠点形成型 東工大元素戦略拠点(JPMXP0112101001)、科学研究費助成事業(JP19H01823, JP19H02551, JP19H05046:A01, JP21H00015:B01)、公益財団法人 小笠原科学技術振興財団、MHI Innovation Accelerator LLCの支援の下実施しました。また、一部の測定は高輝度光科学研究センター(JASRI/SPring-8)(Proposal No. 2019A0068)およびNIMS蓄電池基盤プラットフォームで行われました。
用語解説
注1) 熱電性能
熱を電気に変える性能。
注2)水素吸蔵特性
水素ガスを物質内に吸収あるいは物質の表面に吸着させる性質。
注3)X線回折
物質にX線を照射すると、X線は物質を構成する原子の周りにある電子により散乱される。原子や分子が規則的に並んだ物質(結晶)の場合、散乱されたX線は原子や分子の並び方(結晶構造)に応じて回折パターンと呼ばれる独特な強度分布を示す。この現象を利用して結晶構造を調べることができる。本研究では、大型放射光施設SPring-8 のビームラインBL02B2を用いて解析を行った。
注4)X線光電子分光分析
物質の表面にX線を照射すると原子の内部から電子が飛び出す現象を利用して、表面の元素とその化学状態を分析する方法。
注5)第一原理計算
経験的なパラメータを含むことなく、量子力学の最も基本的な原理に立脚して電子状態を計算する手法。
注6)ラマン分光測定
物質に光を入射すると光と物質の相互作用の結果、入射光の振動数が変化するという光散乱現象(ラマン効果)を利用し、物質の構造についての情報を得る手法。
注7)バンドギャップ
半導体や絶縁体における電子が存在できないエネルギー帯。価電子帯の最上部と伝導帯の最下部のエネルギー差がバンドギャップのエネルギー。さまざまな電子デバイスに用いられるシリコンでは1.12 eV、ワイドギャップ半導体と呼ばれる窒化ガリウムでは3.39 eVであることが知られている。
注8) 有効質量
固体中の電子やホールは、真空中の自由電子の質量に対して、見かけ上異なる質量を持っているように観測される。この見かけ上の質量を有効質量という。
注9) n型半導体
電流の担い手となる荷電粒子が電子である半導体。
注10) スコッチテープ法
層状構造の物質の表面を、粘着性のテープを用いて繰り返しはがすことにより、原子1層の極薄膜を作る方法。
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