単純構造の熱電変換材料で原子鎖の無秩序構造を発見 〜熱から電気への変換効率を高める原子の並び〜(プレスリリース)
- 公開日
- 2021年11月18日
- BL02B1(単結晶構造解析)
2021年11月18日
国立大学法人筑波大学
デンマーク・オーフス大学
熱ネルギーを直接、電気エネルギーに変えることができる材料が熱電変換材料です。発電や機器の利用に伴って生じる熱の多くが現在、未使用のまま環境中に排出されています。熱電変換を利用すれば、こうした排熱の有効活用やエネルギー効率の向上につながり、環境対策にも貢献します。 掲載論文 |
研究代表者
筑波大学数理物質系 物理学域/エネルギー物質科学研究センター
西堀 英治 教授
オーフス大学化学科(筑波大学海外教育研究ユニット招致プログラム)
Bo B. Iversen 教授
研究の背景
原子が無秩序に配列したディスオーダー構造や欠陥は通常、電子やフォノン注1)など準粒子の散乱の中心として働き、物質の輸送特性に影響を及ぼします。ディスオーダー構造は特にフォノンを散乱し、低い熱伝導率を生じさせることから[文献2、3]、遮熱コーティングや熱電(TE)エネルギー変換などの研究にとって重要です。熱を電気に直接変換する熱電技術においては、熱伝導率を減らすことが、性能指数zT = α2σT/κ(αはSeebeck計数注2)、σは電気伝導率、Tは絶対温度、κは熱伝導率)を向上させるための基本的な戦略となっています。ただ、ディスオーダー構造が見られるのは、構成元素が多い複雑な結晶構造の場合が多く、単純な結晶構造ではほとんど見られていませんでした。
最近、SnSe、 Tl3VSe4、 BaTiSなど単純な結晶構造を持つ多くの無機結晶固体がアモルファスやガラス極限注3)に近いかそれを下回る、極めて低い熱伝導率を示すことが発見され[文献1、2]、注目を集めています。また、最新の理論[文献3]は、ディスオーダーを考慮することで、こうした低くて温度依存性が弱い熱伝導をモデル化することに成功しています。しかし、単純な結晶固体のディスオーダー構造を実験で測定することは難しく、ディスオーダー構造を有する証拠の報告はほとんどありませんでした。
研究内容と成果
本研究チームは、構造が単純なTlSe型の熱電変換材料InTeにおける構造ディスオーダーを調べるために、SPring-8を用いた単結晶X線回折データをマキシマムエントロピー法注4)と3次元差分二体相関解析(3DΔPDF)注5)により解析しました。その結果、理論的に予測されていたInが占めるサイトの一部が欠損していることを発見しました。また、一部が欠損したInサイトの周りに二つのInが部分占有するサイトが観測され、これらのInサイトが結晶のc軸に沿った一次元的なディスオーダーをしたInの鎖を形成することが分かりました(参考図)。
この一次元構造の温度による変化を調べたところ、高温では、ディスオーダーサイトを占めていたIn原子が結晶内を拡散する静的―動的転移を起こし、結晶構造のc軸が動的になったInの拡散経路となることが観測されました。第一原理分子動力学シミュレーションから、この拡散経路の形成は、c軸に沿ってIn1+イオンが移動しても物質全体のエネルギー変化が小さいことに起因することも分かりました。
更に理論計算による考察から、発見されたディスオーダー構造の一次元鎖と静的―動的相転移は他の多くのTlSe型化合物の一般的な特徴であることが分かりました。また、3DΔPDFによる単結晶散漫X線散乱の解析から、静的―動的転移は、鎖のなかで原子が規則正しく配列している割合と関係することも分かりました。この割合が少なくなると、静的―動的転移が起きやすくなります。
このように、本研究における一次元の拡散経路の直接観測は、InTeや他のTlSe型化合物における超イオン伝導を説明するとともに、熱伝導率が非常に低く、その温度依存性が弱いのはなぜかを理解するための基礎を提供します。
今後の展開
これまでの研究で実験証拠なしに広く言及されていたディスオーダー構造が、本研究により実験的に観測されました。このことは、単純な構造で低い熱伝導度を持つ多くの熱電変換材料を理解するための証拠を提供し、TlSe型熱電変換材料の理論モデルの開発に重要な貢献をすると考えられます。SPring-8を用いた高精度な単結晶X線回折データの電子密度解析、散漫散乱解析による研究は、実験的証拠がなかったディスオーダー構造を検出し、物質特性の本質的な理解に貢献していくことが期待されます。
図 本研究で検出されたディスオーダー構造とその静的―動的の相転移
SPring-8で測定した単結晶X線回折データをマキシマムエントロピー法と散漫散乱の3DΔPDF解析で解析したところ、両方の手法で矛盾することなく静的なディスオーダー構造が発見されました。温度によって構造がどう変わるかを同じ解析法で調べたところ、高温ではInの拡散による動的な一次元構造が形成されることが分かりました。
参考文献
1. Zhao, L.-D. et al., Nature 508, 373-377 (2014). Mukhopadhyay, S. et al., Science 360, 1455-1458 (2018). Sun, B. et al. Nat. Commun. 11, 6039 (2020).
2. Cahill, D. G., Watson, S. K. & Pohl, R. O. Phys. Rev. B 46, 6131-6140 (1992).
3. Simoncelli, M., Marzari, N. & Mauri, F. Nat. Phys. 15, 809-813 (2019).
研究資金
本研究は、科研費国際共同研究加速基金B(19KK0132)、JSPS二国間交流事業共同研究、筑波大学海外教育ユニット招致などの研究プロジェクトの一環として実施されました。放射光X線回折実験は、高輝度光科学研究センター長期利用課題(2020A0159)にて実施されました。
用語解説
注1)フォノン
量子化された物質内での原子の振動をフォノンと呼ぶ。
注2)Seebeck計数
物質の両端に温度差を与えた場合に誘導される熱電電圧を示す指標。
注3)ガラス極限
固体物質の熱容量の高温での極限値であり、Rを気体定数として3Rで表される。3次元方向の運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの総和で表される。
注4)マキシマムエントロピー法
情報理論から発展した推論手法。逆問題の解法として用いられる。今回は回折データから電子密度分布を求める際に用いられた。
注5)3次元差分二体相関解析(3DΔPDF)
回折データの散漫散乱を解析して、物質内の規則正しく配列した構造内に含まれる空隙や液体のように流れる原子などを解析する手法
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